嘘つき
「優太が優しすぎる? なにそれ?」
「だから言葉の意味の通りだってば!」
「アホくさ。ノロケは禁止だって言ったよね?」
「ノロケじゃないってば!」
羽衣はなかなか真面目にあたしの話を聞いてくれない。
「優しいならいいじゃない。それとももしかして美依奈ってドMなの? 冷たくされた方が燃えるとか?」
「そうじゃないの!」
あたしはここ最近の優太の言動について説明した。
これまではどこか壁を感じるところがあったけど、ここ最近はなぜか向こうからぐいぐい来る。
その変化がなんか怖かった。
「うーん……ようやく彼氏として慣れてきたんじゃない?」
「どういうこと?」
「これまでは照れくさかったんだよ。だって可愛くてモテまくりの美依奈にいきなりコクられたんだよ? 普通実感湧かないっしょ? そもそも優太ってこれまで彼女いたことなさそうだし」
「さらっと人の彼氏をいじらないで」
「ごめんごめん。まあ、たぶん最近になってようやく実感湧いてきたんだと思うよ。だから優しくなったんだよ」
羽衣の言うことは確かに一理ある。
その可能性もあるかもしれない。
けれど──
「なんか、そういうのじゃないんだよね」
「そういうのじゃない? どういう意味?」
「説明しづらいんだけど、そんな類いの優しさじゃないんだよね。もっとこう、なんていうか、心の底から優しいっていうか」
「やっぱノロケじゃん! 怒るよ!」
「だから違うって! 優しいというか、反省している的な? 謝ってるみたいな優しさを感じるの」
こんな説明じゃ伝わらないだろうと思いきや、羽衣は突然真剣な面持ちになる。
「なるほど」
「どうしたの? なんか分かった?」
「それはたぶんアレだよ」
「なにアレって? そんなんじゃ分かんない。はっきり言ってよ」
「だからぁ……ほら、その……浮気だよ」
「浮気ぃい!? ないない! 絶対ない。優太がそんなことするはずないじゃん!」
笑いながら否定すると羽衣は悲しそうな目であたしを見詰めてきた。
「えっ……うそ、まさか羽衣、その現場を見たとか!?」
「見てないよ。でも男が急に反省したかのように優しくなるのって大抵浮気だよ」
「そんなっ……優太がそんなことするはずない!」
心の底からそう思っていても、拭いきれない不安が胸を襲った。
「そうだよねー。優太は浮気するようなタイプじゃないもんね。でもなんか他に疚しいことはあるのかもよ」
「他に疚しいことってなによ!」
「そんなの分かんないよ。でもじゃなかったら急に反省するような態度にはならないでしょ。てか優しすぎるって美依奈が言い出したんだからね! うちはその可能性について考えてるだけ。怒んないでよ」
「怒ってはないけどさ……」
なんか不安でシュンとなる。
そんなあたしの頭を羽衣が「よしよし」と撫でてくれる。
「考えても仕方ないっしょ? 探ってみたら?」
「なんて訊くのよ? 浮気してるって訊くの?」
「それ、最悪だから。そういうこと訊かれるとしてようがしてまいがウザいって思われるよ? それとなく探り入れるの。もしくは尾行するとか」
「そんな疑ってかかるのなんてイヤ!」
「もう! じゃあどうしたいわけ?」
「それは……その……」
「大丈夫。優太を信じてやりなって。優しくなったのは、心の余裕ができただけだって」
「そうかなぁ……」
「美依奈! あんた優太のこと好きなんでしょ!」
「そりゃ好きだよ」
「じゃあ信じてあげなよ! どんなことがあっても信じてあげる。それが恋人じゃないの!」
羽衣は珍しく熱くなる。
その熱意にあたしは目が覚めた。
そうだ。
何があろうが信じる。
それが恋人だ。
「ありがとう、羽衣」
「ウジウジするなんて美依奈らしくないよ。ギャルは度胸で当たって砕けないと!」
「ちょ、砕けたくはないからね」
羽衣にお礼を言って、優太との待ち合わせ場所に急ぐ。
一緒に帰る約束をしていたのについ話し込んで遅くなってしまった。
遅れても怒らない優太だけど、その優しさに甘えてばかりだといつか愛想つかされる。
気を付けなくちゃ。
「うん。分かった」
待ち合わせ場所に近づくと優太の声が聞こえた。
どうやら電話をしているようだ。
邪魔にならないよう、少し離れたとこで待つ。
「いつくらいか決まったの? へぇ。夏前か。わかった」
誰となんの話をしているんだろう?
なんか急に胸騒ぎがした。
盗み聞きなんかして、罪悪感を感じていた。
それなのにもっとはっきり聞きたくてこっそりと隠れながら近付く。
そして次の瞬間──
「引っ越し先の家はもう決まってるの?」
えっ!?
心臓が口から飛び出しそうになった。
「まだなんだ? 一ヶ月後でしょ? 早く決めなきゃまずくない?」
優太の声が遠くになった気がした。
引っ越しってどういうこと?
もうこれから引っ越しがなくなったって言ってたのに……
あれは嘘だったの!?
感情の変化より先に涙がぶわっとこみ上げ、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
「うん。分かった。え? 真凛に? 大丈夫。言ってないよ。言ったら絶対怒るだろうし」
嘘つき!
嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきっ!
どこにも行かないって約束したのに!
またあの時みたいになんにも言わずに突然いなくなるつもりなんだ!
嘘つき嘘つき嘘つきっ!
大っ嫌い!
あたしは我慢できずに逃げるように走り去っていた。




