ウソ彼氏のプライド
掃除が終わるとごみ袋がひとつ、教室に残されていた。
今日はごみが多く出たので袋は二つだったが、袋を捨てに行く係が一つと勘違いして忘れたらしい。
ごみ捨て当番は美依奈さんだったはずだ。
やれやれ。そそっかしいなぁ。
彼女のミスは彼氏がフォローしなきゃね。ニセ彼氏だけど。
仕方なく担いで捨てに行く。
ごみ捨て場に行くと美依奈さんがバスケ部の檜山と話をしていた。
球技大会の時も試合後真っ先に美依奈さんに駆け寄っていた奴だ。
反射的に隠れて様子を伺う。
もしかすると彼がウソ告白ゲームの仲間で、その関係の話をしているかもしれない。
しかし様子がちょっとおかしかった。
「クラスの奴らとか俺と美依奈が付き合ってると思ってる奴までいるんだぜ?」
「はぁ? だから?」
ヘラヘラと笑う檜山に美依奈さんは嫌悪感を示している。
「だから別に俺と付き合えばいいだろ?」
「なんでそうなるわけ? あたし檜山のこと、好きじゃないし」
「怒んなよ。俺、結構こう見えて真面目だし一途だよ?」
「そんなことどーでもいい。あたしは檜山と付き合いたくないの」
美依奈さんは檜山の目すら見ず、素っ気なくあしらう。
どうやら美依奈さんは本気で嫌がっているようだ。
「美依奈、彼氏いないんだろ? だったらいいだろ?」
「は? 彼氏いるけど?」
「嘘つけ。美依奈は今まで彼氏いたことないの知ってるし」
「最近出来たの」
「誰だよ?」
「はぁ? なんで言わなきゃいけないわけ? ウザい。関係なくない?」
最近彼氏が出来た?
それはまさか僕のことだろうか?
いや、話の流れ的に彼氏がいると嘘をついた可能性もある。
まあそんなことはどうでもいい。
ここは助けに入るべきだ。
「ちょっ!? 離してよ!」
「いいだろ、美依奈」
檜山は美依奈さんの手首を掴み、引き寄せようとしていた。
一気に頭に血が上り、身体中が怒りで震えた。
「おい、やめろ。その手を離せよ」
後先も考えず僕は二人の前に飛び出して檜山の手を払った。
「んだよ、てめぇ」
「ゆ、優太!?」
檜山は凄んで僕を睨み付ける。
身長もあるし、なかなかの迫力だ。
「関係ねぇ奴は引っ込んでろよ」
「関係ないのは檜山くんだよ。美依奈さんは僕の彼女だ」
「はあ?」
彼は呆気に取られた顔になり、二秒後に大笑いし始める。
「おめぇみたいなザコ、美依奈が相手にするわけねぇだろ! バカか? 身の程を知れよ」
「ふざけんな! ザコはあんたでしょ! 優太はあたしの彼氏なんだからね!」
美依奈さんは歯を剥くほど怒りを露にしていた。
「は? マジで言ってんの? ウケる。趣味悪くね?」
「優太はあんたなんかと違ってすごく優しいんだから! それにカッコいいし、料理も上手いし、他人に流されない強い意志を持ってるの!」
「誉めすぎだから、美依奈さん。ちょっと恥ずかしい」
せっかく怒り全開で登場したのに照れくさくて力が抜けそうだ。
「なに笑ってんだよ、ムカつく野郎だな」
檜山くんは怒りで震えながら殴りかかってきた。
しかし喧嘩慣れしてないのか、僕を舐めきっているのか、大振り過ぎて余裕でかわせる。
「うわっ!?」
「ごめんね」
空振りでよろけた檜山くんのお腹を思い切り殴り付ける。
「うぐっ」
踞ったところを逃さず、腕を取って肘を締め上げた。
「痛たたたっ! て、てめぇ! 離せよ!」
「二度と美依奈さんに近寄らないと約束したら離してあげるよ」
「はぁ!? 調子に乗んな……痛ぇよ! やめろっ! ああああっ!」
「約束できないならこのまま折っちゃうけどいい? バスケは当分できないよ?」
「っざけんな……あひっ……ぐあああっ! わ、分かった、分かったから!」
「約束するね?」
「するっ! するから、しますからぁああっ! 許してください!」
真剣に謝っているので拘束を解くと檜山は転がるように逃げていった。
ふと隣を見ると美依奈さんは呆然とした顔でぺたんと座っていた。
恐怖で感極まってしまったのか、涙を流していた。
「こ、ごめん。怖かったよね! もっとはやく助けにはいるべきだった」
「うわぁーん! 優太ぁ!」
「わっ!?」
いきなり美依奈さんに抱きつかれて硬直してしまった。
「ごめんね! あたしのせいで変なことに巻き込んでごめん!」
「べ、べつに大丈夫だから……」
柔らかな身体をギューッと押し付けられ、どちらかと言えば今の方が変な気を起こしそうで怖い。
いつも強気な美依奈さんが震え、幼い子どものように僕にひしっとしがみついている。
「もう大丈夫だから」
落ち着けるように頭を撫でると僕の顔を見上げてくる。
目は潤んでいて、頬がぽぉーっと赤らんでいた。
あまりの可愛さにドキッとしてしまう。
「ていうか優太強すぎ。そんなに強かったの?」
「まあ、転校してると、自然にね。どこの学校も温かく転校生を迎え入れてくれる訳じゃないから」
「え? いじめられたってこと?」
「いじめられないよう、鍛えたってことだよ。殴られそうなのをかわすとか、不意討ちで反撃するとか」
自ら暴力を振るうことはないが、自衛の力は身に付いていた。
「やっぱりカッコいい……」
ポツッと呟き、顔を隠すように僕の胸に押し付けてきた。
吐く息がくすぐったい。
「もう大丈夫だからね」
恐る恐る美依奈さんに手を回し、トントンと撫でるように背中を叩く。
遠い存在に感じていた美依奈さんを、いまはじめて身近な人に感じられた。




