会社公認のお出掛け。違えた約束
アルフ・オーランに化けた鈴狐が登校してから少し経った後、俺達は一度『北斗』へと出向いた。
兄貴も地位の高い人間。そんな彼との交渉には、白鷺が出向いたという体裁を会社にアピールしなくてはならない。
よって俺達はそこからリムジン車に乗って喫茶店へと出発。今回は俺の伝手ということで一緒に行くことになっても怪しまれずに済む。
ぐずついた天気の中、車は目的地へと進んでいた。
車内の長い席を、三人で独占してしまっている。まぁ、他ならぬ社長本人の車だからおかしくはないんだけど。
学校に行くわけでもなく会社の目を気にする必要も無いのが嬉しいのか、後部座席の隣で同席する白鷺はご機嫌だった。こっちの腕を使ってコアラみたいにくっついている。
真噛も彼女に習ってか反対側で同じことをしている。つまり今サンドイッチ状態である。
「ねぇ、広いんだからさ、悠々と使おうよ……」
「お断りします」
「やだ」
即答で拒否された。彼女達にとって窮屈な思いはへっちゃららしい。
「平日の昼間からアルフとこうしていられることって希少ですよ希少。それとも、わたくし達と近くにいるのは嫌ですか?」
「そうじゃないけどさぁ」
「なら問題はありませんか。でしょうマカミ?」
「ん。わたし、この時間にあるじとお喋り出来て楽しい」
押しの強さに負けて大人しく俺はそのままでいることに。
「ホホ、楽しそうで何より。雰囲気作りに音楽でもお流ししますか?」
「仕事しに来たんですよね!?」
「勿論ですとも。移動中はリラックスしていただくほんの気配りです」
運転席の副社長にまで茶々を入れられた。彼が直々に運転している。
話題を逸らすべく俺は仕切りの向こうにいるジルバさんに声を掛けた。
「それよりジルバさん。お怪我の方はもう大丈夫ですか。頭とか踏みつけられてましたけど」
「ええ、白鷺様に治療していただきましたから、何の後遺症もなく」
昨日の事件で被害を被った『北斗』だったが、現在は何事もなかったかのように営業を続けている。
「そうだった。あるじ達、そんな酷い奴にやられていたの。ぶっ飛ばせばよかったのに」
「駄目ですよマカミ、それでは同じレベルになってしまいます」
狼少女を天使は諫める。
「ただし、収穫はございました。退魔士企業『鴉』のトップ、ジェクトール・アンハイザーはかつて精霊界を訪れて、アインなる人物をそこにスカウトしたとか」
「アレはハッタリではなかったのですね」
「その特異性故に、彼の起こす多少の問題は都市としても目を瞑らざるを得ない状況であるとか。実は此処最近の通り魔事件、既にその容疑も掛かっております。しかし、同様に手が出せないのでしょうな」
「連日の事件も、アイツが犯人だったのか」
『北斗』の襲来と同様、あの俺と同じ黒髪の少年は、道端で次々と退魔士を襲っていた。
どうにもその暴力性は相容れることは出来ない。退魔士の力の使い道を誤っている。
ましてやアイツは鈴狐を足蹴にした。無知さ以前に、認められはしない。
「ジルバ。先日置いていった我が社への挑戦状はどうしました?」
「預かっております。しかし内容はあの宣言通りあまりに無茶な要求でした。わざわざお目汚しなさらぬ方がよろしいかと」
「そうですか。わたくしとリンコを、そんな賭けの対価に……」
「相手にする必要も応じる義理もないよ。完全に向こうの都合で騒いでいるだけじゃないか」
俺は二人の契約者。
今後も同じことを繰り返そうとしていても、手を出させない。頼もし過ぎて逆に守られてしまいそうだけど。
天使は相好を崩す。
「その通りですね。大丈夫、貴方とわたくし達は一蓮托生。何を仕掛けてこようと、この結束を突き崩しはさせません」
「うん、そこは心配していないよ」
「あるじ、そいつが次襲ってきたらわたしぶっ飛ばす」
徐々に目的地まで見えそうになったところで俺のポケットに着信音が鳴った。
番号を確認すると、昨日掛かってきた同じ番号。兄貴からの電話だ。
「もしもし、兄貴?」
通話を始めると最初、不自然なノイズが入った。
『よう』
「今何処? こっちはもうすぐ着くよ」
『そのことなんだがな、アルフ……』
言葉を濁す兄の言葉に、疑問符が浮かぶ。
そうこうしている内にスモークの窓越しから、約束していた喫茶店が見えた。
『さきに謝っておく。急な用事が出来てな、そっちに行けなくなりそうなんだ』
「え」
『で、重ねて謝らなくちゃならんが、代理をそっちに寄越したんだが』
リムジンが停車する。覗き込んだ店内の様子を見て、俺の動きが止まる。
それから出た声は、自然と低くなった。
「……どういうこと」
『見えたようだな。つまりそういうことだ』
すまん、という兄アレスの言葉に、思わず携帯を握りつぶしそうになった。
先に入店していた、彼の代理であろう人物は、すこぶる見覚えのある相手だった。
なんだそれ。約束をすっぽかしてしまうのはまだしも、よりにもよって何でコイツを呼んだ。
「初めて、兄貴を怨みそうだよ」
一方的に通話を切る。そのまま降りる際に俺は狼少女に言った。
「真噛はジルバさんと此処で待っててくれ」
「どうして?」
目線でその答えを誘導する。彼女もたちまち顔を強張らせた。
「アイツ……!」
「正直、抑えられる自信も無い。白鷺と二人で話をつけるのが一番だと思うから、頼む」
「どうしたのですかアルフ? 貴方のお兄さんからのお電話が終わった途端、急に……」
白鷺には悪いけど、手を出さないようにするので精一杯かもしれない。
先に席についていたのは、黒ずんだ赤毛と厳格な顔つきを持った中年男性。
スーツ姿で、こっちの気も知らずにコーヒーを一杯やっていた。
「兄貴が来れなくなって、奴が顔を出しやがった」
俺と血のつながりのありつつも、家族としての縁を切った男だった。
ゼムナス・シェークリア。俺を十歳の誕生日を契機に、不出来の烙印を押して外に追いやった張本人。
穏やかに進むと思っていたその商談が、この曇天の雨のように陰りを見せ始める。




