真凛との密談
「遠慮しないで好きなもの選んでね」
「あ、はい……ありがとうございます」
優太の妹ちゃん、真凛ちゃんはどこかよそよそしく頭を下げる。
学校帰りに待ち伏せて喫茶店につれてきたけれど、なんだかテンションが低い。
この間スーパーで偶然を装って鉢合わせたときはあんなに楽しそうにしていたのに。
「どうしたの? お腹痛いとか?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「もしかして迷惑だった?」
「迷惑だなんて……そんなことないんですけど……」
どうも歯切れが悪い。
緊張してるのかな?
「もしかしてあたしが怖いとか? たまに言われるんだよね。でも全然怖い人間じゃないから安心して」
「そんなことないです! ただ、おにいちゃ、兄が……」
「優太がどうしたの?」
「あんまり美依奈さんと仲良くしちゃダメだって。あ、これは内緒にしてくださいね」
「優太が? もちろん内緒にするよ。でもなんで?」
胸の動悸が激しくなる。
なんで優太はそんなことを言ったのだろう?
イヤな汗が流れる。
そういえばスーパーで会ったときから優太はあまりあたしと真凛ちゃんが会話をするのをよく思ってなさそうだった。
「なんでかは私も分からないです」
「もしかしてあたしがギャルだから教育上よくないとか思われてるとか?」
「それはないと思います。私が高校に入ったらギャルになろうかなーって言ったら『真凛の好きなようにしたらいいよ』って言ってたし」
「そっかぁ」
ギャルに偏見がないと知って、少しホッとする。
やっぱり優太は見た目で人を判断するようなヤツじゃない。
でもならなぜ仲良くするななんて言ったのだろう?
「もしかしたら照れているのかもしれません」
「照れてる?」
「おにいちゃ、兄は今まで彼女いたことないから、はじめての彼女で緊張して、どうしていいのか分からないのかも。だから妹に紹介するのも恥ずかしいんだと思います」
「なるほど」
それはあり得る。
優太はとても恥ずかしがりだ。
手を繋いでくることなんて未だにないし、『みぃ』とか『みーな』って呼んでと言ってもずっと『美依奈さん』のままだし、親友の淳之助にもまだ紹介してもらっていない。
ってまあ、そういうのはあとで考えよう。
それより今日は真凛ちゃんと仲良くなって色々訊くのが目的だ。
「こないだも言ってたけどやっぱ今まで彼女いなかったんだ?」
「はい。彼女どころか女友達も何人いたのか」
「そうなんだ」と思わずにやけてしまう。
「それがいきなり美依奈さんみたいな綺麗な人と付き合ったなんて言うから驚いちゃって」
「綺麗じゃないよ。普通だし」
「またまたぁ」
緊張がなくなったのか、真凛ちゃんはまたこの前のようなノリになってくれる。
お兄ちゃんの彼女だから綺麗だとかお世辞を言ってくれるのも可愛い。
小学生の頃はまだ低学年でいつもお兄ちゃんのあとを追いかけるあどけない子という感じだったけど、すっかり大きくなったなぁ。
「ところでこの前勇太が仲良くしていた女の子がいたとか言ってなかった? どんな子?」
「それがよく覚えてないんです」
真凛ちゃんは申し訳なさそうに微笑んで首を傾げる。
「私たちが転校ばかりだっておにいちゃ……兄から聞いてますよね?」
「うん。一年で引っ越すこともよくあったって」
「そうなんです。だからどこで誰と仲良くなったとか、どんな子だったとか、自分の友だちでも覚えてないんです。でも確かお兄ちゃんも仲良かった女の子がいたんですよ。お兄ちゃんも結構好きだったんじゃないかなぁ」
「そうなんだ」
そんな子がいたなんてちょっと落ち込む。
優太は優しくて素敵だからモテるのも分かるけど、やっぱりショックだった。
「ごめんなさい。思い出したらまたお伝えします」
「いいのいいの。どうせ昔のことだし」
「ですよねー。今は美依奈さんが彼女なんだし」
にこにこと笑う真凛ちゃんを見ながら微笑む。でもあたしの胸の中はざわついていた。
本当はもっと聞きたいけど、あまり動揺しているのを見せると真凛ちゃんをガッカリさせるかもしれないので堪える。
せっかく真凛ちゃんはあたしを綺麗でカッコいいと思ってくれているんだ。余裕のある大人の女性を演じなければ。
それからは優太が家でどんな風だとか、作る料理が異様に美味しいとか、罪のない話で盛り上がった。
あっという間に一時間が経った。家事があるという真凛ちゃんをあまり遅くまで付き合わせられない。
「今日はいきなり会いに来てごめんね」
「いえ楽しかったです!」
「今日会ったことは二人だけの内緒ね。優太にも内緒」
「はい!」
悪企みの顔でシーッと口許で人差し指を立てると真凛ちゃんもそれを真似する。
あー、こんな可愛い妹が欲しいかも。
ま、何年後かには本当に妹になってもらう予定だけど! もちろん『義』付きの妹だ。
「お兄ちゃんは強がりで甘え下手で素直じゃないとこありますが、これからもよろしくお願いします」
「もちろん。あたしの方こそよろしくね!」
心強い仲間を得て、あたしは気分も上がっていた。




