視線に晒されて
翌朝、学校に向かっているとたくさんの視線が僕に向けられていた。
「ほら、あいつが一組の橘美依奈と付き合ってる奴」
「マジで!? フツーじゃん!」
「羨ましい! あの美依奈と付き合ってるなんて!」
「俺、あんな美人と付き合えるなら寿命十年縮んでもいいし」
「美依奈からコクったらしいね」
皆さん、丸聞こえですよ。
噂話ならもっと小さい声でお願いします……
注目の視線と噂話は教室に入っても続いていた。
恥ずかしくて堪らない。
本当に美依奈さんみたいな美少女と付き合っているならこの状況も甘んじて受け入れるが、実際はただウソ告白されて付き合っている振りをしているだけだ。
割に合わなすぎる。
「おはよー、優太」
美依奈さんはいつもの朝と変わらないテンションだ。
違うのは真っ先に僕のところに来て挨拶をすることくらいだ。
「ねー、今日はあたしがお弁当作ってきたんだけどどこで食べる?」
「へ? いつもと同じじゃないの?」
「もう隠れて食べる必要なくない? あたしは中庭のベンチがいいんだけど」
周りの人が興味津々に聞き耳を立てている。
恥ずかしくて「それでいいよ」とさっさと話を打ちきる。
「ちょ、おま、有名人じゃん」
美依奈さんと入れ替りで淳之助はからかいながらやって来る。
「他人事だと思って」
「他人事だなんて思ってないないよ。僕も頑張らなきゃって刺激を受けたんだ」
「頑張るってなにを?」
「それは、その……」
淳之助はチラッとましろさんを横目で見る。
なるほど。
なんか分かんないけど淳之助も刺激を受けているみたいだ。
好きな人には好きだと気持ちを伝えることが大切だ。
じゃないと取り返しがつかないことだって起きることもある。
僕とチバみたいに。
「ましろってこの小説読んだ?」
淳之助が話し掛けるとましろさんは嬉しそうに微笑む。
「読んだよ! 面白かった」
「今度この小説が映画になるらしいよ」
「へぇ」
そこで淳之助は黙ってしまう。
頑張れ、とこっそり足を叩く。
「よ、よよよかったら、今度一緒に観に行かない?」
「んー、ごめん。私、好きな小説の映画って観ないことにしてるの。なんか原作と違ったらショックだし」
「あー、なるほどね。はは……だよねー……」
傍目にも傷ついているのが分かるほど淳之助は凹んでいた。
しかしましろさんは全く気づいていないのか、これまでの小説の映画化の失敗例を並べていた。
これはなかなかの鈍感ぶりだ。
淳之助の苦労が窺い知れる。
お昼休み。
僕と美依奈さんは中庭のベンチにならんで座りお弁当を食べていた。
周りの視線は相変わらずだが、なんだか慣れつつある。
人間、なんにでも慣れるものなんだな……
「にしてもましろは鈍感だよね」
呆れたように美依奈さんが笑う。
美依奈さんは食べているときは口許を隠しながら話す。
意外とというと失礼だけど、見た目と違って結構品がいい。
「なにが?」
「淳之助のこと。映画誘われて断ってたでしょ?」
「見てたんだ」
「淳之助が頑張ってるのが可愛くてガン見しちゃったよ」
相変わらず人の色恋沙汰が好きなようだ。
「茶化すなよ。淳之助は真剣なんだから」
「茶化してないし。むしろ応援してるって感じ」
どうやら本気でそう思っていたらしく、美依奈さんはちょっと拗ねたような目になる。
「ごめん。興味本位かと勝手に決めつけてた」
「人の気持ちを興味本位で楽しむような奴じゃないし」
どの口が言ってるんだと思ったがここは我慢する。
「ましろさんの方は本当に淳之助の気持ちに気付いてないのかな?」
「たぶんね。あたしと優太が付き合ってるって知ったら『羨ましい。私も彼氏欲しいな』とかはしゃいでいたの。だからましろ可愛いんだからその気になればすぐでしょって言ったの。そしたら『私なんかに興味持ってくれる男子はいません』って」
「へぇ。それは確かに気付いてないかもね」
淳之助があんなにしょっちゅうアピっているのに全く気付いてないらしい。
「でしょ? 案外近くにそんな人いるかもよ? ってかまかけたら、『私のことなんて知れば知るほど恋愛対象外になりますから』だって。呆れた鈍感だよね」
「マジか。淳之助は小学生の頃から想っているのに」
絶望的なまでに鈍い。
淳之助は気があるの全開にしてるのに、さすがに普通気付くだろ。
「そうだ。今度五人でカラオケ行こうよ」
「五人? 淳之助とましろとあと一人は誰?」
「羽衣だよ。あの子、恋愛に詳しいから。きっとうまく回してくれると思うんだよね」
僕に言わせれば美依奈さんも充分恋愛巧者に見えるが、その美依奈さんが言うんだから間違いないだろう。
「でも無理やり告白とかあからさまなアピールとかはやめてあげてね。あくまで淳之助のペースで。僕らはちょっと応援するってくらいで」
「もちろん! 私は人の恋心を遊び半分で茶化したりしないよ」
「へぇ……」
その心がけの1/10でも僕に向けてくれよ。
そんな言葉を胸の中で呟いた。




