捻れた糸を解いて
いきなり目の前に優太が現れて頭がパニクった。
色んな感情が溢れだし、そして結局は嬉しいという感情が勝ってしまった。
「もう放っておいてよ! 優太の顔なんて見たくない!」
それなのに気持ちと正反対のことを言ってしまう。
あたしはほんとにバカだし、子どもだ。
優しい優太に甘え、駄々をこねて慰めてもらいたがっている。
「放っておけるわけないだろ! 僕は美依奈さんが好きなんだ!」
「優太っ……」
「美依奈さんはもうどうでもいいのかもしれないけど、でも僕は違う。美依奈さんが泣いていれば力になりたいって思う。たとえ迷惑がられても」
優太の瞳はまっすぐあたしに向けられていた。
昔とちっとも変わらない。
優太は優しくて強くて、そしてあたしを大切にしてくれる。
本当はすぐに優太の胸に飛び込んで抱き締めたい。
でもそれは出来なかった。
優太はまたあたしに内緒で遠くへ行こうとしている。
それは許しがたい裏切り行為だ。
「あたしに隠していることがあるでしょ! 知ってるんだからね!」
「え? なんのこと?」
「とぼけないで! あたし聞いちゃったんだから!」
「聞いた? なんのことだかさっぱり分からないよ」
「そう。わかった。そうやってごまかすんだ……」
「ちょっと待ってよ。なにがなんだかさっぱり分からないんだけど!?」
「しらばっくれんな! 優太、引っ越すんでしょ!」
感情に任せて怒鳴ってしまうと、優太はぽかんとした顔で棒立ちになった。
「ごまかさないでよ。優太が電話で話してるの聞いて知ってるんだから! 夏前には遠くに行っちゃうんでしょ!」
責めるように問い質すと優太は突然「アハハハ」と笑い出した。
「わ、笑わないで! あたしは真面目に訊いてるの! もうっ! 笑うな!」
「ごめんごめん」
優太は笑いすぎて出た涙を拭う。
笑い事じゃないのに不謹慎過ぎる。
「美依奈さんの言う通り、夏前には引っ越すよ。父さんがね」
「え……? お、お父さん?」
「そう。突然長期出張を命じられて一年以上単身赴任になったんだ」
「タンシンフニン……? それって優太は……」
「もちろん引っ越さない。父さんだけが行くんだ」
あたしの早とちりだった。
恥ずかしさで顔が燃えるように熱い。
「えっ……うそ……マジで? ……ヤバい、超恥ずかしいんですけど……」
「まさかそれで怒ってたんだ?」
「紛らわしい電話するからでしょ!」
「美依奈さんが勝手に聞いて勘違いして怒ってただけじゃないか」
完全にあたしが悪い。
勝手に勘違いして、ちゃんと確かめもせず拗ねて怒って。
それなのに優太は全然怒りもせず、笑って流してくれる。
やっぱり優太は最高の彼氏だ。
「そもそも直接訊いてくれればよかったのに。そうすれば勘違いなんてしなかっただろ?」
「それはそうだけど……でも怪しい気配はあったもん」
「怪しい気配? なんのこと?」
「それは、その……」
優太は不思議そうに首を傾げる。
鳥のような仕草がなんとなく可愛い。
「最近優太が優しすぎたから」
「なにそれ? どういうこと?」
「なんかここ最近妙に優しいでしょ。それになんか、グイグイ来るし……もしかして疚しいことでもあるのかなって勘繰っちゃって……そしたら引っ越しするって聞いちゃったから、それで……」
優しさは引っ越すことの疚しさを隠すためのものだと勘違いしてしまった。
改めて考えると馬鹿馬鹿しい妄想だ。
「ごめん。あたしの考えすぎだったね。あははは!」
ところが優太は笑わず、真剣な顔でじっとあたしを見詰めていた。
「どうしたの?」
「美依奈さんも、僕に隠していることがあるよね?」
「ふぇ? なんのこと?」
「気付いてない振りをしてやり過ごそうって思っていたけど、この際だから言っちゃうね」
「なに? なんのこと? 怖いんですけど?」
さっぱり心当たりがなく、意味不明すぎて逆に不安になる。
優太は真剣な表情のまま、じっとあたしを見詰めていた。
「もういい。隠さなくていいんだよ、チバ……」
「は? チバ? なに言ってるの?」
突然重々しく語る優太に焦っていた。
チバってなに?
千葉県のこと?
いや、待てよ……
どこかで聞き覚えが……
「あー!?」
そうだ。
チバとはあたしの古いあだ名だ、
ほんの一時期そう呼ばれていたことがあるのを思い出した。
「もしかして優太……思い出してくれたの?」
記憶喪失になった恋人の記憶が戻ったような感動に包まれる。
「ああ。思い出したんだよ、チバ」
優太は悲しげな顔で公園を見回した。
「この公園もよく二人で遊んだところだ」
「うん……そうだよ。優太。ここは二人の特別な場所だった」
嬉しさで胸が一杯だった。
さっきまでとは違う種類の、温かな涙がこぼれ落ちる。
もう忘れ去られていたと思って諦めていた。
でも優太は覚えてくれていた。
こんなに幸せなことはない。
「やっと思い出してくれたんだ……嬉しい……ありがとう、優太」
感極まるあたしと対照的に、なぜか優太はずっと浮かない顔だった。




