決意
美依奈さんの家の帰り道、記憶を辿って公園にやってきた。
「あった。ここだ」
それほど大きくはないが、ブランコと滑り台など標準的な遊具、そしててんとう虫型のドーム状の遊具があるお気に入りの公園だった。
昔はよくここで遊んだものだ。
時間が遅めだから子どもはさほど多くなく、空いていたブランコに腰かける。
「懐かしいなぁ」
むかしは二人漕ぎ出来たブランコも、今の僕だと一人で座ってもやや狭く感じる。
成長した僕を遊具が拒んでいるかのように感じて、少し寂しくなった。
「チバ、か……」
美依奈さんの部屋で名前を出したから思い出す。
この辺りに住んでいた頃、一番仲良くしていた女の子だ。
知り合った頃は長い髪だったけれど、そのうち僕と同じくらいの女の子としてはショートヘアにしてしまった。
長い方が好きだったけど、短いのもそれはそれで似合っていた。
ずっとチバって呼んでいたから本名は覚えていない。
苗字が千葉じゃなかったのは確かだし、別に千葉から引っ越してきたわけでもなかったはずだ。
僕が転校してきたとき、チバはいわゆる『いじられキャラ』だった。
イジメというほどではないが、みんなでからかう対象にされていた。
僕はどうせすぐ転校するという捨て身の立場だったから空気を無視してチバをからかうみんなを注意した。
日頃からチバと遊び、他の連中も誘っていくうちにチバがいじられることもなくなった。
たしかその頃チバはショートヘアにしたはずだ。
夏休みはほとんど毎日遊んだ。虫取りもしたし、川で水遊びもした。
タンクトップやTシャツ一枚で水浸しになったから、今思えば結構ヤバい。
そうやって遊び回ったから、チバは真っ黒に日焼けしていた。
あのチバは今でもこの町にいるのだろうか?
高校二年生だからずいぶん大人びて女の子らしくなってるかもしれない。
でもなんとなくあの頃のまま、ショートヘアで日焼けしているような気もする。
ぴょんと飛んでブランコから降り、てんとう虫型の遊具に向かう。
チバとの思い出はこの遊具にもある。
僕とチバはこのドームの中で将来を誓い合った。
確かあれは秋の始まり頃だったと思う。
二人でこの中に隠れて小さな丸い窓から外を眺めた。
なんとなく息を潜め、野生動物を観察するように遊ぶ子どもたちを見ていた。
そのうち雨が降りだし、「帰ろう」と僕は焦った。けれどチバは「もう少しここにいよう」って言った。
誰もいなくなった公園で雨が降る音をチバと二人で聞いていた。
チバの濡れた髪から漂うシャンプーの香りにドキドキしたのを覚えている。
「ねぇ、将来あたしを優太のお嫁さんにして」
「え? 僕なんかでいいの?」
「あたしは優太がいいの!」
「うん。僕もチバをお嫁さんにしたい」
思い出すだけで気恥ずかしく、だけど胸が熱くなる。
僕とチバはここで結婚をする約束をした。
初恋だった。
今はもう入ることも困難なてんとう虫型ドームの中を覗いて照れ笑いを浮かべる。
それからも僕たちは毎日のように遊んだ。
もちろん二人きりのときはそれほどなくクラスメイトや妹も一緒だったけど、たまにこっそり手を繋いだり、「あの約束覚えてる?」とか話し合ったりもした。
僕が他の女の子と仲良くするとチバは怒ったし、逆にチバが他の男の子と話してるのを見ると面白くない気分にもなった。
でもすぐに仲直りをしてまた一緒に遊ぶ。そんな初々しくて可愛らしい恋だった。
でもそんな幸せな時間は結婚を誓い合ってわずか半年で終わりを告げることとなってしまった。
お父さんが転勤することになったのだ。
三月末の年度の変わり目に引っ越しすることとなった。
僕はこれまで引っ越しすることに文句を言わなかった。
もちろん嬉しくはないけれど仕方ないことと諦めていたから。
でもこのときだけは違った。
引っ越したくないと何度も訴え、両親を困らせた。
だけどそんなことで変わるはずもなかった。
引っ越しの日は刻一刻と近づいてくる。
けれど僕はその事実をチバに伝えられなかった。
もちろんチバだけじゃなくクラスメイトの誰にも話さなかった。
そして誰にも引っ越しのことが言えないまま、最後の日が来てしまう。
「壱岐くんはこの春、転校することになりました」
先生がそう告げたとき、チバは目を見開いて唖然としていた。
教室の前に立った僕はそれ以上チバを見ていられずずっと俯いていた。
それを見た先生やクラスメイトは、僕がすごく落ち込んでいると勘違いしてその日一日ずっと声をかけに来てくた。
でもその中にチバの姿はなかった。
結局僕はちゃんとチバにお別れを言うことも出来ず、この地を去った。
それが今までずっと心残りだった。
その後どの土地に行ってもあまり女の子と仲良くできなかったのも、それが原因である。
「チバを探そう」
そう決意した。
きっとまだこの辺りにチバは住んでいる。
本名も知らないし、見た目もずいぶん変わってしまっただろうから容易ではない。
それでもチバを探しだそうと決意した。
今さら会ってどうなるわけでもないけど、でもちゃんと謝りたかった。
ウソでも美依奈さんと恋人になり、ようやく僕は自分がなにをすべきなのかはっきりと自覚した。
それだけは美依奈さんに感謝すべきことだ。




