鈴狐の変装。ドッペルゲンガー
※途中、鈴狐視点になります
兄アレスと会う約束を取り付けた朝。
いつものように目を覚まし、元気はつらつとした鈴狐の鼻歌を耳にしながら、ぼんやりとニュースを眺める。
昨日の予報と変わらず、現在の雨は昼頃には止んで天気が回復する予定。傘は午後から不要になるみたいだ。
歯を磨き出して数分、口をゆすごうと洗面台に赴いて扉を開けると。
「じゃんじゃじゃーん」
その目の前には設置した覚えのない大きな鏡があった。自分が映っている。
だが、色々映っている自分には相違点が見受けられた。
まず既に制服に着替えられていること。俺は今日その恰好になる予定はない。
次にポーズが違う。歯ブラシをくわえて腕を動かす素振りなどまるで見せておらず、両手を広げてどうだと見せつけてきた。
そもそも、俺はこんな屈託の無い笑顔を浮かべない。自分の声が家の中に響いているが、歯磨き中に「じゃんじゃじゃーん」なんて言えない。というか、これ鏡じゃない。
思わず口をあんぐりとしてしまいそうになる。
もう一人の俺に道を譲られ、洗面台で口内を洗浄。すぐに声を発する。
「何だそれ!」
「どぉ? アルくんそのままでしょー?」
くるくると回る男制服姿の俺。最近のドッペルゲンガーは先にお着替えするのか。
その正体は、すぐに理解することとなったが。
「……何でもありだよね鈴狐、今更だけど」
「何でもじゃないぞぉ。普段一緒にいるから此処まで精巧に化けられるんだよ」
小狐になったり、色んな衣装に変わったり、この狐巫女はとうとう他人の姿にまで変化をしでかした。
これが俺の代わりに登校する秘策というわけか。確かに外見は完全に俺だけど……
騒ぎに何事かと天使と狼少女がぞろぞろと様子を見にきた。
「きゃっ、アルフが、二人!?」
「くんくん……匂いで区別、つく。リンコ姉、化けた」
「凄いですねマカミ! わたくしどちらも違いが分かりません」
いや表情とか仕草とかで判断できる筈だ。こんなドヤ顔で自信ありげに腰を手に当てるような態度、とらないから。
「だったらこういうのはどう? エヘンエヘン……おはようハクロ、今日も綺麗だね」
「え? ええっ?」
「毎朝素敵な君の顔が見れるなんて。俺、幸せ者だよ」
突然鈴狐は俺の姿で白鷺の手をとる。声音が男になった。だが、何やらやけにキザだ。
彼女は戸惑いながらも、満更でもない様子で頬を紅潮させた。いや、何か隼手そっくりな言い回しだけどそれで良いのか。
「そうだ。まだ時間があるし、もう少しゆっくり……」
「あ、ああああのダメですよわたくしまだこここ心の準備がまだ」
「コラァー! 俺の姿で何してるんだ!?」
お姫様抱っこをして天使を何処かに連れて行こうとするので制止する。
誰だその垂らし野郎は! 真似じゃないだろ!
だが見た目だけは、確かに俺そのもの。これで行けるか? いや、どうだろうか?
迷っている内に、鈴狐は玄関口で登校の支度をこなし始める。
「え、ほんとにそれで学校行くの?」
「何か問題でも?」
「ボロを出しそうになるのが目に浮かぶんだけど」
「大丈夫。校内の生活はアルくんの肩で見ていたから、学校の人との相関図はちゃーんと把握しているからねぇ」
クラスメイトは勿論、先輩後輩までの関係を彼女が網羅しているのは間違いない。装うことは不可能ではないのだろう。
だとしでも、だ。不安要素が多過ぎるんだけど。
「さて、じゃあ私は行くね。アルくんも仕事に行く準備をした方がいいよ」
「……心配だ」こめかみを思わず抑える。
「信頼してよー、ちゃんと上手くやるからさぁ」
そうして後ろ髪を引かれながら先に出掛ける狐巫女を見送った。
※
雨が降り止まぬ中、傘を掲げて私はその音に負けじと声を出す。
「おっはようダリオー」
「お、おう。なんか普段よりテンションたけーな」
「え? いつも通りだけど」
「そうか?」
「そうだよ」
「というか鈴狐ちゃんはどうした?」
「鈴狐? あー鈴狐ねぇ。実はさぁ、夕べ喧嘩しちゃってね。お互い頭を冷やすのに別行動中なんだ」
「へぇ、珍しい」
よし、いつものようにクラスメイトと合流。それから学園に登校だ。
校内の中で特にアルくんと接触が多いダリオ。彼には怪しまれないようにしないと。
そんな風に気を引き締めて、今度はベルくんとも落ち合う。
「やぁアルフ、ダリオ」
「ベル、先輩。おはようございまーす」
「おはようッス」
「ん? アルフ、鈴狐君は?」
「いやーお恥ずかしながら喧嘩中でしてー」
屈託も無く笑う私を見て、彼女は「ふぅん」と訝しそうな返事。
ダリオまで「なんかアイツ今日おかしいッスよね。悪いもんでも食ったんでしょうか?」と耳打ちしている。丸聞こえだぞこの野郎。
うーんこの二人はやっぱり、アルくんらしい態度をとっても微妙な機微に気付いてしまうのだろう。
でも、大丈夫。見た目が全く同じだから「今日は調子が悪かった」で最悪貫き通せる。暴きようも無いだろうし。
雑談も二人の調子を合わせながら、頷いたり当たり障りの無い返事をしたりして大してトラブルもなく学校には到着。
授業と休憩を繰り返していけば今日は乗り切れる筈だ。後は退屈との闘い。いつも私は話の途中で寝ているからなぁ、起きていないと。
「さーて今日の授業は何だっけ?」
「確か初っ端から……」
「アルフ」
本来ならば学年の違うベルくんとは別れてダリオと教室に移動するところだが、何故か私を呼び止める。
「おお? 何ですか先輩? お昼にまた食堂で会い……」
「ちょっと話があるんだけど良いかい」
直球で面を貸せ、と言われた。
半ば強引に手を引かれ、私はベルくんに連行された。後ろでダリオが「お、おーい」と声を掛けるので「先に行ってて」と手を振る。
誰もいないいつもの空き教室前に行くと、廊下をキョロキョロと見渡す。明らかに警戒していた。
そして入るなり、ぴしゃりと扉を閉めて向き直った彼女は両腕を組む。
「ど、どうしたんですか先輩そんな怖い顔して、せっかくの美人さんが台無しですよ」
「そうだね」
「えーと、授業もありますしー」
「そうだね」
私が言葉を失くすとしばし無言が続いた。彼女の問い詰めるような視線が刺さる。
これは、思った以上だなー……
やがて、向こうが口火を切る。
「ボクには隠さなくても良いんじゃないかな。付近に誰もいないよ」
「な、何の、ことでしょう?」
「鈴狐君」
トドメを受けた。これは後でアルくんに謝るコースか。
「はぁ、うん参った。降参降参」
私は観念した。どろんと一度狐巫女としての姿に戻った。
「どういうことなんだい。アルフはどうして学校に行かないんだ?」
「急なお仕事でね。出席代理」
事情を話す。私がアルくんに成り済まして、休んだという実績を払拭するという経緯を。
一通り聞くと、秘密を分かち合う彼女は溜息をついた。
「全く、君だけを寄越すとは一体どういう神経をしているんだ彼は。危なっかしいなぁ!」
「ええーどういう意味? 良い案だと思ったんだけど」
「簡単に看破されたじゃないか」
「……えへへ」
「えへへじゃない、ダリオだって怪しんでいたぞ」
とっても憤慨しているベルくん。
「そこまでして出席率を気にするものかい。彼、普段からちゃんと授業に出ているんだから一日くらい全然問題無いだろうに」
「真面目なんだよ、アルくんは。予定をどうにか調整しようと頑張って悩んでいたからさ、私も力になってあげたかったの。そんなに怒らないであげてね」
でも、アルくんのことを慮って怒っている。しっかりしないと駄目だという意識に駆られての感情だろう。
「別にボクは構わないけど、あんまりボロを出しそうな有り様だと見ていられないんだ。ハラハラさせないでくれ」
「うん。何とか乗り切るさー」
やっぱりアリかな……私はそう思い、試みることにした。
「今日だけは協力するよ。まぁそうは言っても、最低限のラインを守れるだろうからアルフは任せたのだろうけど……ん?」
「それよりーねぇ、ベルくん」
私は今一度アルフ・オーランの制服姿に化けた。
そのままずいと、目を白黒させる壁際のベルくんに近寄る。
「……何、だい?」
「先輩」
声音を限りなく優しく、紳士に、そしてちょっぴり美化させて呼んだ。
「大事な話があるんです。聞いてくれませんか?」
「リ、鈴狐君? これはいったい」
「んふふー、シミュレーションかな」
「はぁ? どういう意味——ッ!?」
彼女の顔の横で壁に手を付いて、微笑を浮かべてじぃっと目を合わせた。
青い目と銀の髪、目が覚めるような整った容貌は、私から見ても惚れ惚れする。
「ああ、やっぱり綺麗です。間近で見ると、より一層」
「わ、悪ふざけはよしたまえ。鈴狐君」
「可愛い」
「……さては、誤魔化すつもりだね。その手には――」
「頬か首筋でもいいから、その白い肌にキスして良いですか?」
「ふぇっ!?」
囁くような一言で、あっという間に顔を真っ赤に染めあげ、口元をひきつらせるベルくん。
効果覿面。やっぱりアルくんのビジュアルで迫ると、照れるんだねぇ。
互いの距離が目と鼻の先まで近づく。
「……やめ、て?」
目を逸らし、しかし迫るこちらをチラチラと見た。
「あ、ほんとにその上目遣いヤバい。それやったらイチコロかも」
「もう、からかわないでくれ……アルフは、ボクにそんなこと、言わないぞ」
「分からないぞぉ、アルくんって結構大胆だから。ハクロもそうやって契約したんだし」
「え、あの白鷺さんと契約……? それは、けしからん。実に、けしからん」
「妬いちゃった?」
「どうしてそうなるんだっ!?」
もうトマトみたいになった彼女から私は離れる。ちょっと確かめる為にからかい過ぎた。
でもこれは脈アリ、だねぇ。
「あはは! 大丈夫大丈夫、私達精霊獣はノーカンノーカン。だからアルくんと今後もよろしくしてあげてね。応援するよ」
「……言っている意味が分からない。大きなお世話だぞ。やっぱり今日のフォローは無しだ」
壁に追い込まれたままちょっぴり拗ねてしまったベルくんに謝っていると、ドタバタと物音が廊下から近づいてくる。
「こっちだァああ! 朝っぱらからピンクのフェロモン悶々放出しやがってェ! どこのどいつだゴラぁ!?」
「巳縄! 待って巳縄ぁ!」
引き戸を音を立てて開き、教室を解放したのは人ではなく白蛇だった。
見覚えのある精霊獣と、遅れてその契約主が私達の前にやってきた。
「あ」
迂闊な点は二つ。
一つはベルくんがまた施錠を忘れていたこと。また鍵掛けそびれた。
もう一つは、この態勢のまま茫然としていたこと。
壁に手をついたアルくんとしての私と、そこで縮こまって赤面が冷めやらぬベルくんがいたこと。
これはもう、誰が見ても怪しい光景だ。
あの色欲蛇の捕獲用と思わしきポリ袋を落とし、女生徒ティナは口元を抑えた。
「アルフくん……! 先輩……! そんな仲だったの……!?」
「あーティナ君。違う、誤解だ。これは何というか」
「でもだって、アルフくん、人に興味がないって……」
「ええいそんなこたぁどうでも良いんだぜハニー! コイツら登校早々から盛ってやがるんだぜ? ふてぇ奴等だぜ? 許せね……おッ?」
ミナワが、私の方を見てチロチロと舌を動かした。何かを嗅ぎ付けたように見えた。
ヤバっ、これは気付かれる。
「おや、おやおやおや? これはどういうこったオメー? 野郎の癖になーんか甘い匂いぷんぷん匂わせてんなぁ。まさかこっちの男装ちゃんと一緒だったのか? 知らなかったなぁ!」
「き、気のせい気のせい。さぁ、授業が始まるよ」
「なら身体に直接確かめてやらぁ! 両手に花ゲットぉォ!」
蛇だけど! と、投げ縄みたいに白蛇の魔手が飛び出す。巻き付く気だ。
しかしそうはさせない。首元をキャッチ。次いで胴体を抑えて絡み付くのを阻止した。
それからそのままぐるんと投げ回す。狙いはちょうど開閉されていた窓。
此処から地上にはそれなりの高さがある。でも、精霊獣なら大事に至るまい。
「そぉい!」
「ありゃぁあああ!? 皆がはなれてくぅううう!」
雨空の中を舞い、ひゅーっとうねるミナワの胴体と絶叫が降下していく。
「あぁ! 巳縄ぁ!?」
「……はぁ、ほんとにフォローすると疲れそうでやだなぁ」
そんなこんなで朝は乗り切った。アルくん、私頑張るよ。




