観覧車キス作戦
優太は無理して高級イタリアンに入ろうとしてくれた。
せっかくの初デートだから奮発しようとしてくれたに違いない。
二人の大切な記念のために奮発しようとしてくれた気持ちは嬉しかったけど、きっと優太は自分が払うとか言い出すだろうからさすがにあんな店には入れなかった。
そもそも優太とのデートで緊張しすぎて、味なんて全然分からないだろうし、もったいない。
あたしは食べなれたこの店で充分だ。
「案外美味しかったね」
「うん。やっぱここに来て正解って感じ」
口許にトマトソースがついている。拭ってあげるべきか迷うが、さすがにそれほハードルが高すぎた。
口にソースつけちゃうかわいさが好き。見栄張って高級店に入ろうとするとこも好きだし、モリモリ食べる姿も好き!優太、だいすき!
あー、しあわせ。
「このあとどこ行こうか?」
「んー、どうしようかなぁ。そうだ喫茶店行かない?」
あちこち歩くのも悪くないがゆっくり話もしてみたい。
前から気になっていた喫茶店へと優太を連れていく。
柔らかな照明の店内にはジャズがかかっており、芳ばしいコーヒーの香りで満ちていた。
「ずいぶん大人っぽい店だね」
「でしょー? 前から来てみたかったんだ。ここはあたしが出すからね」
「悪いよ、そんなの」
「お昼出してもらっちゃったし」
「ここの方が高そうだよ」
「いいから。あたしバイトしてるし、そーゆーの気にしないで」
「いや、気にするでしょ」
遠慮するところも優太の素敵なところだ。
おしゃれな店が落ち着かないのか、優太は辺りをキョロキョロしている。
そんな素振りは可愛いけれど、よその席の人の顔を確認するようにジロジロ見るのはちょっとマナー違反だからやめた方がいいよ?
「ねぇ、優太って子供の頃、どんな感じだったの?」
席についてから早速聞きたかったことを遠回しに訊ねる。
「どんな感じって……普通だよ」
「友だち多かったとか、こんな環境で育ったとか、あるでしょ」
さりげなく聞いたつもりだったけど、よく考えれば唐突すぎる質問だったかもしれない。
けれど優太は「そうだなぁ」と昔を思い出してくれている。
果たしてその記憶にあたしはいるのか、固唾を飲んで緊張していた。
「親の仕事の関係で引っ越しが多かったよ。一年で引っ越しとかもあったし。関東にいたら次は九州、その次は北海道とか」
「そうなんだ。大変だね。それじゃ友だちも出来づらいんじゃない?」
話題をそっちに振ると優太は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり僕には友だち少なそうに見えるんだ?」
「そ、そんなこと言ってないし。引っ越しばっかだと大変そうって思っただけ」
やば。怒らせちゃったかな?
発言には気を付けなきゃ。
「まぁ確かに深い付き合いの友だちは出来なかったよ。でも仲良くなった人も結構いるんだ。どうせすぐ転校しちゃうからって考えると案外思うように出来るし、そうすると友だちも出来たりするんだよ」
「へぇ……」
自分以外にも仲良くしていた子がいると知り、なんだか面白くなかった。
心が狭いな、あたし。
「僕に友だちがいて意外そうだね。がっかりした?」
「してないし! もうっ!」
ガッカリが顔に出ちゃってたみたいだ。油断してた。
「い、今でも連絡取り合ってる人とか、いるわけ?」
「うん。何人かは」
「いるんだ……」
あたしとはそれっきりだったのに?
なんだか泣きそうになってくる。
「中学の時とかね。仲良かったんだけど、遠くに引っ越さなきゃいけなくて。さよならなんて何度も経験してたのに、なぜかそのときは悲しくて泣いちゃってさ」
別れを惜しんで泣いたの!?
ウチの学校から転校するときは、笑ってたのに……
「親に無理言ってスマホ買ってもらって、連絡先を交換したんだ」
「連絡先まで!? ……仲良かったんだね」
「そう。いつも一緒だったから……って!? え!? 美依奈さん、泣いてるの!?」
「泣いてなんてない、バカ! こっち見んな!」
ハンカチで目元を押さえて顔を背ける。
まさか本当に泣くなんて、自分でも思っていなかった。
なんだかその友だちに負けたみたいで悔しく、そんなことでいじける自分も腹立たしくて、自然と涙が溢れていた。
「ありがとう」
「え?」
「引っ越しばかりの僕の境遇を悲しんでくれたんだよね」
優太は優しい目をして頷く。
そうじゃないんだけどそういうことにして頷く。
「でもそう悪いものじゃなかったよ。色んなところで色んなものを見てきたし、色んな体験をした。それは他の人では体験できなかったことだ。タケルくんみたいな親友も出来たし」
「タケルくん?」
「ほら、さっき話した連絡先を交換した親友だよ」
「あ、ああ……それって男の子なんだ……」
一人で勝手に勘違いしてしまっていた。超ハズい。
話題は自然とそのタケルくんとの話になってしまい、あたしの記憶があるかの確認は出来なかった。
でもあたしの知らない優太の過去が知れて、それはそれで嬉しかった。
喫茶店を出ると既に日は少し傾き始めていた。
「そろそろ帰ろうか?」
「ねぇ、あれ乗ろうよ!」
優太の言葉が聞こえなかった振りして観覧車を指差す。羽衣いわく、『街中で合法的にキスが出来る空飛ぶゴンドラ』だ。
「観覧車かぁ……そういえばここのは乗ったことないな」
「でしょ? 乗ろう!」
思いきって優太の手を握り、引っ張る。
急すぎたのか、優太は驚いた顔をした。
「ダメ?」
「いや、いいよ。乗ろう」
「やった!」
どさくさに紛れて手は繋いだままだが、緊張して雑に引っ張ってしまう。
これじゃラチる感じだ。
羽衣の話では男は観覧車のドアが閉まった瞬間に豹変するとのことだった。
しかし優太はまるで変わることなくそのままの様子で窓からの景色を眺めている。
相変わらず羽衣の言うことはあてにならない。
でもこういう時の対処法方もちゃんと羽衣から聞いていた。
恋愛の駆け引き極意のひとつだ。
ちょっと恥ずかしいけれどやってみるしかない。
「ね、ねぇ優太……隣に座っていい?」
罠だと決めつける優太と初デートで緊張する美依奈さん。
存在しない共犯者を探す淳之助と役に立たないアドバイスばかりする羽衣。
二人の恋は前途多難です!
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