バイト先の店長
久し振りに幼い頃の夢を見て、うなされながら目が覚めた。
「夢か……」
まだ優太とで会う前、学校で少し浮いた存在になってしまっていた頃の夢だ。
きっと昔のことばかり思い出していたからこんな夢を見てしまったんだろう。
子供の頃からあたしはちょっと独特の感性だった。
といっても髪の括る位置をテレビで観るギャルタレントの真似をしたり、写真撮るときにモデルみたいなポーズをしてみたりと、その程度の話だ。
でも同級生からは生意気に見えたり、変なことしてるように見えていたみたいだ。
それが原因で仲間はずれにされたりからかわれたりしていた。
それまで『みぃ』とか『みいなちゃん』と呼ばれていたが、ヘンテコなあだ名をつけられていたはずだ。もう忘れちゃったけど。
そんなときに転校してきたのが優太だった。
優太はクラスの空気を無視してあたしと仲良くしてくれたし、ギャルの真似事も似合ってると誉めてくれた。
あのとき優太に誉められなければ、心が折れてギャルを諦めていたかもしれない。
でも不思議なもので、優太と仲良くなるにつれあたしはギャルじゃなく男の子っぽくなっていってしまった。
優太との遊びが楽しくて、それに合わせていたからだ。
せっかくギャルを優太が認めてくれたのに、その優太に引っ張られてボーイッシュになるとか、よく考えたら意味分かんない。
突然優太が引っ越したあと、あたしは元のようにギャル見習いに戻った。
優太が誉めてくれたそのスタイルを貫こうと子供ながらに思ったからだ。
あの初恋から新たな恋はしなかった。
というよりあたしの初恋は優太がいなくなったあとも終わっていなかった。
そして今、ようやくその恋が実ったのだ。
「おはよーございます」
ウエイトレスの服に着替えて厨房に入るとマスターである麗美さんは「おはよう」と笑顔を返してくれた。
あたしのバイト先、『Wish&Tips』は麗美さんの個人経営の小さなカフェだ。
ここで放課後や休日、週三日から四日働いている。
元ギャルという麗美さんだが、今は店名以外はシックで落ち着いたカフェの上品なマスターという感じである。
「どうしたの、美依奈ちゃん」
「なにがです?」
「なんか今日は元気なさそうね」
「分かります?」
麗美さんはすぐにその人の気分を見抜く特技がある。
顔色だけじゃなく動きや言葉使い、声色などで読み取るらしい。
「最近は浮き沈み激しいね。また彼氏の悩み?」
「ある意味、そうなのかな?」
「いいわね。恋をしてドキドキ出来るってしあわせなことよ」
「あたしとしてはドキドキより落ち着く感じがいいんですけど」
「あら。若いのにもったいない。そんな恋は大人になってから出来るわよ。今は目一杯ドキドキしなきゃ損よ」
麗美さんの言葉はいつもポジティブで、それでいて重く響く。
あたしもいつかこんな大人になりたいって思う。
Wish&Tipsはイギリスの田舎にありそうな、木の温もりを感じる可愛らしいカフェだ。
派手さはないけど落ち着く、安らぎの空間として人気が高い。
もちろん麗美さんの淹れる紅茶やコーヒーも美味しくて人気だ。
そんな落ち着いた店だからここで働くときはきちっとひとつ括りに髪を結って、メイクもナチュラルを心掛ける。
休日の今日は休みの朝をのんびり過ごしたい人やデートの待ち合わせのお客さんが中心だった。
昼になると麗美さんの作るパスタやサンドイッチ目当てのお客さんで賑わう。
店構えはイギリス風であっても提供するものは縛られない。
麗美さんの気分によっては唐揚げ定食やらタコスなんて時もある。
昼の混雑が過ぎるとようやく休憩だ。夕方前にはアフタヌーンティーを求めるお客さんもあるので、ランチタイムは早めに切り上げている。
「ねぇ、美依奈ちゃん。今度その彼氏を連れてきて紹介してよ」
「えー、なんかハズい」
「私が見極めてあげるわよ?」
「優太は誰がなんと言おうがいい奴です。心配いらないですよ」
「そうじゃなくて」
麗美さんはニコッと笑ってあたしの瞳を覗き込む。
「ちゃんと愛されてるか、不安なんでしょ?」
「な、なんでそれを!?」
ホットサンドが気管に入りかけて噎せる。
昔から好きだった優太と付き合えたことは報告していたが、ちゃんと気持ちが通じあっているのか不安を感じていることは話していない。
なんでバレてしまっているのか謎だった。
「美依奈ちゃん見てたら分かるわよ。それに付き合っている女の子大半は本当にちゃんと愛されてるのか不安に感じるものよ」
「へぇ。そうなんですか」
不安に感じているのはあたしだけじゃないんだ。
それを聞いて少し安心する。
「二人でいるところを見て確認してあげる」
「なんか怖いなぁ」
「大丈夫。美依奈ちゃんに愛されて愛し返さない男はいないわ」
「そんないいもんじゃないですってば」
そう言いつつも麗美さんの言葉だから嬉しくなる。
今度優太を連れて来て麗美さんに見てもらおうと決めた。




