弱みを握られる
『見られててもいいだろ。美依奈さんは僕の彼女なんだから』
「うわぁー! もうっ!」
ベッドに寝転び、足をバタバタさせて、顔を枕に押し付けて身悶える。
もうこれで十四回目だ。
優太の言葉を思い出すと何回だってテンションがぶち上がってしまう。
あのときの優太の表情はいつもと少し違っていた。
いつもみたいな感情の読めない顔じゃなく、照れながらもはっきりと伝えるという意思を感じた。
付き合って一ヶ月以上経っているけど、あんなにはっきりと意思表示してくれたのははじめてだった気がする。
「あー、もうカッコいい!」
あの様子を動画に撮ればよかった。そうすれば何回も観られたのに!
せめて声だけでも録音したかった。
今度こっそり隠し撮りとかしちゃおうかな。
また脚をバタバタさせて余韻に浸る。
「ちょっと。美依奈。うるさいからいい加減にして」
「ふぇっ!?」
驚いて顔を上げるとベッドのそばにママが立っていた。
「ちょっ!? マ、ママ!? いつからいたのよ!」
「いつからって……あんたが『あー、もう、ちゅきちゅきちゅき! だいちゅきだよ!』って言いながら悶え苦しんでいた頃かな?」
「はぁ!? それって六回目じゃん! 早く声かけてよ!」
「なによ、六回目って。美依奈の奇行に唖然として声かけられなかったんじゃない!」
ヤバい。
恥ずかし過ぎて死ぬ。
殺して……もう殺して……
「ていうか美依奈。彼氏出来たの?」
「か、かんけーないし!」
「あるわよ! 一人娘がいつまでも彼氏出来なくてママ心配してたのよ」
ママはニヤニヤ笑いながら頬っぺたを突っついてくる。
いい大人なのにいつまでも学生気分が抜けないママだ。
見た目も若々しいし、普段は友だちみたいで嬉しいけど、こんな時はウザい。
「よ、余計なお世話!」
「ちゃんと連れてきて紹介しなさいよ」
「やだよ、ハズイし……」
「わかった。ママに取られるとか心配してるんでしょ?」
「するわけないでしょ! 優太はそんなふらふらするヤツじゃないんだから!」
「へぇ。優太くんって言うんだ」
「あ……」
挑発に乗って思わず名前を教えてしまった。
「ん? 優太くん? 美依奈の初恋の人と同じ名前じゃない? まさか美依奈……」
ママは驚いた顔であたしを見詰める。
「初恋が忘れられなくて同じ名前の男の子と付き合うことにしたの?」
「はあ!? んな訳ないでしょ! 初恋の優太! 同じ高校だったの!」
「えー!? あの子、遠くに引っ越したんじゃなかったっけ?」
「まあ、そうなんだけど……」
仕方ないから経緯を全て話す。
ママはすぐに下らない雑談を挟むから話すのに時間がかかってしまった。
「なるほどー。そっかそっか! よかったね、美依奈!」
「パパには言わないでよ!」
「分かってるって。そっかぁ。美依奈もついに彼氏がねぇ……しかも初恋の優太くんと」
満面の笑みのママを見ると、照れくさいけどなんか嬉しい。
「でも美依奈のことを覚えてないなんて優太くんも薄情ね」
「それは仕方ないって。引っ越しばっかだったんだし」
「それにしたってあんなに仲良かったんだし。結婚の約束もしたんでしょ」
「な、なななんでそんなことまで覚えてるワケ!?」
無駄に記憶力のいいママにヒヤヒヤする。
「ちゃんと話したら? 『あたしはあのとき助けてもらった美少女です』って」
「なにそれ? 恩返し系童話じゃないんだから」
「それがはっきりしないから美依奈はモヤモヤしてるんでしょ?」
「モヤモヤっていうか……まあ、なんか寂しいっていうか……」
モゴモゴと気持ちを口にして自分がモヤモヤしていると認識させられた。
「だったら今度遊びに来たときママが訊いてあげる」
「やめて! マジでやめてよ」
「なんでよ。いいじゃない」
「絶対ダメだかんね! それしたら家出するから!」
「なにその子どもみたいな発言。まあそんなに嫌なら訊かないけど。ちゃんと連れて来て挨拶しなかったら幼なじみだってことも、さっきベッドの中で身悶えていたこともみんな言うからね」
「そんなぁ……」
ママはやると言ったらやる女だ。
ここは大人しく従って優太を連れてくるしかない。
それにもしかしたらママを見て優太もあたしを思い出すかもしれないし。
優太はよくうちに遊びに来ていたからママのことも知っている。
あたしを思い出して驚く優太を思い浮かべてまたにやけてしまっていた。
「え? 今日の放課後美依奈さんの家に?」
「いーでしょ? 決まりね」
「そんな一方的に……」
お弁当を食べながら誘ったら優太は案の定戸惑った顔をした。
「彼女の家に誘われてそんな顔しないでよ」
「わ、分かったよ。強引だなぁ」
ノリが悪いのはいつものことだけど、今日は特に悪い。
なんかあたしの家に来たくない理由でもあるのだろうか?




