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『偽りの勇者』


 あの事件から一年が経った。

 子ども達だけで夜の森に行ったこと。

 こっぴどく怒られたけど、ユウもそしてシューも命に別状はなく、より厳重に子ども達が馬鹿な事をしでかさないか監視が厳しくなった以外変わらなかった。

 そしてあの事件も月日が経つにつれ皆忘れていった。


 だけどおれはただ一人、あの出来事を忘れなかった。否、忘れることはできなかった。

 あの日からおれはより一層稽古に励んだ。体を鍛え、村の兵士にも剣術を教えてもらうようになった。メイちゃんは怪我をするおれを心配していたけど、おれはそんなのを気にする余裕もないくらいがむしゃらに頑張った。


 全てはもう二度と逃げ出さないために。






 この日、村中の9歳になった子ども達が村にある唯一の教会に集まっていた。

 おれは早めに来たがおれよりも先に来ていた、見慣れた姿を見て話しかける。


「よぉ、ユウ。まだ時間じゃないっていうのに随分と早い到着だな?」

「フォイルくん。まぁね。ドキドキしてつい早く来ちゃったんだ」

「まぁ、わかるけどさ。とうとうこの日が来たな」

「うん、『神託』の日だ」


『神託』

 神官と呼ばれる女神オリンピアに仕える人が、女神の声を聞きその人に適した職業(ジョブ)を授けられる。そしてこれからの人生をその職業で左右される、正に人生の岐路と言ってもいい。

 中には特別な『称号』と呼ばれるものもあるらしい。歴史上称号を授かったものは名を残す事が確定するほど名誉な事だ。だけどそう言ったものは王都や有名な街ばかりに現れ、間違ってもこんな田舎の村で称号を授かったという話は聞いたことがない。


「何になるんだろうな、おれたち」

「うーん、わかんないや。『神託』は女神様がその人に適した職業を与えられるっていうし、もしかしたら全然予想もしなかった職業を授かるかもしれない」

「確かにおれは『魔法使い』の職業なんか似合わないのに与えられても困るな」

「フォイルくん、細かいことは苦手だからね」

「なにぃ? なまいきだぞこらっ」

「あはは、ごめんごめん」

「へっ、全く」


 俺たちは互いに笑い合う。


「それでフォイルくんは何になりたいの?」

「ふっ! それは勿論目指すは勇者だ!」


 今も変わらない子どもの夢。

 今も絵本で読んだあの英雄譚が目に焼き付いている。


「まーだ、そんな事言ってるのフィーくん。本当に子どもね」

「あっ」

「メイちゃん」


 いつの間にか、メイちゃんが後ろにいた。

 彼女はこの日の為にお洒落な服とヘアピンをつけていた。その姿が凄く綺麗でおれは顔が赤くなるのを誤魔化すように咳払いする。


「わたしは『魔法使い』になりたいな。そして色んな魔法で人々を喜ばせるの! 他には『治癒師』でも良いかな。だってフィーくんもユウくんも良く怪我するんだもん」

「うっ、うるさいなっ。次からは気をつけるよ」

「どうだかね〜。ねぇねぇ、ユウくんは? 」

「ぼく? ぼくは……『勇者』になりたいなぁ。それでも駄目なら『魔導技師』が良いな」

「『勇者』はともかく『魔導技師』か。確かにユウは手先が器用だからなぁ」

「そうよね、あの秘密基地を作るときもユウくん大活躍だったもん!」

「確かにな! あの秘密基地今だに大人に見つかっていないんだぜ。ユウのお陰だな」

「そ、そんなことないよっ! 二人の協力がなきゃできなかったことだったし」

「謙遜すんなよ」

「そうだよユウくん。もっと自信を持って」

「うぅ……恥ずかしい」


 そんな風に三人で談笑していると『神託』の時間を知らせる教会の鐘が鳴る。


「いよいよだな。行こうか」

「そうだね」

「うん」


 おれたちは三人揃って教会の中に入っていった。







「おぉ、おぉぉぉ!! これは正しく勇者の称号!」


 熱狂し、涙を流して歓喜に震える老齢の『神官(プリースト)』。

 彼の目はおれに向けられていた。

 彼の言葉に集まっていた村のみんなが騒めき始める。


「勇者? 勇者ってあの?」

「まさか、この村で伝説の存在が生まれるなんて」

「伝説は本当だったのか!」

「勇者だ……! 勇者フォイル・オースティン!」

「フォイル・オースティン万歳!」

「フォイル!」

「フォイル!」

「フォイル!」「フォイル!」「フォイル!」「フォイル!」「フォイル!」「フォイル!」



 喝采が上がる。

 皆が皆おれを讃える。


『勇者』その意味がもたらすものをおれは一番よくわかっている。

 勿論夢であった。なりたいと、目指す目標として努力を続けてきた。

 称号は、『神託』を受ければ自分だけに分かるようになる。そこに記されていたのは


 フォイル・オースティン。

 称号ーー『偽りの勇者』


 偽り? 偽りとは何だ?

 ぐるぐると答えの出ない思考の渦に呑まれている間にメイちゃんの職業を見ていた別の神官がまた声をあげた。


「メイ・ヘルヴィン……これは何と『大魔法使い』! 『魔法使い』をも超える素晴らしい職業だ! 更には『水の大魔法使い』の称号もある! まさかこの村で二人も称号を授かるだなんて!」

「えっ? えっ? 何、どういうこと? わたし『魔法使い』になれるの!? やったぁ! 」


 メイちゃんは『魔法使い』の職業につけたみたいだった。それも水に特化した『大魔法使い』の称号もあり、もはや大成するのは確実みたいなものだ。


「次、ユウ・プロターゴニスト」

「は、はい!」


 その最中別の神官に呼び出されていたユウが緊張で身体がカチコチになりながら神官の前に立つのが見えた。おれも、そしてメイちゃんも称号を授かった。

 ならユウも……。

 だがそれは次の瞬間裏切られた。


「む、これは……」


 神官の表情が曇り、何度も水晶とユウの顔を見比べる。そしてそれが間違いでないと悟ると神官は心底落胆した顔で告げた。


「ユウ・プロターゴニスト。君には……職業がない」


 シンと喝采が止んだ。


「僕には……職業が……ない?」


 俺の時の熱狂とは違う、異常な静寂。周囲に満ちるのは期待外れという冷ややかな眼差しと職業なしに対する侮蔑の色。

 それはつまりーー女神に見放されたということに等しかった。


「職業も称号もない。つまり君は『名無し』なのだ。残念ながら」

「そん……な……ッ」

「ユウくん!」


 耐えきれなくなったのか、ユウはその場から逃げ出した。

 その後をメイちゃんが追いかけていった。



 そんな中俺は一人ユウを視界に捉えた瞬間、わかってしまった。気付いてしまった。


 なぜ分かったと論理的になんて説明出来ない。

 だが分かるのだ。


ーー本当の勇者はユウであることを。


 それは天啓とも言えるし直感とも言えるし、超常的なものとも言えるかもしれない。

 それでもショックをうけて飛び出す二人を追おうと俺は駆け出そうとする。


「ユ……!」

「さてさて、フォイル……いや、フォイル様。一度、教会の奥に来てくだされ。王都にもお知らせせねば」


 俺も二人を追いかけたかったが神官たちが俺を取り囲む。

 村人が俺の前に壁を作る。分厚い壁を。


 


 俺は二人を追うことができなかった。








 二人に会えたのは次の日だった。あの後俺は神官たちに無理矢理神殿に留められた。

 その間俺はずっと二人を心配していた。

 王都に直々に国王と会う事になったり、勇者としての使命を語られたりしたのだがおれには何処か上の空だった。


 家族も教会に来た。

 俺の両親は既に亡くなっていたが、育ててくれた祖父母は大いに喜んでくれた。

 その事は嬉しかった。だけどおれは称号について打ち明ける事が出来なかった。結局おれは嘘をつくしかなかった。




「ユウ! メイちゃん!」


 色々な準備やら何やらから無理矢理教会から抜け出した俺はユウとメイちゃんを見つけることが出来た。

 二人はいつもの小高い丘の木下にいた。


「フィーくん!」

「あっ……フォイル……様」

「はっ? 様ってお前…」


 ユウは何時ものように呼んでくれず、どこか他人行儀な挨拶をした。

 酷く戸惑い、そして悲しくなった。

 するとメイちゃんが「めっ! 」とユウを叱る。


「ユウくん! ダメだよいきなり様だなんて他人行儀にしちゃ! そんなことフィーくんも望んでなんかないよ!」

「あっ、あぁ……そうだね。ユウ、別におれに敬語は必要ない」

「で、でも……」

「でもも何ももないよ! 二人は親友なんだから! ほら!」


 メイちゃんが俺とユウの手を引っ張って握手させる。

 些か強引だったけどそのおかげで俺たちは落ち着きを取り戻した。


「ごめんね、フォイルくん。ぼくは……」

「気にすんな。おれも気にしてはいない」

「うんうん、やっぱり二人はこうでなくっちゃ」

「メイちゃんもごめん。そしてありがとう。ぼくを励ましてくれて」

「ふぇっ? あはは、もう。ユウくんたら」


 久しぶりに会った二人は前よりも仲が良くなったように見えた。

 その事に少しばかり心がざわついたけれども、それよりもおれは頼みたいことがあった。


「二人に、頼みがあるんだ。おれと一緒に王都に来てくれないか」

「えっ、王都ってこの国王都だよね? そんなどうしてぼくたちまで」

「おれは国王様に会わなきゃいけないらしい。それに女神教の総本山にも。だからおれは……。そうだな……正直一人じゃ心細い」

「フィーくん……。わかった、わたしもいくよ! ユウくんも行くでしょ?」

「メイちゃん。でも……名無しの僕なんて……」

「心配するな! 誰にも文句なんて言わせない。お前はお前でいろ。おれが守ってやる」


 おれは胸を張って宣言する。

 本当の勇者はユウだ。だからこそおれは少しでもその存在を知らしめようとしていた。

 おれは真っ直ぐに彼の瞳を見た。


「頼むユウ。お前が(・・・)必要なんだ」

「フォイルくん……。う、うんわかった。僕にできる事ならなんでもやるよ」


 自信なさげながらも笑うユウにおれはホッとひと息をついた。




 ーーこの時の俺は甘かったんだ。

 世間がユウをどう思うかを考えもせず。彼を連れ出した。

 そして俺自身も、何処か楽観視していた。

 ユウが俺をどう思うのかなんて考えもせず。


 ユウの為になる、そうとしか考えられなかったのだ。






 御伽噺がある。

『勇者』は『魔王』と呼ばれる世界に仇す敵が現れる時に現れると。

今回の魔王は今より10年ほど前に現れたと言う。そして最近になって侵攻を開始したと。だからこそ、『勇者』が誕生したのだと。



 街を覆いつくそうとする魔物の群れ。

 それを撃退する五人の影があった。


「魔物如きが! 俺に傷を付けられると思うな! 【烈爪風崩斬】」


 剣を奮い、魔物を一刀両断する『剣士』の男。


「痴れ者が。わたくしの身体に傷一つつけられぬものと知りなさい【燃え盛る豪炎】」


 過多に装飾された杖を持ってして全てを焼き尽くす『魔法使い』の女。


「お願い、人々を守る為の魔法を! 【守りの雨天壁】」


 人々に向かおうとする魔物を巨大な水の壁で防ぐメイ・ヘルディン。


 彼らによってみるみる魔物は数を減らしていく。


 不利を悟ったのか魔物が逃げ出そうとするも先にユウが張っていた罠に嵌り、その場から動けなくなる。


「フォイルくん! 」

「あぁ! 【聖光顕現】」

 

 手に握られているのは、白く輝く聖剣。

 聖剣の一撃によって魔物は全て消滅する。


「あ、貴方たちは……」

「あぁ」


 生き残った市民が顔を見上げる。

 聖剣を携える赤い髪の青年は強い意志を持った目でこう言った。


()は勇者フォイル・オースティンだ! 」




神託より十年。

フォイルは19歳になっていた。


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