本当の気持ち
いきなり美依奈さんが僕の好きなアニメの歌を歌いはじめたのには驚かされた。
どうせオタクは女子にこんな曲歌われたら喜ぶんだろ? 的な思考が透けて見えたけれど、ラストのサビだけ溜めがあるとか、音程を下げるんじゃなく上げるなど細かいところまでキッチリと歌えていたから少し見直した。
一応練習はしてきてくれたのだろう。
今日は美依奈さんより淳之助とましろさんだ。
二人は並んで座っているが親密さはない。
ましろさんはカラオケにあまり来ないと言っていたが、それは本当らしく、まだなにも歌っていなかった。
「ましろも歌いなよ」
淳之助がリモコンパネルを渡すと困った顔で選曲していた。
選んだ曲は意外にも動画サイト『ビューチューブ』でもいま人気の曲だった。
「ましろ、最近の曲知ってんじゃん!」
「今日のために練習してきました」
羽衣さんはハイテンションで手拍子を始める。
ましろさんの歌はとても上手だった。ハキハキと口を大きく開けて滑舌よく歌う。
アーティストの歌うオリジナルとはまるで違う、子供番組の歌のお姉さん的な上手さだった。
ましろさんが歌えばSuchmosでも朗らかな歌に聞こえるだろう。
「すごい! ましろ、上手じゃん!」
「うちも思った。驚いたし!」
二人はきゃいきゃい盛り上がっている。
そのせいで淳之助が会話に入れない。
特に羽衣さんはましろさんの隣に座り、しきりに話しかけていた。
なんかもう、協力してるのか邪魔してるのか分からない状況だ。
本当にこの人は恋愛の達人なのだろうか?
ましろさんも慣れたのか、そこから躊躇いなく次々と歌った。
本当は歌うことが好きなんだろう。
生き生きとした表情からもそれが窺える。
美依奈さんは人の緊張を解いて盛り上げるのがとてもうまい。
「ましろも歌ったんだから優太も歌いなよ」
「仕方ないなぁ」
「出来ればあたしに捧げる愛の歌がいいな」
さらりとスゴいことを言ってくる。
ドキッと胸が激しく鼓動した。
「それは無理かなー」
「なんでよ!」
コントロールパネルを手に取り曲を入れた。
恋愛の曲じゃないし美依奈さんへの曲じゃない。
今はもうどこでなにをしているのか分からない幼い頃の友に向けた歌だ。
どれだけ月日が経っても、この世が様変わりしても、あの日の約束は今も胸に刻まれている。
不器用で辿々しい喉を震わせてそんな思いを歌った。もちろん頭の中にはチバを思い浮かべていた。
突然テーブルの下でぎゅっと美依奈さんに手を握られる。
驚いて振り替えると美依奈さんは僕を見て涙ぐんでいた。
よほどこの歌が好きなのだろうか?
チバのことを想いながら他の女の子と手を繋ぐなんてあってはならないことだ。
チバにも、美依奈さんにも失礼に当たる。
でもなんだか自分の気持ちが自分でも分からなくなってきた。
チバのことはもちろん今でも心の中で色褪せていない。
でもそれが恋なのか、郷愁の念なのか、分からなくなってきた。
僕は心に蓋をして、美依奈さんへの気持ちを見て見ぬふりをしている。
「ちょっとトイレ」
歌い終わると逃げるように僕は部屋を出た。
トイレの鏡の前で呼吸を整える。
でもまだ心臓はドキドキしていた。
「くそっ……」
その言葉は美依奈さんではなく、自分に向けられていた。
僕は完全に美依奈さんに惹かれてしまっていた。
いつまで昔を引きずって生きているのか、そんなことまで思ってしまう。
「しっかりしろ。今日は淳之助のためのカラオケなんだから」
気合いを入れ直すように顔を洗い、頬を叩いてトイレを出る。
「優太……」
「わっ!? 美依奈さん!?」
トイレを出たところで美依奈さんが待ち構えていた。
「ごめん……」
「な、なにが?」
「友だちもいるのにいきなり手を握るとか……優太、そういうの嫌いかなって思って」
美依奈さんは所在なさげに床を見詰めながら呟く。
「バレてなかったみたいだし、いいんじゃない?」
「分かんないよ。見られてたかも……」
「見られててもいいだろ。美依奈さんは僕の彼女なんだから」
そう口に出すと、なんだか背筋がゾワッとした。
美依奈さんはぱぁっと笑顔になり顔を上げる。
「だよねー。あたしら付き合ってるし、いいよね!」
しまりのない顔になりいきなり腕に絡み付いてくる。
「このまま部屋に戻ろっか?」
「ちょっ……それはやりすぎじゃない?」
懐く子猫のような纏わりつきに心臓が暴走しだす。
「お客様。店内でのいちゃつきはご遠慮ください」
注意の声にビックリして振り返ると、羽衣さんがニヤニヤ笑っていた。
「も、もう! 羽衣! 脅かさないでよ!」
「ビックリした……」
「なかなか帰ってこないと思ったらイチャイチャしてるからお仕置きしないとって思って」
「イチャイチャなんてしてないから!」
「へぇ……うちの勘違いか……」
羽衣さんほジトーッとして視線で僕の腕にしがみつく美依奈さんを見る。
「こ、これは、そのっ」
「言い訳はいいから。てか今日はましろと淳之助をくっつける為のカラオケでしょ」
「あ、そうだった」
「てか二人きりでいい雰囲気になっているかも……」
期待しながら部屋に戻ると、なにがどうなったのか分からないがましろさんがノリノリで歌い、淳之助は備え付けのマラカスやタンバリンで盛り上げていた。
いい雰囲気になりそうな気配は微塵もなかった。




