再会の会食。修羅バー
「は、初めまして。『北斗』の白鷺と申します」
「ゼムナス・シェークリアです、お見知りおきを。息子のアレスが急遽出られなくなったので自分が代理いたします」
俺と奴は直接言葉を交わさない。こっちは奴の姿を視界に入れまいとテーブルに注視し、向こうも隣の天使にだけ意識を向けている。
それからゼムナス・シェークリアは「では注文をしよう。話をするのは会食がてらにしたい」と呼びつけた側でありながら随分な物言いをした。
事前に覚悟をした上での対面であったので、どうにかグッと堪える。俺は黙って席に着いた。
「アルフ、せっかくです。お昼を頼みましょう……?」
「空腹じゃない」
「でも、実に理に適っているんですよ。緊張も解せて、コミュニケーションを円滑にする手段です」
「いいよ俺は。白鷺が頼んでいればいい」
にべもなく拒否する姿勢に、彼女はメニュー表を立てて懸命に勧めようとする。
「えと、そんなこと言わずに……ほら、これなんか如何ですか? 喫茶店なのにホットプレートが充実してます。このチキンステーキとかとても美味しそう……ってー、駄目ですそれじゃあ共食いになっちゃいますよー!」
ますよー。ますよー。言葉尻の後の沈黙が、かえって反響するように耳に残った。
場を和ませようとした白鷺のブラックジョークは、この場で誰も反応を示さない。沈黙の最中項垂れた彼女は「しゅいません……ハンバーグで」と小声でオーダーする。
「話で聞いた通り随分親しいようだな」
ゼムナスはようやく、こっちに向けて声を掛けた。
「関係ないだろ」
「段取りが省けて感謝しようと思っていたのだが、いらぬ前置きだったな」
「俺とは二度と関わらないんじゃなかったのか」
「無論だ。だが今回はそちらから赴いただけであろう? 私は干渉する気はないが、頑なに応じないわけではない」
「減らず口を叩くんだったらとっとと本題に入れ。一分一秒と面を合わせたく無いんでね」
この男とは慣れ合う気はない。断固として拒否の姿勢を通し続ける。
もう会うことはないとすら、思っていたのに。
だが、くいくいと傍らの袖が引っ張られる感触があった。
見ると白鷺が目を潤ませている。
「頼みましょうよぉ……」
そんな風に訴えかけられ、俺は渋々、
「……同じやつにする」
席に着いてから数十分が経ったが、会話は一向に成り立たなかった。
三人が黙々と食事を続けているだけなのに、店内ではそこだけ異様な空気が流れている。
やがてゼムナスはその手を止め、テーブルで肘をついていた俺に口を開く。
「もう食べないのか」
「食欲がなくなった」
殆ど手をつけていないまま残った分についての指摘だった。
「そうか、ではそれは捨てるのだな」
「……何が言いたい」
「いや、勿体の無いことをすると思っただけだ」
よりにもよってアンタがそれを言うか!
あっという間に頭に血が昇って立ち上がると「抑えて抑えて! 他の人もいますから!」という白鷺の制止に阻まれる。
「さて、そろそろ本題に入ろう」
そこでようやく切り出した彼の言葉により、俺はまた席に戻された。此処で喚いて時間を掛けるのは逆効果だと分かっている。
「今回『北斗』に依頼したのは、この書状が届いたからです」
中心に置いたのは、一枚の紙きれ。それも小さなカード。
もう何枚目になるだろうか。同じ黒の色合いをしたその招待状を見るのは。
「地下闘技場などという場所で、我が家に対して挑戦を求められておりましてな」
「偶然でしょうか。ちょうど先日、こちらにも同じ内容のものが届きました。……なかなか手荒い使いの者から」
「……でしたら話が早い。何やら現状のシェークリア家を快く思われていないようで、『英雄たる子孫としての誇りが残っているのならば、この挑戦に応じて証明されたし。さもなくば、いずれは膿となって切り捨てられるだろう』などと脅しを含められていたのです」
身から出た錆だ。俺は会話を途切らせないようにしながらも心の中でそう呟いた。
「それでゼムナスさん、その件に関して貴方は我々『北斗』にどのようなご依頼を? もしやアルフにアクションを起こしたというのは……」
まさか俺に、その試合に出ろという話なのか。
だが俺はアルフ・オーラン。もうシェークリアの姓じゃない。そもそも既に挑まれていて、出場するつもりはなかった。
「そういうことではありません。私は危惧しています。表社会の時事ではないとはいえ、上級社会を主として大々的に知らしめようとする可能性を。挑戦を受けて立ったにも拘らず、不戦敗という醜態を晒させようとするのではないかと」
妨害の露払い。それをこちらに依頼したいそうだ。
ということはコイツは打って出る気でいる。
「担当外だろう。ウチは退魔士として精霊獣や荒魂に携わる事件に動く。明らかに人間同士の揉め事に首を突っ込む案件じゃない」
「そうだな。人だけであれば単純にボディーガードでも雇えば済む話だ」
しかしと、ゼムナスは続ける。
「だが、想像が足りないな。此処は都市エレメアだぞ?」
「……」
「何が起こるのかも、何を利用するのかも分からない。前回の鬼が来襲した事件でもそうだった筈だ」
「俺を諭そうとするな」
言葉を言葉で振り払う。
でも事情は良く分かった。これ以上俺が口を挟むと、話を拗らせる。
今度は空きグラスを片手にゆっくり椅子から立ち上がった。
「アルフ?」
「ドリンク。任せるから話は続けてくれ」
言ってほとぼりを冷ますべく、その場から一度離れることにした。
ひとり店内を歩きながら気が滅入る想いで唇を噛む。
駄目だ。やっぱり調子が狂う。アイツと居て、冷静な判断が出来そうにない。
朝までは兄貴と普通に話をする気でいたのに、よもやこんなことになるとは思いも寄らなかった。
受けるかどうかは白鷺に委ねよう。誰が護衛に赴くのかはまた別の話、出願しない選択肢だってある筈だ。
まるでクジラの息継ぎのように会話から離れて精神安定を図り、落ち着く頃合いになって今一度テーブルに向かう。
その手前に差し掛かった時だ。
遠くで地鳴りが聞こえた。まるで爆発みたいだった。
ほぼ同時にガラスの砕ける盛大な音が喫茶店に入り込む。
心臓が跳ね、身が硬直した。
何枚もの窓が割れ、一拍遅れて人の悲鳴が広がる。
「キャーッ」
「何だァ!?」
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
瞬く間に大混乱が起こり、離れる者やその場でうずくまる者もいた。
反対の壁には無数の穴が空く。銃痕のように見えた。
銃撃だ。頭によぎるなり、ようやく俺は火が付いたように動く。
「白鷺! 白鷺!?」
身をかがめながら、座っていた窓際の座席へ。散乱するガラスを踏みながら、必死に呼び掛ける。
「こ、こっちは大丈夫です……。それより」
ブロンドの頭を両手で抑え、床に伏せた天使がいた。窓の下に隠れるゼムナスも健在。
「銃声なんて全く聞こえなかった! でも銃弾みたいな穴がそこに!」
「サイレンサーか何かやもしれません!」
「乱射する為ならば必要のない機能だがな」
合流して状況を整理する。これはテロなのか誰かを狙った襲撃なのかは分からないが、危険であることには変わりない。
今日はなんて厄日だ。毒づきながら意識を切り替える。
現場から逃走しているならまだしも、あからさまに攻撃を仕掛けた犯人がまだ近くでいるかもしれない。
これ以上の被害を食い止める為、何より安全を確保する為に、犯人を抑える必要がある。
「こうなると退魔士としての担当範囲外とか四の五の言っていられない。白鷺、出……」
懐から天朧の面を取り出そうとして気付く。
パニックで誰もこっちに意識は向かわないとはいえ、俺は私服姿だ。そしていつもだったら鈴狐が黒の外套に変えてくれる手筈だった。
しかし今はタイミングが悪いことに彼女とは別行動中。学校に行ってもらったことが災いするとは。
すると天使は俺が言い掛けた理由を察したからか、物陰からこちらに手を伸ばした。
「その問題ならクリア出来ます。リンコから教わりました」
一瞬で、俺の恰好が退魔士としての姿に切り替わった。白鷺もそれが出来るようになっていたとは。
「これなら銃撃にも……!」
「わたくしは怪我人を見ます。ご武運を」
「分かった! 頼んだよ」
面を被りながら、俺は躊躇いなく窓を跳び越えて路地に出た。




