ママへの挨拶
美依奈さんの家の最寄り駅で降りるとだんだんそわそわしてきた。
「さっきからなにキョロキョロしてんの?」
「いや。なんでもないよ」
美依奈さんと二人で歩いているところをチバに見られないかという不安で辺りを警戒してしまう。
美依奈さんとチバへ近所に住んでいるはずだ。
もしかしたらばったりと鉢合わせるかもしれない。
そんな再会だけはどうしても避けたかった。
しかし僕だけでなく、美依奈さんの方も家が近づくにつれそわそわし始めていた。
「どうかしたの?」
「え? なにが?」
「なんかさっきから美依奈さん落ち着かない感じだけど?」
「実は……うちのマ、お母さんが優太と会いたいから連れて来てって言っててさ」
「えっ!? まさか今日って……」
「うん。ママが家で待ってるの」
「うそ……手ぶらで来ちゃったんだけど!?」
はじめてお会いするのに手土産もないというのは失礼だし、そもそもそんな心の準備が出来ていない。
「手土産って……そんなの要らないし」
「そうはいかないよ。ちょっと待ってて」
慌てて近くに会った洋菓子屋さんに入り、クッキーの詰め合わせを購入する。
「高校生でそんなことする?」
「高校生とか関係ないよ。第一印象が大切だから」
「へぇ。そんな気を遣ってくれるんだ。ありがと」
美依奈さんは頬を赤くして笑った。
よく考えてみれば美依奈さん的にはニセ彼氏にそんな畏まって挨拶をされても困るんじゃないだろうか?
そんな心配をしてしまった。
振り込め詐欺犯の引き出し手数料を慮るような自分の甘さに苦笑する。
「なに笑ってんのよ」
「いや、別に」
「あたしが焦ってるの見て笑ってるんでしょ? ていうかあたしより優太が緊張するもんじゃないの」
美依奈さんは頬を膨らませて僕を睨む。
その顔が可愛らしくて、ドキッとしてしまう。
もしウソ告白じゃなくて本当に美依奈さんが僕の彼女だったら、そんな淡い夢を思い描いて胸がざわつく。
「そういえば確認してなかったけどあれ以降桧山くんにしつこくされたりしてない?」
「ううん。優太にやっつけられたのが恥ずかしいんじゃない? なんにも言ってこないよ。桧山だけじゃなく、他の男もコクって来なくなった」
「へぇ」
彼氏がいると知ってみんな諦めたのだろうか?
「優太のお陰だよ。ありがと」
「感謝されることなのかな?」
「なんで?」
「モテてた方がよかったんじゃないの?」
「はぁ!?」
美依奈さんは眉をしかめて僕を睨む。
「優太以外にモテても仕方ないしっ!」
「そ、そう? ならいいけど」
美依奈さんは真っ赤な顔をしてプイッと顔を背ける。
もちろん僕も顔が熱い。
照れくさくて死にそう……
「いらっしゃい! ようこそ、優太くん!」
「わっ!?」
美依奈さんのお母さんは西洋の人みたいにハグで歓迎してくれた。
年の離れたお姉さんと言っても通用するくらい若々しいお母さんに抱き締められてドキドキしてしまう。
見た目ももちろん美依奈さんにそっくりだ。
「ちょっとママ! なにしてんのよ!」
「なにって。挨拶に決まってるでしょ?」
「ハグなんてしてるのはじめて見たんですけど!」
美依奈さんに引き剥がされてなんとかお母さんの胸元から脱出できた。
「あの、これ……お土産です」
「わあ!? 気を遣ってもらってありがとう! やっぱりしっかりしてるね、優太くんは!」
「やっぱり?」
初対面の人に言うには不自然な言い回しに違和感を覚える。
「あ、あたしがいつも優太の話してるから! 礼儀正しくてしっかりしてるって!」
「そうそう。口を開けば『優太くん』で困っちゃうの。こないだなんてベッドで枕に顔を埋めて──」
「あー! はいはい! ママはもういいから! 優太、あたしの部屋に行こう!」
なんだか気になる会話の途中だったが、ぐいぐい手を引っ張られて連れていかれる。
「あ、そうだ! ちょっと待ってて」
「え、うん。分かった」
部屋が散らかってないか、最終チェックしているのだろう。
そういえば前回お見舞いに来たときも部屋の前で少し待たされたことを思い出す。
「いいよー。入って!」
「じゃあ、お邪魔します」
「ごめんね、うちのママ、お母さん、騒々しくて」
「明るくて素敵なママだと思うよ。羨ましい」
わざわざお母さんと言い直させるのが忍びなくて僕からママと呼んでみる。
「そっかなぁ? あたし的にはもう少し物静かでお淑やかでしっかりもののママがいいけど」
「お淑やかねぇ……」
どの口が言ってるんだよと視線を送ると美依奈さんは「なによ?」と膨れ面になる。
「もう優太と付き合って一ヶ月以上になるんだね」
カレンダーを見ながら美依奈さんは目を細めた。
「そっか……長いね」
「は? 短かったでしょ?」
「そうとも言うね」
いたずらにしては長過ぎる。
でも付き合いはじめてからの期間としては確かに短い気もした。
コンコンとノックがして、美依奈さんが返事をする前にお母さん改めママがお茶を持って入ってきた。
「美味しいクッキーが焼けたの。いかが?」
海外ドラマのワンシーンみたいなセリフを言いながら戯けている。
キャラがブレない人だと妙な関心をしてしまう。
「もう、ママ! 入ってこないでよ!」
「いいじゃない。けち」
そう言いながらも長居するつもりはなかったらしく、ママはニヤニヤしながら部屋を出ていった。




