豹変
あたしの部屋に優太がいるというのは、なんだか夢のようで不思議な感覚だ。
もちろん小学校時代はよく遊びに来てくれていたし、二人きりでゲームをしたり、だらだらと漫画を読んだり、他愛もない噂話なんかもした。
ふとそんなことを思い出す。
「あたしたち付き合ってるとか言われてるみたいだよ」と小学四年生のあたしは少しズルい顔でそう言った。
「ふぅん。言わせておけば」
「言わせておいていいの?」
「みんな男子と女子が仲良くなるとすぐそういうこと言いたがるんだよ」
「付き合ってないのにねー?」
まだ膨らみかけの胸をドキドキ高鳴らせて、あたしは試すように優太の表情を盗み見た。
優太は頬を掻きながら目をキョロキョロさせるだけで、肯定も否定もしてくれなかった。
けれど照れくさそうなその態度だけで幸せになれた。
あたしも優太も成長して、あの頃とは違う。
少し寂しい気持ちもあるけれど、優太を想う心は同じだ。
「ねぇ、優太。隣に座って」
「え?」
「ほら、ここ」
クッションをポンポンと叩いて促すと、優太は照れくさそうに隣に来てくれた。
「ねぇ、あたしたち付き合ってるとか言われてるみたいだよ」
「は?」
あのときと同じ質問をしてみた。
当然優太は驚いた顔になる。
残念ながら思い出してくれた気配はない。
「そりゃ、まあ……美依奈さんがみんなにカミングアウトしたから……みんなそう思ってるだろうね」
「言わせておいていいの?」
「美依奈さんがいいなら……まあいいんじゃないかな?」
優太の顔がすぐ隣にある。
あの頃よりずっと大人びているけど、でも優しげな眉も、きれいな瞳も、男の子の割に長いまつ毛も、あの頃の面影が残っている。
優太と離ればなれになって泣き腫らした目をしたあたしに教えてあげたい。
大好きな人はちゃんと五年後の未来には、隣に座ってくれているよ、って。
「優太……」
優太の手にあたしの手を重ねる。
優太はビクッと震えてあたしの目を見た。
羽衣の話だとこうすればあとは目を閉じればキスをしてくれるらしい。
でも怖くてなかなかまぶたを閉じることが出来なかった。
そもそもあの子の話は当てにならないことが多い気がする。
きっと羽衣が知ってるチャラ男と優太では思考回路が違うからだろう。
「お茶のおかわりはいかが?」
「わっ!?」
「ッッッ!!」
ママがいきなり部屋に入ってきてあたしたちは慌てて離れた。
「あらあら。お邪魔だったかしら」
「もう! ノックくらいしてよ!」
優太は耳まで赤くして俯いてしまっている。
ママのせいでせっかくの空気も台無しだ。
「なんかこの部屋暑いわね。窓でも開けておく?」
「いいから! もう出ていってよ!」
「はいはい。ママを邪魔者扱いして」
「邪魔者扱いじゃない。邪魔者なの!」
「なにその言い方。あ、そうだ優太くん、美依奈の子どもの頃の写真見る? いまとは違ってほんとに可愛いんだから」
「ちょっ!? それはマジでやめて!」
ママはそそくさと部屋を出ていく。
ヤバい、この人。マジでやる気だ。
そんな形で優太に過去を思い出して欲しくない。
「ごめん。もう帰るよ」
「へ?」
優太は突然引き攣った顔をして鞄を持って立ち上がる。
「ちょ、待ってよ!」
「お邪魔しました」
優太は有無を言わさず玄関へと向かう。
さっきまであんなにいい感じだったのに!
突然ママが入ってきて焦ってるのかな?
「あら、もう帰るの?」
マジで古いアルバムを持ってきたママは残念そうに眉尻を下げる。
「突然すいませんでした。お邪魔しました。失礼します」
優太は振り返らずに出ていってしまう。
引き留めたいけどアルバムを見られなかったからよかったという気持ちもある。
「もう、ママのせいだよ。優太怒ってたじゃん!」
「ごめんね、美依奈……」
本気で凹んでそうなのでそれ以上責めるのも気が引けた。
しかしいったい何があったのだろう?
部屋に戻って設置していたビデオカメラを手に取る。
また優太が嬉しいことを言ってくれるのを期待して隠し撮りしていたカメラだ。
もしかしたらここに優太が怒った理由が隠されているかもしれない。
映像はあたしがカメラをセットしたところから始まる。
その後で優太が部屋に入ってくるがカメラに背を向けているから顔が写らない。
そんな映像だと残念なのであたしの隣に座らせる。
このときは気が動転していたから分からなかったけど、優太は照れながらも嬉しそうに笑っていた。
その後の会話はカメラが遠くてあまり音声が入っていない。
もうちょっと近くにおくべきだったかな。
見詰めあっているところは改めて観てもドキドキする。
そこでママが乱入してきてあたしたちはぴょんっと跳ねるように離れた。
あたしとママが言い争ってるのを優太は少し笑いながら見ていた。
まだ怒っている雰囲気はない。
なんであんなに急に帰っちゃったんだろうと不思議に思った次の瞬間──
「あっ……!」
画面の中の優太と目があった。
「これ、ヤバい……」
優太は隠し撮りのこのカメラに気付いてしまったのだ。
カメラを見つけた優太の顔は凍りつく。
そりゃそうだ。
隠し撮りなんてされて喜ぶ人はいない。
どうしよう……
謝らないと……
でもなんで隠し撮りなんてしてたんだって絶対訊かれる。
優太が嬉しいことを言ってくれるのを録画して繰り返し観るためだなんて絶対言えない。
100%引かれるし、下手したらフラれる。
どうしよう!?
とにかくまずは羽衣に相談しなきゃ!
次回第二部終了です!
いよいよ物語は激動の展開です!
隠し撮りがバレてしまった美依奈さん。突然豹変した優太。
いったい二人の恋はどうなるのか!?
これからもよろしくお願いいたします!




