三つ巴の激戦。被災者、庇護者、犠牲者
暴走する荒魂、裂磨は見た目に似合わず機敏で正確無比な攻撃を繰り出した。
その熊の手から突き出た鉤爪は軽く振るっただけで地面を抉り、コンクリートを柔らかく貫いてしまう。
流石にそんな殺傷力を誇る一撃を受ければ多少の攻撃を耐えうる天朧の衣装も、容易に引き裂かれるだろう。
「ゴォアアアアアアアア!」
「吠えてんじゃねぇテディベア! 永遠に冬眠してろ!」
ジルバ達を控えさせ、後方から先行するアインの出方を窺いながら動く。奴自らが向かって行くのは好都合。脅威を取り除くことに集中出来る。
「そんで金魚の糞みてぇにくっついてくんなウゼェ。コイツは俺の獲物でてめぇは次の獲物だ。首洗ってそこで待ってろ!」
振り返りざまに振るわれた手から迸る爆炎が、俺を牽制する。アインもあくまで味方ではなく敵同士。現状、奴とは同じ獲物を狙っているに過ぎない。
俺としても、この異常に出現した荒魂の騒動を鎮圧出来るのなら、手柄とかどうでもいい。だから勝手にやらせておけばいいのかもしれない。
ただ、鮮烈に先ほどのイメージが記憶に蘇る。彼も、その犠牲者の一人。
もしもアレがこれから起こりうる未来の出来事なのだとしたら、回避しなくてはならない。それにはコイツも含まれる。
確かに嫌な奴だ。何処までも身勝手で暴力に躊躇いがない最低な男だ。こっちもどれだけ迷惑を被ったか。
だとしても一人では行かせない。何より、死んだ方がいいから見殺しにするなんて俺は考えない。
「荒魂に集中しろ。喧嘩は暇なときにやれ」
「何処までも上から目線だなクソ野郎。絶対仮面ひっぺがしてそのスカした顔を見てやる」
「お断りだ——」
会話の途中、頭上に大きな影が差す。大熊の腕が俺達を押し潰すように迫った。
大振りの一撃を避けるべく、左右に分かれる。
「火吐珠!」
無数の火炎弾を放ち、視界を奪うべく顔面を狙う。厚い毛皮では大したダメージになり得ないが、動きを鈍らせるには充分。
着弾と同時に頭部で煙幕が広がり、驚きと熱によるくぐもった呻き。
期待よりも怯みはなく、遮二無二に両爪を振り回す。
「まずは腕を落としてやるよテディベア」
下がる俺を尻目にスーツの怪人が飛翔し、高々と右手を掲げた。そのままアインは裂磨目掛けて降り下ろす。
「覇刃切離!」
肩口から脇にかけて、荒魂を斬った。風を纏った鋭利な手刀で熊の腕が落ちる。
「ゴギャァアアアアアアアア!?」
「だから、吠えてんじゃねェくたばれ」
着地と同時に彼は炎拳へと切り替える。一気にトドメを刺す気だ。
が、深手に地へと崩れたと思われた怪物が飛び出した。走るアインへと予想だにしない反撃が差し迫る。
悶絶ではなく突進。頭突きによりアインが撥ねられ、上空へと突き上げられた。交通事故にでもあったように彼の身体が宙を舞う。
「がはっ。や、ロォ……!」
身動きが取れずに地面に落ちた男を荒魂は威嚇しながらジリジリと追い詰める。
すかさず俺は走った。気を取られている隙に、仕留めなくては。
精霊力と震脚を遂せた渾身の沖捶を、奴の懐目掛けて打ちだす。
しかし横から残った腕が阻んだ。防御された。しかも重心が動かない。
この荒魂、衝撃を吸収していて打撃の効果が薄い……!
その状態で押し返され、俺は横合いにあった建物の中に放り込まれた。反応が追い付かなかった。
衝撃で呼気が止まる。転がったまま、しばらく動けずにいた。
「く、そ……」
油断していたつもりはなかった。でも、やはり上位以上の荒魂となると簡単に倒せる相手じゃない。さっきまで無傷だったのは幸運だっただけだ。
外から聞こえる怪物の咆哮が朦朧とした意識を繋ぎ止める。
もぬけの殻となった店内の中でどうにか立ち上がると、天井からパラパラと破片が落ちている。此処もいつ崩落するか分からない。早く出て復帰しないと。
「……うぇぇ……えぇぇぇん……」
敵にのみ向けていた意識が、近くで漏れた子供の嗚咽によって戻される。すぐにその答えは分かった。
小さな男の子がテーブルの影に隠れてうずくまっていた。家族とはぐれ、逃げ遅れていたのか。
「お前、怪我はないか?」
「…………う……ん。お、オジサン、は?」
「お、オジ……いや。店を出よう。近くで怪物が暴れまわっているから、離れる必要がある」
放って置いたら不味い。此処から連れ出さなくては。
「……で、でも、ママ……パパ……!」
「避難しているか何処かに隠れてる筈だ。こんなテーブルの下にいたら見つけて貰えないぞ」
半ば強引に腕を引き男の子を立ち上がらせる。軽々と背負い、脱出する為のルートを探す。
「反対側に非常口があればいいんだが」
「……オジ、さぁん」
「大丈夫だ。ちゃんとつかまって、放すんじゃないぞ」
「オジさんオジさん……あれ」
頭の横から震えた指が伸びる。窓を見ると、
怪物の瞳が覗き込んでいた。確実に俺達を捉えていた。
コッチに来た。アインはまだ復帰していないのか。
興奮して漏れる奴の鼻息が、攻撃の予兆を窺わせた。
「ヤバ——イッ!」
天井が瓦解する。爪が建築物を引き裂き、鼻先まで迫って下ろされた。一歩前にいたら、ミンチにされていた。
轟音と子供の悲鳴に挟まれながら、俺は踵を返す。後ろで巨大な気配が強引に侵入してくるのを感じた。
バックドアを蹴破り、一目散に外へと。もう一本の路地に出るなり、一拍遅れて大熊の荒魂が横合いから飛び出した。向こうは深手を負っていながらも、闘争の意思は損なわれていない。
この状況はあまりによろしくない。両腕は後ろに回していて主力である打撃と暗勁は使えないし、背負っている男の子を運びながらでは激しい挙動をするのは難しい。この場で降ろすなんて論外だ。
どうする。猶予のない時間で思考を必死に張り巡らせる。逃げきれるだろうか? このまま悪戯に移動しても被害が広がらないか? 迎え撃つしかないのか? 時間を稼ぐべきじゃないか?
高々と、熊の手が振り上がった。防ぐ手立てがない以上、回避しか——
「炎鳳、そいつを止めろッ」
叫びが、判断を奪う。
荒魂を阻んだのは炎に包まれた鳥の精霊獣。ゼムナスの言葉によって両翼を広げ、俺達の盾になった。
突如立ちはだかる障害にも厭わず、裂磨は爪撃を振るった。
いとも簡単に業火の翼が捥がれた。痛々しい怪鳥の悲鳴が広がる。
貫通した爪は、俺達にも振りかかった。立て続けに巻き起こった展開に反応が遅れた。
緩慢な時間が流れた。じきに爪先が届き、俺の頭を真っ二つにするだろう。死が、待ち構えている。
「アルフ!」
強引に俺の身体が引っ張られる。バランスを崩し、後ろに倒された。
代わりに男が前に出て、俺達のもう一つの盾となった。身代わりになった。
歪な爪は地面にまで達した。火の粉と共に赤い鮮血が舞い散り、両腕を広げた男がのけ反った。
尻餅をついて見上げた俺は、ぐらりと崩れるゼムナスの後ろ姿を目に焼き付ける。
「……ゼ」
炎鳳とその契約主が倒れ、勝ち誇ったように吠える熊の荒魂を前に、俺は茫然としていた。
子供の泣き声も頭に入らない。血の水溜まりを作った男しか見ることが出来なかった。
「ゼ、ムナス……?」




