ニセ彼氏予防線
「はぁ」
人気のない公園のベンチに腰かけ、大きくため息をつく。
隣に座る淳之助は困惑した様子だ。
「さっきの美依奈さんのアレ、いったいなにがあったの?」
「実はごみ捨て場の近くで美依奈さんが檜山くんに絡まれててさ」
あった出来事をそのまま伝えると淳之助は目を丸くして驚いていた。
「つまり学校で仲良くしないっていうのは、逆恨みで優太に迷惑がかからないためのものだったんだ?」
「そうみたいだ。庇われてるみたいで恥ずかしくなってつい『そんなこと気にするな! 僕はそんなに弱くない』的なこと言っちゃったんだよね。なんであんなこと言っちゃったんだろう……完全にミスった」
「あー……なるほど。だから急に美依奈さんがみんなの前でカミングアウトしちゃったのか」
ようやく事態を理解してくれた淳之助は楽しそうに笑って手を打つ。
「笑い事じゃないから」
「ごめんごめん。それにしてもそんなことがあったんだ。それで美依奈さんに本格的に惚れられたんだね」
「そんなんじゃないって」
「だってみんなに彼氏だとオープンにしたんだよ? やっぱりウソ告白なんかじゃなく、本気で優太と付き合っているんだよ」
「甘いな、淳之助。たぶんニセ彼氏をみんなに伝えることで鬱陶しい告白を減らす作戦だよ。漫画とかでよくあるじゃん、そういう展開」
「はあ? 考えすぎだよ。そんなわけないって」
「そうかな?」
言いながら自分でもついた無理があるかと感じていた。
「それにもしそうだとしても、あの手の話って大概ヒロインがニセ彼氏を本当に好きになっちゃう展開じゃなかったっけ?」
淳之助は更ににやけてからかってくる。
なんだか妙にドキドキしてきた。
ウソ告白だと信じて疑わなかったけど、もしその全てが僕の思い込みだったとしたら……
涙ぐみながら抱きついてきた美依奈さんを思い出す。
あの表情に演技はなかったと思う。
そして抱きつかれたときに美依奈さんが震えるのを感じて、守って上げなきゃと感じてしまったのも事実だ。
「いい加減素直になったら? 優太は美依奈さんのこと、どう思ってるわけ?」
「それは、まあ……か、かわいいなとは思うよ……」
「だったら」
「そうはいかないんだ」
淳之助の言葉を遮り、首を振る。
「チバさんのこと?」
こくっと頷いて答える。
「小学生の頃の出来事を未だに引っ張ってるなんて、笑われるかもしれないけど。でも僕はチバと結婚するって約束したんだ。それを何もかもなかったことにするなんて出来ないよ」
「ううん。笑ったりなんかしないよ。優太はそういう奴だもんね」
そもそもチバの方は小学五年生の約束なんて覚えているはずがない。
それに僕とチバの別れは最低のものだった。
ギリギリまで黙って突然いなくなった僕のことなど、憎んでいたとしても未だに想ってくれているはすがない。
でもこれはチバのためじゃない。自分のための問題だ。
将来を誓い合った女の子との件をクリアにしてからじゃなければ、美依奈さんと向き合うことも出来ない。
「もっと本気でチバを探そうと思う」
「でも本名も忘れてるし、写真もまともなものがないんだよね?」
「そうなんだよな……」
おまけに昔の知人もいない。
住んでいた場所も思い出せない。
八方塞がりだ。
「あ、そうだ。どんな特徴だったか教えて。その子が成長して高校生になった姿の似顔絵描いてみるから」
「おお、そうだった。淳之助は絵が上手だもんね」
役に立つかは分からないけどやってみる価値はある。
「まず髪はショートヘアで日に焼けてて黒くて」
「ふむふむ。あ、鉛筆だから日焼けは割愛するね」
「輪郭は卵形、目はぱっちりした二重で鼻筋が通ってたな。耳は大きめ」
「なるほどね」
淳之助はサラサラと鉛筆を動かしていく。
「口は?」
「唇はぷるんっとしてて、口角は上がり気味だったよ」
「え、そうなの?」
淳之助は意外そうな顔をして描き込んでいく。
「出来た?」
「まあ、出来たけど……」
「見せてよ」
「……怒んないでよ?」
「なんで怒るんだよ。そんなわけないだろ」
「はい」と淳之助は高校生になったチバの似顔絵を僕に見せてきた。
「えっ……? これって……」
髪型こそショートヘアだが、顔立ちは美依奈さんそっくりだった。
「ちょ、ふざけんなってば! 真面目に相談してるんだよ」
「ふざけてないし! 言われた通りに描いたんだよ」
よく見てみると確かに目も鼻も口も輪郭も僕が言った通りに描かれていた。
「これって……もしかして……」
背筋に冷や汗が流れ、心臓がバクバクと早鐘を打つ。
薄々感じていたが、まさか本当に──
「チバの記憶が薄れてきて、美依奈さんに上書きされつつある……ということなのか……?」
「え? どういうこと?」
「僕が最後にチバを見たのはもう五年も前の話だ。結婚を約束したチバと別れてから女の子と仲良くなることはなかった。意識的に避けていたんだ。なんだかチバを裏切ってしまう気がして……だけど美依奈さんと不本意にも付き合いが出来てしまった。無意識のうちにチバと美依奈さんの印象が混濁してしまったのかもしれない」
女性に免疫がなさすぎたことが原因だ。
いつの間にかチバの面影と美依奈さんを混同してしまったのだろう。
「それは大変だね。早くチバさんを見つけないと」
淳之助も真剣な顔で心配してくれた。
しっかりチバを覚えているうちに何としてでも見つける。そう心に誓った。




