ハプニング!
いきなり優太がお見舞いに来てくれて、あたしはかなり焦っていた。
嬉しいけれど来るなら連絡してくれればいいのに。
女の子には色々と準備があるんだから……
「風邪引いているんだからちゃんと寝てないとダメだよ」
「別にいいし」
「よくならないよ? ほら、なんか顔赤いし」
顔が赤いのは優太がいきなり来るからだってば!
とは恥ずかしくて言えない。
それにダルいのも事実だった。
心配してくれているみたいなので素直に従ってベッドに入る。
「お見舞いに果物買ってきたから置いておくね」
「ありがとう! リンゴ食べたい」
「いま?」
「うん。剥いてきて」
「食欲があるのはいいことだね。分かった」
優太はニコッと笑ってキッチンに向かった。
部屋で一人になり、ホッと息をつく。
(いきなり来るんだもん。ビックリした……)
部屋に入れる前に、慌てて机の上に飾ってあった優太の写真を隠した。
特に小学生時代の写真は見られたらまずい。
昔からの知り合いだとバレてしまう。
もちろん思い出してもらいたいという気持ちはある。
でももしあたしの記憶が全くなかったらショックだ。
確かめたい気持ちと確かめたくない気持ちが揺れ動き、心臓がバクバク騒がしくなる。
「あっ……」
胸に手を当てて気付いた。
あたし、ブラしてない……っ!
Tシャツを着ていたし、優太にはバレてないはずだ。
今のうちに急いで着けちゃおう。
慌ててクローゼットからブラを取り出してシャツを脱ぐ。
そのとき──
「お待たせー! リンゴ剥け……」
「えっ……」
無言で一秒ほど見詰めあった。
「きゃー! で、出て行ってよ! すけべ! 変態! 信じらんない!」
「ごめんっ!」
見られたら、
完璧に、見られてしまった。
もう死ぬしかない。
いや、結婚だ。責任を取ってもらって結婚するしかない!
慌ててホックを留めてTシャツを被る。
「も、もういいよ」
ドアを開けると棒のように硬直した優太が立っていた。
顔が真っ赤だからマッチ棒か?
無言でシャクシャクとリンゴを食べる音だけが響く。
「美依奈さんちの包丁、よく切れるね。ビックリしちゃったよ」
「もしかして、なかったことにしようとしてる?」
ジトッと睨むと優太はまた顔を赤くして俯く。
「ま、まぁあれはあたしが悪かったし、いーけどさ……」
「ごめん……」
「ノーカンね、ノーカン。なんにも見なかった」
「う、うん」
よし。なかったことにしよう。髪に隠れて肝心の先っぽとかは見えなかったはずだし。
「それにしても優太が来てくれるなんてねー。どうせ羽衣に言われたんだろうけど」
「えっ? なんで分かったの?」
「だってカギ開けて入ってきたでしょ? 羽衣に借りたんだなって」
「あー、なるほど」
なるほど、じゃないし。そこはウソでも自分の意思で来たとか言って欲しかった。
優太は優しいくせに気遣いがなっていない。
「迷わなかった? うち、少し分かりづらいでしょ?」
「いや。実は僕、むかしこの辺りに住んでたことがあってさ。懐かしいなぁて思いながら歩いてたよ」
「へ、へぇ……そーなんだ」
心臓がドキドキしてきたのを隠して相づちを打つ。
「変わっちゃったとこや忘れちゃったこともあるけど、だいたい分かったよ」
「じゃ、じゃあこの辺りに友だちもいたんじゃない? 会わなかった?」
「んー、どうだろう? すれ違っても気付かないかも。なにせ小五のころから会ってないから」
その頃からうちは引っ越しをしてしまっている。
まぁ、引っ越しといっても住んでいた公団アパートから新しくできたこのマンションへ移っただけの、学校も変わらないささやかなものだけど。
もし前のアパートにまだ住んでいたら気付いてくれていたのかな?
「その頃仲良くしていた友だちとか覚えてないの?」
「少しは覚えてるけど……」
「名前とかは? ほ、ほら、あたしこの辺りだから知ってる人とかいるかもだし」
「あの頃はみんなあだ名で呼び会ってたから本名は覚えてないんだよね。チバとかマー君とかタックとかエナとか」
「ふぅん……」
あたしの名前が真っ先に出て来なかっただけで凹む。
しかも女子ではエナが先に出てきたから二重のショックだ。
「美依奈さんの覚えている名前はあった?」
「う、ううん。分かんないかも。男子のあだ名とか忘れちゃったし」
エナは覚えているし、今でもたまに会うけどとっさに知らない振りをしてしまった。
万が一エナと再会して盛り上がられたらサイアクだからだ。
ひそかにエナも優太のことを気にかけていたのは知っていた。
「そういえば美依奈さんとも会ったことあるのかな?」
「そ、そんなに見んなってば! スッピンだからハズいって言ったし!」
「あ、ごめん」
名前を呼ばれなかったショックでつい口調も刺々しくなってしまう。
「んー、記憶では美依奈さんみたいな美少女はいないんだよなぁ」
「お、思い出せないからって適当なお世辞言うな!」
「本心だよ。美依奈さんは綺麗だよ。だから子供の頃も相当美少女だったんじゃないかなって」
「ほ、ほんと?」
「うん。本当」
優太はコクコクと頷く。
普段は見た目とか誉められてもあんま嬉しくないけど優太なら嬉しい。
五、六年も経てば顔立ちも変わる。
特に私は背も伸びたし、胸も大きくなったし、髪も伸ばして染めてるから分かりづらいとは思う。
あの頃は優太に憧れてショートヘアだったし、日に焼けて真っ黒だった。
白ギャルの今とは大分違う。
「くしゅっ」
「あ、くしゃみしてる。ちゃんと寝てないと」
「うん」
「長居しちゃってごめん。僕はもう帰るね」
「えー? もう?」
「治ったらまた会えるだろ?」
ニコッと笑う顔にドキッとする。
「元気になったらまた肉巻きゴボウ作るから」
「やった! 絶対だよ。約束ね!」
「もちろん。だから早くよくなってね」
思い出してもらえなかったけど、綺麗って言ってもらえたし、肉巻きゴボウの約束までしてもらったからまぁよしとする。
早く風邪を治さなきゃ!




