初デート
『今度の日曜、ヒマっしょ?あたしが買い物とか付き合ってあげてもいーよ?』
美依奈さんから送られてきた上から目線のメッセージを思い出して改めて腹が立った。
一文字たりとも人を気遣ったところがない最低のメッセージだ。
一体なにをどう考えたらこんな失礼な誘い方ができるのだろう?
いくらニセ彼女とはいえ、もう少しましな文章があると思う。
とは言うものの断らずにこうして待ち合わせ場所にやって来たのは、もちろん返り討ちにするためだ。
休みの日を使ってまで僕をからかおうとしているのだから、当然罰ゲームはまだ続いているのだろう。
二、三日で飽きて種明かしをするのかと思っていたが、意外としつこい。
騙されたフリをしている僕の反応が面白いのか、それともよほど大きな賭けに負けて長い罰ゲームなのか。
もしかしたら僕が浮かれたフリをしている様子を動画で撮影し、アップしているのかもしれない。
その反響が意外と大きいから味を占めてやめられないなんて可能性もある。
想像が膨らんでいくと、怒りも膨らんでいく。
「くそ。今に見てろよ」
僕もなんの策もなくここにやって来たわけではない。
交差点の向こう側を見て、待機している淳之助を確認した。
そう。今日は淳之助に来てもらい、こっそり尾行してもらうことにしている。
必ずどこかで僕を観察して笑っている奴らがいるはずだ。
それが誰なのか淳之助に見つけてもらう。
相手が分からないまま戦うのと、分かっているのでは全然違うからだ。
「ごめん! お待たせ!」
待ち合わせ時間から十分遅れて美依奈さんはやって来た。
一時間は送れると思っていたから驚異的な早さだ。
しかもちょっと汗をかいてるし、息を切らしている。
遅刻したから走ってきたのだろう。
そんな気遣いくらいはできるのかと逆に感心した。
「ごめんね、待たせちゃって」
「別に大丈夫だよ」
今日の美依奈さんのファッションは肩を出したフリルがヒラヒラとついたトップスとタイトなジーンズというギャルファッションだ。
特にこだわりのないジーンズにカレッジTシャツという自分が隣を歩いていいのか躊躇われる。
しかしダサい男と歩かせるというのも僕の返り討ち作戦のひとつだ。
本当はもっとヤバめなアニメ絵の描かれたTシャツにしたかったけれど、さすがにそれは僕自身も恥ずかしいのでやめておいた。
「へぇ。普段はそんな格好なんだ」
美依奈さんが笑う。
「ダサくてごめんね」
「べ、別に。いいと思うよ。似合ってるし……優太はなにを着てもカッコいいし……」
自分の言葉にダメージを受けたのか、美依奈さんの顔は真っ赤だ。まあ、僕も赤面してるんだけど。
これは僕をきっと浮かれさせる作戦だろう。
まずは海沿いにあるショッピングエリアへと向かう。
雑貨店や洋服店、映画館や飲食店などが並ぶところだ。アメリカの西海岸を意識したような開放的でお洒落な造りとなっている。
はじめの頃は少し固かった美依奈さんだが、そのうち吹っ切れたのか楽しそうに店を巡っていた。
食事前に美依奈さんがトイレに行った隙を見計らい、淳之助に電話をする。
「どう? 影で見張ってる仲間は見つかった?」
「いや。まだだよ。本当にそんな人たちいるのかな?」
「もちろん。いるに決まってる。隠れて観察して笑うところまでがウソ告白罰ゲームなんだから。下手したら動画を撮ってる可能性もあるよ」
「そうかなぁ」
なんだか淳之助は懐疑的だ。
「どうしたの?」
「いや、遠くから二人のこと見てるけど、どう見ても美依奈さんは普通に楽しんでいるようにしか見えないんだけど?」
「それは罠だってば。普通に振る舞い、僕をその気にさせようとしてるんだ」
「そうなの?」
「ああ、間違いない。ついでに僕になにか買わせて貢がせようとしてるんだ。さっきだってぬいぐるみを手に取って可愛いと連呼していた。あれは僕に買わせようとしてるに違いない」
「そっか。確かにそういうのはありうるね。分かった。引き続き注意しておくよ」
「ごめんね。頼むよ!」
電話を切ってからしばらくすると、美依奈さんが戻ってきた。
メイクを直してきたようだ。香水もつけてきたのか、甘くて爽やかな香りがする。
いい香りだが騙されてはいけない。食虫植物こそ色鮮やかで甘い香りを放つものだ。
「じゃあ食事にしよう。なにが食べたい?」
「決めていいの? やった。それじゃ、えーっとね、ピザがいい! あ、でもパスタもいいかも」
「イタリアンだね。了解」
案内マップを見るとイタリアンレストランは三階の奥にあった。
さすがに偽デートとはいえ食事代くらいは出してあげなければいけないだろう。
地図通り進んでいくとイタリアの国旗がはためいており、すぐに分かった。
「えっ……」
「あっ……」
メニューを見て度肝を抜かれた。
なんとパスタは最低でも1800円。ピザに至っては2500円からだ。
飲み物も合わせたら二人合わせて5000円近くは覚悟しなければいけない。
ガラス張りの店内を覗くと、港が一望できるオーシャンビューで、お客さんはみんなお金持ちそうだった。
「なーんか違う。あたしが食べたいのはこんなんじゃないんだよねー」
美依奈さんはそういうと店に背を向けて歩き出す。
「ちょっ、待ってよ。イタリアンはここくらいしかなさそうだよ。ここでいいんじゃない?」
「あっちの方も行ってみようよ」
指差したのはこのエリアに隣接したショッピングモールだった。
手慣れた様子で歩く美依奈さんについて行くと、フードコートに到着した。
「あたしここがいい! ほら、ピザもパスタもあるし!」
「え? でもここって」
それはどこにでもある有名なチェーン店だった。
はじめてのデートで選んだらたとえ高校生でも好感度が下がりそうな安上がりの店だ。
美依奈さんはそこでマルゲリータを、僕はボロネーゼを注文する。
「僕が払うよ」
「えー? いいの!? 超うれしい!」
美依奈さんはイタリアンのコースをごちそうになったかのように喜んでくれた。
僕が払うことを想定し、安い店に連れてきてくれたに違いない。
美依奈さんは案外いい人なのかもしれないなどと思い、慌ててその考えを否定した。
彼女はウソの告白をしてその反応を仲間と楽しむようなヤツだ。
いい人のはずがない。
ここを選んだのも混んでいるので仲間が隠れて監視しやすいからだろう。
僕は用心深く辺りを見回した。




