おかえりなさい
「まだ僕に隠してあることがあるよね?」
「ふぇ? なんのこと……?」
美依奈さんは大きな目をぱちくりさせ、困惑した表情をしていた。
「隠さなくていい。僕はちゃんと分かっているから」
「ちょ、なんのことよ? あたしはなんにも隠してないし!」
「ウソ告白、なんでしょ?」
意を決して問い質すと美依奈さんはぽかんと口を開けた。
「え、ごめん。聞き取れなかった。ウソ、なに?」
「もういいんだ。そんな演技をしなくても」
「演技なんかしてないし!」
「ウソ告白だよ。好きでもない相手に告白してリアクションを楽しむイタズラだ」
「……ん?」
美依奈さんは眉をしかめて首を傾げる。
「はじめから分かっていたんだよ。ウソ告白だって。美依奈さんみたいな綺麗な人が僕に告白するはずがないからね。敢えて騙されたふりして返り討ちにするつもりだった。でもミイラ取りがミイラになるってやつかな? 次第に僕は本当に美依奈さんに惹かれていった」
「ちょ!? ちょっと待ってよ! 頭が追い付かない」
「そんな矢先、美依奈さんがチバだってことに気付いた。正直死ぬほど驚いたよ。でも不思議と納得も出来た。僕が美依奈さんに惹かれたのは、チバだったからなんだって」
「ワケわかんない。なに言ってるの? なんであたしがウソ告白なんかしなきゃいけないワケ?」
……なんだか様子がおかしい。
僕が指摘したらある程度シラを切ることは想定していたが、美依奈さんの態度はなんだかそれと違う。
しらばっくれているというより、なんだか怒っている感じだ。
「えっと……あの……ウソ告白のイタズラだと思っていたんだけど、実はそうじゃなくて……あの、これはチバの復讐だって気付いたんだけど……」
「なにそれ? なんであたしが優太に復讐するわけ?」
「それは、その……急に引っ越したから?」
「そんなことで復讐なんてするわけないでしょ! そりゃ直前まで隠されてのはショックだったよ。でも家の都合でしょうがないことだし、言い出しづらかったっていうのも分かったし、恨むわけなくない?」
え、マジ?
ウソ告白じゃなかった!?
全ては僕の勘違いだった!?
恥ずかしい!
……そう言われれば確かにウソとは思えないシーンは何回もあった。
ていうか、美依奈さん、ガチギレしてる……
まずい。
「じゃあ優太はずっとあたしが好きでもないのに告白して来たと思って接してたんだ? 優太のあたしへの態度も全部ニセモノだったんだ!?」
「ち、違う! そりゃ、はじめは警戒してたけど、でもそのうち本当に美依奈さんのことが好きになっちゃったんだよ!」
大きな声で訴えると、美依奈さんは顔を赤くしてもじっと首を竦めた。
「そ、そういうの禁止。いまあたし怒ってるんだからね!」
「ご、ごめん。でも美依奈さんが好きだってことは本当だからっ! 一生懸命料理を作るところも、ましろさんとバレーを頑張るところも、受験に向けて勉強を頑張るところも、みんな素敵だ。ちょっとチャラそうな見た目とのギャップも素敵だと思う」
「だからぁー、そういうこと言うなってば! もう!」
ペチペチと叩いてくるが、まるでじゃれつく猫のような柔らかな仕草だ。
「そもそも美依奈さんも適当な告白だったし、嫌がってるように話してたし」
「それは恥ずかしかったから!」
「じゃあなんでビデオカメラで隠し撮りなんてしてたの?」
「それは、その……秘密」
「あれでウソ告白だって確信したんだよ。録画して仲間と観て笑ってるんだろうなーって」
「そんなことしてない!」
「じゃあなんで撮ったの?」
「……言ったら絶対引かれるし」
「引かないよ」
美依奈さんは「うー……」と唸って僕を睨む。
「ゆ、優太の声がもっと聞きたくて……」
「えっ……」
「動画なら何回も繰り返し観られるでしょ」
「う、うん……そっか……」
「ほら、やっぱ引いたじゃん! だから言いたくなかったの!」
「ひ、引いてないよ……うん。そんな気持ちになることもあるよね。ははは……」
本当は若干引いたけど、ここはウソをついてもいいところだろう。
「ずっと好きだったんだから! 小学生の頃から、ずっと」
「僕だってそうだ。チバのことが忘れられなくて、他の女の子を好きになることもなかった」
「ウソばっか! あたしのこと、全然分かんなかったくせに!」
「そりゃ、だって……見た目が全然違ったし、名前もチバで覚えちゃっていたから」
「そんなの言い訳じゃん! あたしは一瞬で優太だって分かったもん!」
美依奈さんは恨みがましく僕を睨む。
その顔も愛しくて堪らない。
思わずギュッと抱き締めてしまった。
「きゃっ!?」
「もういいじゃないか。美依奈さんは僕の彼女で、僕は美依奈さんの彼氏なんだから」
「……うん」
腕の中の美依奈さんは想像していたよりずっと小さくて、微かに震えていて、守ってあげなきゃいけない存在に感じられた。
「おかえり」
胸に顔を埋めた美依奈さんがそう呟いた。
「え?」
「優太を高校ではじめて見たとき、そう言いたかった。でも優太が思い出してくれるまで言わないって決めてたの」
「そうなんだ。言ってくれたらよかったのに」
「そんなの、悔しいじゃん」
「悔しい?」
「だってあたしはずっと優太のことが好きで、忘れられなくて、一瞬見ただけで優太だって気付いた。でも優太はあたしのことなんて全然覚えてなくて」
「それは……ほんと、ごめん」
「だから優太が気付くまで絶対言ってやるもんかって思ったの」
美依奈さんは顔を上げ、僕の目をまっすぐに見つめてきた。
「おかえりなさい、優太」
「ただいま、チバ」
「チバじゃなくて美依奈がいい!」
美依奈さんはぐいっと顔を近づけてくる。
「ただいま、美依奈さん」
「美依奈さんじゃなくて美依奈! やり直し!」
更に顔がぐいっと近付き、僕は少し仰け反る。
「ただいま、美依奈」
「うん。おかえりなさい」
顔をゆっくり近付けると、美依奈さんは目を閉じる。
その唇に恐る恐る僕の唇を重ねた。
離ればなれになり、すれ違っていた時間が報われたような、幸せで胸がいっぱいになる。
唇を離すと美依奈さんは真っ赤な顔ではにかんだ。
「もうどこにも行かないでね」
「当たり前だよ。僕はどこにも行かない」
もう一度ギュッと抱き締め合う。
将来を誓い合ったこの公園で、ようやく僕たちは『再会』することが出来た。
止まっていた時計が再び動き出す。
そんな期待で胸が高鳴っていた。
お待たせしてすいませんでした。
これにて第三部完結です。
文庫本約一冊分を使い、ようやく二人は素直になれました!
これまでたくさん応援くださり、本当にありがとうございました!
これから二人のいちゃいちゃバカップルぶりが発揮されることでしょう!
ひとまず一区切りついたので少しおやすみ期間となります。
これからもよろしくお願い致




