大失敗のお弁当
デートの翌朝──
「観覧車を降りたらソッコーで帰っていった!? マジで言ってんの?」
驚く羽衣にこくんと頷く。
「キスとかしてこなかったの?」
「うん。羽衣に言われた通りにしたんだけど」
「ははぁ。なるほど。それはアレじゃね? 美依奈を大切にしてるんだよ」
「あたしを大切に?」
「そう。つい手を出しそうになって、それを必死で抑えたの。それだけ美依奈のことを大切に思ってるってことだよ。これ以上一緒にいたらなにかしてしまいそうで慌てて帰ったんじゃね?」
「なるほど!」
昨日急に帰られたから嫌われているのかクヨクヨしていた気持ちがスッと晴れた。
確かにあのときの優太は切羽詰まった顔をしていた。
あれはあたしを大切に思ってくれてのことだったんだ!
さすがは羽衣だ。恋愛が分かっている。
「自信をもって頑張りなよ。美依奈は可愛いんだから!」
「分かった。ありがと! 可愛くはないけど」
お昼休み、また優太と二人で使われていない部室に行く。
二人でお昼を食べるときはここって決まっていた。
「ん。これが優太の分のお弁当……」
「ありがとう」
昨日のやや気まずい別れなどなかったかのように優太は自然だ。やはり機嫌を損ねて帰った訳じゃないとホッとする。
「わっ……これって」
「きょ、今日は冷凍食品じゃなく、あたしが作ったヤツだから」
チラッと優太の顔を盗み見ると驚きと困惑が張り付いていた。
卵焼きは焦げてるし、からあげはなんかべちゃっとしてる。
きれいに振ったはずのふりかけはかなり蓋の方にくっついちゃっていた。
「やっぱいい! こんなの食べなくていいから! あたしが好きなパン屋でサンドイッチとか買ってきたから、それ食べて!」
「いや。僕はこれを頂くよ」
「無理しないでよ! そういうの、よけい傷つくから!」
取り上げようとするとひょいっとかわされ、そのまま優太は卵焼きをかじった。
「うん。美味しいよ」
「絶ッ対ウソだし! 美味しいわけないじゃん!」
「出汁と少しの砂糖を入れてくれたんだね。だからちょっと焦げちゃったんだよ」
ちょっとどころではない焦げ焦げ卵焼きを齧りながら、優太はにっこり笑ってあたしを見る。
「なに入れたか分かるんだ」
「もちろん」
ママに聞いて試してみたのだが、気付いてもらえて嬉しかった。
「からあげも柔らかいのにしっかり揚がってるよ」
「そ、そう? よかった。二度揚げ? とかいうのしてみたんだ」
「へー。よく勉強したんだね。鶏肉は火が通りすぎると固くなるから余熱で中まで加熱するといいんだよ。卵焼きも、唐揚げも、美味しくしようと努力してくれたんだね。ありがとう」
絶対美味しくないはずなのに優太はモリモリ食べてくれる。
そういう優しいとこが好き。
好き嫌いなさそうなとこも好き。食べ物を粗末にしないとこも好き。箸の使い方も好き、食べながら口の中を見せないとこも好き。
あー! 好き好き、だいすきっ!
全部食べてもらえてあたしの好き好きメーターは最大まで振り切れてしまっていた。
って、あたしちょっとチョロすぎるかも……
「そういえば優太って転校ばっかって言ってたけど、まさかこれからも転校するとかないんでしょ?」
昨日聞きそびれてしまったことを訊ねる。
「うん。もうないと思うよ。お父さんの転勤ないみたいだし」
「そっか。よかった」
ホッとして肩の力が抜ける。
しかし勝負はこれからだ。
意を決して攻めてみる。
「そういえば妹ちゃんも元気?」
「妹? 僕、美依奈さんに妹がいる話したっけ?」
優太は先ほどまでの穏やかな表情から一気に怪訝な表情になる。
想像していたよりも険しい顔立ちにちょっと焦ってしまう。
これは一種の賭けだった。
知らないはずの妹情報を敢えて口にする。
それによって以前から優太を知っているという匂わせ行為だ。
「あ、ごめん。優太って妹とか弟がいそうだなぁって。ははは。ごめん、忘れて」
わざと失言した振りをして焦った演技をしてみる。
「よく分かったね。二歳年下の妹がいるんだ。元気にやってるよ」
「そうなんだ! てきとーに言ったら当たるとか、あたしすごくない?」
「そうだね。適当なら、すごいと思うよ」
やけに『適当なら』に強いアクセントを置きながら優太は笑う。先ほどの険しい表情はウソのように消えていて、ほっとする。
でも残念ながらあたしの『匂わせ』に勘づいた様子はない。
優太は鈍そうだからもっと大胆に攻めた方が効き目はあるのだろう。
羽衣が言うようにストレートに覚えているのか聞くのが手っ取り早いけれど、もし覚えていないと言われたら立ち直れない。
でも聞きたいという願望もある。
「そんなにあっちこっちに引っ越ししてたらこの辺りにも昔住んでたとかあるわけ?」
「うん。まぁ。あるよ」
「へぇ! そうなんだ! 何歳くらいの頃?」
「小学校の四年生とか五年生くらいかな」
「そうなんだ! じゃあその頃の友だちとかもいるわけ!?」
「ちょっ!? ど、どうしたの突然」
興奮して思わず前のめりになってしまい、優太は引いていた。
「ごめん。つい、興奮しちゃって」
「興奮?」
「い、いいから。早く続き聞かせてよ! 友だちいたんでしょ?」
「まあ友だちもいたけど、その頃はスマホもなかったし、連絡先も分からないよ」
「そうなの? でも家とか知ってたら訪ねていけばいいんじゃない?」
言いながらドキドキしていた。
しかし優太は目を伏せ、首を振る。
「いや。いいよ。そういうのは」
「なんでよ? 向こうも会いたがってるかもよ!」
「僕も昔はそう思ってた。でもね、そうとも限らないんだよ」
優太は悲しげに笑って語ってくれた。
以前同じ土地に引っ越したことがあったらしい。
当然その頃の友だちに会いに行ったのだが、対応は微妙だった。
向こうには向こうの今があり、昔の友だちに来られても対応に困る。それがありありと伝わってきた。
それ以来優太は昔の友だちと会おうとはしなくなったとのことだった。
「そんなの分かんないじゃない! その人がそうだっただけで!」
「でも小学生の時の友だちだよ? しかもたった一年間だけ。美依奈さんは小学生時代の友だちといま何人付き合いがある?」
「それは……」
連絡を取るのが数人だけで、ほとんどの人とは付き合いがない。
そもそも連絡を取ってるのは中学も一緒だった付き合いの長い女子ばかりだ。
「引っ越しが多いとね、幼馴染みは出来ないんだよ。だからそういうのは、期待してないんだ」
「優太……」
遠くを見る目の優太を見て、胸が痛む。
なんだか切なくてスカートをきゅっと握った。
あたしは、覚えてるよ。
ずっと優太を待ってたんだよ?
いま隣に座ってる女の子は、優太のことをずっと想って生きてきたんだよ。
口に出せない思いを胸の中で呟いていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
たくさん読んでもらえてものすごく喜んでおります!
ギャルヒロインとかいまいちなのかなぁと思っていたので、反響の大きさに正直ビビっております……
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