勘違い?
とにかく謝らないと。
あたしの頭の中はずっとそれでいっぱいで、昨日の夜はほとんど寝ることさえ出来なかった。
メッセージや電話という方法もあったけど、直接顔を合わせて頭を下げて謝りたかった。
駅を降りて学校に向かおうとすると、壁にもたれて立っている優太が目に入った。
(もしかして登校前に別れを告げに来たのかもっ!?)
恐怖で足がすくむ。
あたしに気付いた優太はニコッと満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。
「おはよう! 昨日は急に帰っちゃってごめんね」
「ふぇ!? あ、う、ううん」
思っていたのとまるで違う展開だ。
何がなんだか分からずに頭はパニクる。
「ちょっと急用を思い出してさ」
「そ、そうなんだ」
会ったらすぐ謝ろうと決めていたのに、タイミングを見失う。
「お詫びと言ったらあれだけど、今日はスペシャルお弁当にしたからね」
「え、マジ!? 超楽しみなんですけど!」
『超楽しみなんですけど』じゃない。
ちゃんと謝らないと。
そう思いながらも朗らかな優太を見ていると切り出せなかった。
結局謝れないまま学校についてしまう。
その道中もずっと優太がしゃべりっぱなしだった。
よく分からないけど今日の優太はなんかいつもと違う。
「美依奈の勘違いなんじゃないの?」
三限目が終わり、音楽室からの移動途中に羽衣にそう指摘された。
「でも動画では確実にカメラに気付いていたし!」
「たまたまかもしんないじゃん。優太はなんにも言ってこないし、むしろいつもより愛想がいいんでしょ?」
「それはそうだけど……でもたとえ気付いてなかったとしても謝った方がよくない?」
「バレてないなら言わない方がいいって。そもそも隠し撮りしたとか言われたら絶対引くから」
「それはそうだけど……」
言わない方がいいのはあたしだって分かっている。
でも謝らないとなんだかモヤモヤしてしまう。
とはいえ優太はやたら陽気で、昨日の不機嫌さは微塵も感じられない。
それになんかあたしを見る目がいつになく情熱的な気がする。
いったいどういうことなのだろう?
「今日のお弁当はこれだよ」
「うわっ! 美味しそう!」
ごぼうの肉巻きにイカの天ぷら、タケノコの煮物とあたしの好きな優太の料理が所狭しと詰められている。
「デザートは巨峰だからね。保冷バッグで冷やしてきた」
「ウソ、この上巨峰まであるわけ!? なに、あたし今日死ぬの? ランチだけど最後の晩餐なの!?」
「大袈裟だなぁ」
優太はニッコリと笑ってポットを開けてコップに注ぐ。
「はい。コンソメスープも作ってきたから」
「はあ!? なんなの、いったい! 超嬉しいんだけど!」
数々のごちそうにテンションが上がり、謝ることを忘れかけてしまっていた。
「ほら、食べよう」
「あの、さ……優太……」
「なに?」
「き、きき昨日のことなんだけど……」
「昨日どうかした?」
優太は不思議そうに首をかしげる。
「あ、あの、ビデオカメラで、その──」
「お、我ながらいい出来だ!」
優太はニッコリと笑い卵焼きをかじる。
話を遮られ、タイミングを失ったあたしはスープに口をつける。
「わ、なにこれ!? 見た目は透き通ってるのにビックリするくらい複雑な味がする! 美味しい!」
「でしょ? すね肉やら香味野菜でしっかり出汁を取ったからね」
「すごい……もう店出しなよ!」
「大袈裟だなぁ」
あまりの美味しさにモヤモヤとか全部吹っ飛んでしまった。
美味しい料理って偉大だ。
「すごい時間かかったでしょ?」
「実はこれを作ろうって材料揃えていたんだけど、その予定を忘れて美依奈さんの家に行っちゃったんだよね。急に思い出して慌てて帰ったんだ」
「そうだったんだ。よく思い出したね」
「本棚に料理の本があったから、それ見て思い出した」
「あー、なるほど」
カメラを見つけたんじゃなくてレシピ本を見て驚いた顔してたのか。
なるほど。
「てかレシピ本見られてたんだ。恥ずかし……」
「恥ずかしくなんかないよ。一生懸命料理の勉強してくれてるだって感動したよ」
「そんな大層なものじゃないし。それにこんなのあたし作れないから」
優太に比べたらあたしの料理なんておままごとだ。
「チバ……美依奈さんの作ってくれるものなら何でも美味しいよ」
「は? なに恥ずかしいこと言ってんの?」
いきなりとんでもないことを言われて心臓が高鳴る。
ヤバい。また動画撮影したくなる。
いまの台詞を繰り返し訊きたい。
でも反省してるからもう二度としないけど。
ていうかなんで急にこんなにグイグイ来るんだろう?
ママに紹介したのが嬉しかったとか?
でも昨日はそんな素振りなかったのに。
あたしの頭の中は混乱していたが、とりあえず今はこの幸せに浸ろうと決めた。




