タチバナミイナ
「タ・チ・バ・ナさん!」
「ぴゃあ!?」
突然背後から両腋をくすぐられ、変な声をあげてしまった。
「おはよ、美依奈」
「も、もう、羽衣! やめてよね!」
「もう風邪はよくなったの?」
「おかげさまで」
「やっぱ彼氏がお見舞いに来てくれて元気になった?」
「朝からからかうな」
「照れてる! かわいい」
羽衣はニヤニヤ笑って肘でつついてくる。
「で?」
「なにが?」
「二人きりだったんでしょ? 優太に襲われた?」
「はあ? あたし風邪引いてるんだよ? 優太がそんなことしてくるはずないでしょ」
「そうなの? なぁんだ、つまんない」
「なに期待してんのよ、もう」
着替えを見られたなんて教えたらまた冷やかされそうなので内緒にしておく。
「てかフツー彼女の家に行って二人きりならもうちょっとなんかしてくるでしょ」
「だから羽衣の男友だちと一緒にしないで。優太は真面目なの」
「でもなんか美依奈の話し聞いてると、なんか違和感あるっていうか。ぶっちゃけほんとに美依奈のこと好きなのかよって思うことあって。キツいこと言ってごめん」
羽衣のその言葉はあたしも薄々感じるところだったので胸に突き刺さった。
「あたしもそれ、少し思った。断れなかったから付き合ってるだけなんじゃないかって。でもそれが優太の優しさだから」
「それは優しさじゃないっしょ? 断ることもやさしさじゃね?」
「い、嫌々付き合ってるって決まったわけじゃないし! 照れ屋だからリアクションが薄いだけかもしんないし!」
なんだか泣きそうだ。
こんなことなら片想いの頃の方がよっぽど楽しかった。
「じゃあ確かめてみよう。もし真剣な告白にウソOKとかして美依奈の気持ちを弄んでるだけなら絶対許さないし!」
「う、うん……」
お弁当作ってきてくれるし、デートもしてくれたし、お見舞いにも来てくれた。
いい加減な気持ちじゃないと信じつつも、不安になる。
放課後、あたしは羽衣と共に優太を尾行していた。
「やっぱやめよう。見つかったらやだし、それになんか優太に悪いよ」
「やましいところがなかったら見られても平気でしょ」
「でも」
「ほら、見失うから行くよ!」
羽衣は足早に優太の背中を追う。あまり近いとバレるからそれなりに距離は置いてある。
尾行されてるなんて知らない優太は淳之助と笑いながら歩いていた。
だいたい尾行なんてしなくても優太の行動は分かっている。
親の帰りが遅いからまっすぐ家に帰って夕食の買い出し。そのあとは夕飯の支度や洗濯の取り込みなど家事に忙しい。
その辺りは妹の真凛ちゃんから聞いている。
二人は駅前までつくと、そのまま電車に乗るのかと思いきやファストフード店に入っていった。
予想外の展開にドキッとする。
「よし、うちらも行くよ」と羽衣は二人が注文を終えてから店内へと入る。
この時間帯はうちの高校の生徒が多いので店の中は混雑している。
おかげであたしらも自然に潜り込めた。
「ここからじゃなに話してるかまでは聞こえないね」
「うん」
店内は騒がしいし、優太の席は遠いから会話の内容は全く聞こえない。
でも表情から読み取ったところ、優太が淳之助に相談をしているように見えた。
恋人とうまく付き合う方法の質問だと嬉しいが、それならもう少し照れたりしてもおかしくないはずだ。
優太は困った顔をしてなにやら一生懸命淳之助に悩みを打ち明けている。
ポテトをかじりながら様子を伺っていたが、味なんて何にもしなかった。
三十分ほどすると二人は席を立つ。
それに合わせてあたしらも店を出た。
(お願い。このまままっすぐ帰って!)
祈りながらあとをつける。
しかし優太は自分の家とは逆方向の電車に乗ってしまった。
心臓をバクバクさせながら同じ車両の違うドアから電車に乗り込む。
優太はドア付近に立ち窓の外を眺めていた。
「こっちって優太の家と逆方向だよね?」
「……うん」
三つ目の駅で優太が電車を降りる。
「ここって……」
あたしんちの最寄り駅だ。
優太はそのまま改札へと向かう。
「もしかして美依奈の家に行こうとしてるんじゃない?」
「そ、そうかな?」
今度は嬉しい意味でドキドキしてくる。
疑ってごめん。
心の中で謝っておく。
優太が訪ねて来るなら今すぐ帰ってお茶の準備でもしようかな?
しかしそんな気恥ずかしいぬか喜びもそこまでだった。
駅を降りた優太はスマホを見ながら駅前を抜けてうちの家と逆方向へと歩き出してしまった。
手土産なんて買わなくていいのに。
そんな考えも次第に消え、不安に変わっていく。
十分ほど歩いたところで優太が立ち止まった。
「ここは……」
「うん。あたしが通ってた小学校」
優太が目指していたのはあたしらが通っていた小学校だった。
こんなところになんのようなのだろうか?
懐かしくてやって来たのかもしれない。
壁に隠れながら優太の行動を見ていた。
小学校をしばらく眺めていた優太はくるっと振り返りこちらにやって来る。
あたしらは慌てて近くのアパートのエントランスに逃げ込む。
優太はあたしらに気付いた様子もなく、通りすぎていった。
しかもそちらは駅の方角でもあたしんちの方でもなかった。
どこに向かい、なにをしているのか、さっぱり分からない。
「優太もあの小学校通ってたんでしょ? もしかしてむかしの友だちに会いに来たとか?」
「それはないと思う。むかしの友だちとは会わないって決めてるんだって」
そう答えながらも優太が覚えていると言った友人の中にエナの名前があったことを思い出してドキッとした。
何人か男友達っぽい人のあだ名を挙げていたからその中の誰かであることを期待する。
そういえばうちの小学校はあだ名をコロコロ変えるのが流行っていた。
あたしもなんか変なあだ名をたくさんつけられたけど、そのほとんど覚えていない。
優太は小学校の辺りをブラブラ歩き、神社や商店街で時たま立ち止まって、結局なにもせずにまた駅へと帰ってきた。
もちろんあたしんちの前は通りがかりもしなかった。
改札に向かった優太はピタッと立ち止まる。
何事かとあたしらは柱の裏に隠れた。
急に振り返り、また駅の外へと向かい出す。
理解不能で不可解な行動だ。
距離を保ちながら尾行を続ける。
「ってか、これ、美依奈の家に向かってない?」
「あ、確かに……」
先ほどとは真逆の方に歩いている。
このまま坂を上っていけばあたしんちだ。
「ど、どうしよう、羽衣! 尾行がバレたとか?」
「んなワケないでしょ。美依奈に会いに来たんだって。じゃ、あとはよろしく」
「ちょ!? 羽衣!」
羽衣は笑いながら去っていってしまう。
優太はまっすぐにうちのマンションに入っていく。
これはもう、確実にあたしに会いに来てるでしょ!?
緊張と喜びで胸をバクバク言わせながら優太の背中に駆け寄った。
「よ、よぉ、優太。もしかしてあたしに会いに来たの? ウケる」
なんで『会いに来てくれてありがとう! 優太、だいすき!』って言えないんだろう。
あたしはバカなのか?




