家族を巻き込んで
「ただいま!」
家に帰ると部屋では美依奈さんとお母さんが話をしていた。
「ちょっ!? なにしてるの!」
「なにって……美依奈ちゃんとお話をしてるのよ? ね、美依奈ちゃん」
「はい。そうです」
なにを話したのか知らないけれど美依奈さんはにっこり笑ってお母さんとなにやらアイコンタクトしている。
お母さんがなにか余計なことを言ったんじゃないかと心配になるが、少なくとも二人は仲良くなったみたいだ。
「もう、お母さんは出ていっててば」
「はいはい。うるさい彼氏さんだね」
「そういうのいいから」
僕らのやり取りを美依奈さんが笑いながら見ていた。
「なにを話してたの?」
お母さんが出ていってから美依奈さんに訊ねる。
「えー? ナイショ」
「内緒って……なんか変なこと言ってなかった?」
「いっつも彼女が可愛いって自慢ばっかしててウザいって言ってたよ」
「嘘つけ。お母さんには美依奈さんの話してないし」
真面目に答えるつもりはないらしく美依奈さんは「にひひ」と笑っている。
小憎たらしいけど、思えばチバもそんな感じだった。
「それより早く料理教えてよ!」
「ああ、そうだった」
キッチンに移動して下ごしらえからはじめる。
リビングからはニヤニヤしたお母さんの視線が鬱陶しいが無視をする。
「まずはお肉の下ごしらえから」
「お肉ってステーキ肉使うんだ?」
「そう。スライスを丸める手もあるけど今日はこれ。ロースの厚みのあるお肉」
「もっと固まり的なやつじゃないの?」
「ああいうのは大きいから火が通りづらいし、少し固いからね。ステーキ肉の厚みが僕は一番好きだな」
フォークでまんべんなく刺して下味が染み込むようにしてから一口サイズにカットしていく。
醤油、酢、塩と中華だし、そこに生姜とにんにくの絞り汁を混ぜる。
「生姜とにんにくはそのまま入れるんじゃないんだね」
「すりおろしだと揚げるとき焦げやすいし、味も強すぎるからね」
「へぇ。丁寧に作るんだね」
「でしょー? 私もそんなめんどくさいことしないのよ」
「お母さん。なにしれっと会話に参加してくるんだよ」
注意するとお母さんは叱られた子どもみたいに反省ゼロの顔で笑った。
野菜を切り、肉を揚げた後に野菜も油通しする。
肉はしっかり揚げ、野菜は軽く熱を通す感じだ。美依奈さんはおっかなびっくりの手付きで揚げていた。
「次はソースだけど、まずは油で生姜とにんにくを熱して香りをつける。シュワシュワと泡を纏うくらいの温度でじっくりと──」
「ただいまー。うわぁ、いい香り」
妹の真凛が帰ってきて鼻をスンスンさせる。
「真凛ちゃん、おかえりー」
「あ、美依奈さん! 今日もかわいい!」
「こら、真凛。もっとちゃんと挨拶しなさい」
真凛まで帰ってきていよいよ騒がしくなってきた。
「熱した中華鍋に醤油を入れて少し焦がす。これで香ばしさを出すんだ。そしてトマトソースを入れる」
「トマトソース?」
「そう。ホールトマトを煮詰めて作ったやつだよ。ケチャップを入れるよりグッと味に深みが出るんだ。トマトソースは色んなことに使えるから作り置きしておくと便利だよ」
「へぇ……」
美依奈さんはメモを取りながら頷く。
真剣な態度は好感がもてる。
ソースがプツプツと気泡を出してから野菜を炒め、ごま油を鍋肌で香りを立てて、水溶き片栗粉でトロミをつける。
その後で揚げた肉を投入し、ざっくりと絡めて完成だ。
こうすればはじめ揚げた肉の食感が損なわれず、終わりの頃にはしっとりとする味変も楽しめる。
「わー! これこれ! 美味しそう!」
料理で好感度を上げるという姑息な手段とも知らず、美依奈さんは目を輝かせて喜ぶ。
お母さんや真凛も一緒に食卓を囲んだ。
「優太っていつからこんなに料理が上手だったんですか?」
「そうねぇ。中学生の頃から本格的に作りはじめたかしら。この子ハマったものはとことんやるタイプだからあれこれ凝りはじめて。オタクっていうの? あれなのよ」
「失礼な。研究熱心と言って欲しいな」
「そうそう。お兄ちゃ……兄は凝り性なんです」
「分かるかも。優太ってなんでも適当に出来ないタイプだよね」
女性三人は好き放題言って僕を笑う。
こうして笑いながら食事をしていると、美依奈さんがウソ告白をして復讐をするような人とは思えなくなる。
でもきっとこれも作戦のひとつなんだろう。
家族ぐるみで仲良くなって、その上で僕を振って落ち込ませる。
高ければ高いほど落下の衝撃は激しいものだ。
幸せであればあるほど、それを失ったときの悲しみは強い。
今の幸せはカタンカタンと不気味な音を立てて上るジェットコースターの出だしみたいなものだ。
しかしそうはさせない。
むしろ仲良くなり、ウソ告白と言いづらい空気を作り、更には本当に僕のことを好きにさせる。
お互いの作戦が入り乱れる混戦模様だ。
勝ち目は薄いかもしれないが、僕は諦めない。
なにより僕は本気で美依奈さんに恋をしている。
悲しい結末なんかにさせてたまるか!




