敵のアジト
ここ最近美依奈さんは料理の腕を上げている。
そんなことを思いながら食べ終えたお弁当の蓋を閉めた。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「ほんとぉ? 適当にお世辞言ってるでしょ?」
美依奈さんは少し怒ったような顔で僕を睨む。
最近気付いたけど、これは怒っているんじゃなくて照れているみたいだ。
分かりづらいけど注意して見ているとなんとなく分かる。
「本当だよ。添えてあった今日はボロネーゼが特においしかった」
「でしょ! それ、あたしのバイト先のマスターに教えてもらったの!」
「へぇ……」
カフェでバイトしているとは聞いていたが行ったことはなかった。
働いているの見られたくないという理由で店名さえ知らない。
「マスター上手なんだね」
「そうなの! 料理はなんでも得意だし、コーヒーや紅茶もすごく上手に淹れるの。大人の余裕もあってすごくカッコいい人なんだ!」
「へぇ」
目を輝かせて語り出す美依奈さんを見て胸の真ん中がモヤッとする。
イケメンマスターに憧れてて、しかも料理も教わる仲らしい。
「そ、そうだ。優太も今日の連れてってあげるよ」
「え? いいの?」
「当たり前でしょ。か、彼氏なんだし」
「これまで拒んでいたくせに、ずいぶん急だね」
「嫌なの?」
「いや、まあ、遅くならなきゃいいけど」
今まで学校の友人とウソ告白ゲームをしていると思い込んでいたけど、もしかするとそのバイト先の仲間としているのかもしれない。
そんなことを考えながら美依奈さんの働くカフェへと向かっていた。
彼氏ヅラした僕を見て笑うために連れていかれるのかもしれない。
まあいい。敵のアジトに乗り込むのも悪くない。
大人の余裕があるイケメンマスターとやらもどんな奴かこの目で見てやろう。
「ここがあたしの働く店だよ」
「へぇ……」
大手チェーン店かもしくは派手派手しいパリピ的な人が集まる店を想像していた。
しかし紹介された店はガラス越しに見ても落ち着いたシックな店だ。
「いま、あたしっぽくない店だなとか思ったでしょ?」
「お、思ってないよ」
「ほんとかなー?」
「ほ、ほら、早く入ろう!」
急かすように手を引いて美依奈さんが入店する。
柔らかくて滑らかな手にドキッとさせられる。
「いらっしゃいませ」
聞きなれた声で言われ、視線を向けるとウエイトレスの制服に着替えた羽衣さんが立っていた。
「羽衣もここで働いてるんだ」
「へぇ」
普段見るよりも化粧を抑え、髪もひとつ括りで落ち着いている。
きっとこの店の雰囲気に合わせているのだろう。
美依奈さんは窓側の席に座る。
僕たちの他には大学生らしきカップルが一組いるだけだ。
あのカップルもウソ告白の一味なのだろうか?
油断なき視線を送る。
羽衣さんももちろんグルなのだろう。
イケメン店長も見てやろうとカウンターを見たが、今日は休みなのか女性が一人いるだけだった。
僕と視線が合うとその女性はにっこり笑ってこちらへやって来た。
「はじめまして。店長の麗美です」
「あ、どうも。壱岐優太です」
「マスターは優太に会いたがってたんだよ」
「え? マスター?」
麗美さんは「そう呼ばれてます」と苦笑いした。
「女性だったの!? よく分かんないけど、女の人はマスターって言わないんじゃないかな」
「マスターはマスターなの。てか優太、マスターが男の人だと思ってたの? 女性って言わなかったっけ?」
「言ってないよ」
大人の余裕もあってカッコいい人って言われて、勝手に男だと勘違いしていた。
なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。
麗美さんは「ごゆっくり」と笑ってカウンターに戻っていく。
少しおかしそうに微笑んでいたのが、なんだか気にかかった。
美依奈さんに進められるまま、僕はアイスピーチティーを注文した。
「なにキョロキョロしてんの?」
「い、いや。素敵な店だなって思って」
どこかに隠しカメラがないか探っていたなんて言えるはずもなく誤魔化した。
「でしょー? あたしもすごく好き」
「そうなんだ? もっと可愛らしく派手な方が好きなのかと思ってた」
「なにそれ、偏見。あたしだってこういう落ち着いたお洒落好きなんだから」
「それで働いてるの?」
「それもあるけど一番は麗美さんかな。あの人の魅力に惹かれて働いてる感じ」
「へぇ」
羽衣さんもきっと同じなのだろう。
麗美さんは確かに人を惹き付ける魅力がある。
「ちょっと」
「痛っ!」
いきなりテーブルの下で脛を蹴られる。
「彼女の目の前で他の女の人ガン見するのやめてくれる?」
「他の女の人って……麗美さんの手捌きを見てたんだってば。無駄がないし、ナイフ使いも上手だし」
「悪かったね、不器用で!」
「誰も美依奈さんを貶してないだろ」
突如怒り出す美依奈さんを宥めていると、麗美さんと羽衣さんからニヤニヤした生暖かな視線を送られるのに気付いた。
やはり監視されてる。
緩みかけた気持ちを引き締めた。
ピーチティーは爽やかでスッキリした甘みがあり、とてもおいしいかった。
「これはすごいね。美味しいよ」
「でしょー? あたしもはじめて飲んだときはビックリしたもん」
自慢げに語る美依奈さんはなんだか可愛らしい。
チバのことがなければ、ウソ告白と知りつつも好きになっちゃっていたかもしれない。
そんなことを思いながらこの店のことを語る美依奈さんを見ていた。




