甘い返り討ち
「美依奈さんが幼なじみの『チバ』さんだった!? それ、ほんとなの!?」
淳之助からは予想通りのリアクションが返ってきた。
「うん。たぶん間違いない」
過去の落書きについて説明すると淳之助も納得してくれた。
「なるほど。それは間違いなさそうだね」
「以前淳之助に書いてもらった高校二年生に成長した『チバ』の予想似顔絵が美依奈さんに似ていたのも当たり前なんだよ。本人なんだから」
「そっかぁ……」
「ひどいお別れしちゃったからね。きっと僕を恨んでるんだよ」
引っ越しを伝えたときのチバの顔はいまでも鮮明に思い出せる。
驚きと怒りと悲しみ、その全てがない交ぜになったあの顔を思い出す度に胸は痛みを覚えてしまう。
「それで、優太はわざと騙されて美依奈さんに復讐させようと思ってるんだ?」
「ああ。そうすることが僕の罪を償うことだと思うから」
「それでいいの?」
淳之助は悲しそうな顔で僕を見る。
「優太はずっとチバさんが好きだったんだろ?」
「もちろんだよ。でもチバは美依奈さんだったんだ。そして美依奈さんは復讐のためにウソ告白をして、浮かれる僕をこっそり動画撮影していた」
説明していて胸が痛んだ。
皮肉な話だ。チバを想って美依奈さんを拒んでいたのに、その二人が同一人物だったなんて。
もちろん向こうははじめから僕が誰だか分かった上で仕返しをしてきているのだろう。
「返り討ちにしちゃいなよ。はじめからそのつもりだったんでしょ」
「だからそれは美依奈さんとチバが同一人物だって知らなかったときの話で……いまとなったら大人しく騙されてチバの、美依奈さんの気が済むようにしてもらいたいんだ」
「返り討ちっていってもひどい目にあわせるんじゃないよ。美依奈さんを惚れさせるんだ。ウソ告白だったのに本当に優太が好きになるっていう返り討ち」
「そんなこと……無理に決まってるだろ」
「なんでだよ? 優太と美依奈さんは結婚を誓った仲だったんだろ。だったらもう一度その頃の二人に戻ればいいんだ」
「そうは言うけど……」
あの頃の美依奈さんはギャルじゃなかったし、そもそもあんな美少女じゃなかった。
いや、実際は美少女だったんだろうけど、意識してなかったから気付かなかった。
僕と一緒になって泥まみれになったり、雑草を頬につけたり、日焼けして走り回っていて、可愛いとか思うよりも気の合う仲間という感覚だった。
「どうせ優太は美依奈さんにフラれて傷つこうとしてるんだろ? だったら試したらいいじゃない。優太も本気で好きになって、美依奈さんを振り向かせようとしてみなよ!」
「なるほど……そう言われればそうかも」
美依奈さんが本当に僕に恋してくれるとは思えないけど、してみる価値はある。
辛い仕返しから甘い仕返しに変えるのも悪くない。
放課後はもちろん二人で帰る。
つい昨日までは緊張なんてしていなかったのに、美依奈さんがチバだと分かった途端にドキドキしてしまう。
人がいなくなったのを見計らい、そっと手を握る。
「ちょっ……いきなり!?」
美依奈さんは慌てて手を引っ込めて恥ずかしそうに辺りを見回す。
その仕草に胸がちくっとした。
以前なら美依奈さんの嫌がることをすると嬉しくなったが、今は拒絶されると切ない。
「僕と手を握るのは、嫌?」
「い、嫌じゃないけど……」
美依奈さんはおずおずと手を伸ばし、僕の手を握る。
柔らかな肌はやけに熱くて、もっちりとしていた。
言われてみればこの感触は確かにチバの手だ。
でもあの頃と違い、長い爪には煌びやかなネイルが施されている。
「こういうネイルって自分でしてるの?」
「うん。動画とか観てやり方覚えた」
「へぇ。きれいだね」
この爪ではもうセミ捕りとか木登りは出来ない。
それが成長というものなんだろう。
なにも変わっていないつもりの僕も、きっと美依奈さんから見ればあれこれ変わってるに違いない。
「そう? ありがと」
美依奈さんはにこにこと笑いながら指を一本づつ絡めるいわゆる恋人繋ぎにして爪を見せてくる。
触れあってるのは指だけなのに全身が擽ったくなった。
「結構お金かかりそうだね?」
「そうでもないよ? マニキュアとか長持ちするし、ストーンとかも意外と安いから」
こういうお洒落を楽しむ美依奈さんから見れば、僕はダサい奴に見えるのだろう。
やはり美依奈さんの気を引くためにはもっとお洒落にならなければいけない。
「そういえば妹ちゃんは元気?」
「真凛? 元気だよ。いつも騒がしいくらい」
「へぇ。また会いたいな」
「おお。是非会いに来てあげて。なんか真凛の奴、美依奈さんに興味津々みたいだから」
「マジで? 嬉しいんですけど! じゃあ週末遊びに行っていい?」
「うちに? いいよ。確か親は用事でいないと思うから」
「やった! じゃあ料理教えて!」
美依奈さんはぎゅっと強く手を握ってきた。
きっと美依奈さんは男と手を繋ぐなんて慣れていてなんとも思わないんだろうけど、僕はまるで心臓を握られたようにギュッと心が苦しくなる。




