ライアン先輩の挑発。嫌な人は何処にでもいる
大柄な彼は一つの空き椅子にどっかり座り込んだ。
短い金髪に彫りの深い顔。そこに三白眼が加わった人相は見るからに野卑な雰囲気を内包した生徒だった。
「またなよっとした奴が入ったなぁ。退魔士希望だって? もやし君」
もごもごしていた鈴狐の口が動くのを止めた。すぐに俺は対応を切り替える。意識をこっちに向けさせよう。
「2年のアルフ・オーランです」
「3年、ライアン・レイヴェルト。フルネームで名乗りゃぁどんな素性か分かるよな?」
「確かレイヴェルト家といえば、有数の財閥で有名でしたね。そちらの御子息さんでしたが」
御曹司という言葉に似つかわしくないその筋骨さは、シャツを着ていても窺える。好戦的な人種だ。
「そしてシェークリアも良く知ってるぜ? 古臭い英雄の名声に未練がましく縋りついてる骨董家系。テメェそこの家のもんなんだろ?」
「よせよライアン、彼は今日来たばかりなんだ」
「だから挨拶に来てやったんだろ。可愛い後輩には色々教えてやらねぇとな」
どうやらこの先輩は俺を値踏みに来たようだ。
まぁそこは良い。尊厳を踏みにじられたぐらいじゃ動じる程でもない。
でもどうしてこの人はその精霊獣の前で導火線に火を点けるんだ! 持っていた小狐のスプーンがピクリと反応している。そこばかりに意識がいって気が気ではなかった。
向こうにはただおどおどしているように見えているのか、無法者ライアンは続ける。
「それで、そのオーランって姓名はどういうことなんだ?」
「それはまぁ、色々ありまして」
「何で家出なんかしたんだよ」
「……退魔士に、なりたいからではいけませんか? 家によっては何分しがらみがありますからね」
「そんな精霊獣と契約して退魔士ィ? どう見たって低位も低位の雑魚じゃねぇか。随分笑わせてくれるなァ」
根掘り葉掘り人のプライベートに踏み込んできた挙句、一笑に付した。
俺のことならいくらでも虚仮にしてくれて構わない。でも、コイツは育ての親にまで侮辱し始めた。
「なぁもしかしてよ、下等な精霊獣なんざ呼んだから無能に見られて家系から外されたんじゃねぇか、だからオーランって姓名なんざ名乗ってるんだろ? 家出じゃねぇ、勘当だろぉ?」
「あまり当て推量な妄言は口にするべきじゃあないな」
先輩が口を挟むと、大いに機嫌を損ねたのか怒気を露わにする。
気性が、荒過ぎる。
「黙れ男女。男の話に割って入ってくんじゃねぇ気色悪ぃんだよ」
「その言い方は傷付くな。品を持ったらどうだい、素行不良なお坊ちゃん」
「あ?」
「聞こえなかったのか? それとも1回では理解できるほどの学びが無いのか?」
カッと、ライアンが情動に動いたのが分かった。いきなり立ち上がって俺達のテーブルに手を掛ける。
合わせるように俺も席を立ち、両手を伏せて机を抑え込む。ひっくり返そうとするのを妨害した。
「すいません、俺の精霊獣がいるのでそれはやめてください」
「……ぬ……ぐっ……?!」
ビクともしない軽机を躍起になって起こそうとする男に俺は続ける。体格にも多少自信があるようだが、無駄な筋力ばかり付けたものだと思う。
プロテインと重りをひたすら持ち上げて作り上げたのであろうその肉体は、人の出せる全力を殆ど発揮出来ていないと思う。力の捻出の仕方を学んでいない証拠だ。
人は本来の筋力から繰り出せる力に対し、大幅なセーブが掛けられている。それは自分の身体が壊れないように本能的な働きがあるからだ。
俗世から離れた修行の中で、別に鈴狐からは神通力とか人並み外れた力を与えられたとかそんな特別なことはされていない。
ただ、その人間の枠での力を存分に発揮しても壊れない為の土台と、筋肉の収縮や骨の動かし方といった、負担を減らした上で最大限に腕力を引き出す技術を俺は教え込まれた。
「あと、鈴狐を雑魚だの下等だのと言い捨てたこと。先輩の蔑称を撤回してくれませんか? こんな机に八つ当たりなんてしてないで、お願いしますよ」
「テ、メェ……舐めた真似……」
「そして、失礼ながら高貴な立場だというのならもっと相応の振る舞いをしてください。初対面の相手に此処まで無礼の数々を平気で行い、暴力にまで頼り出す。かなり前なのであやふやですが、格位のある立場の人間は常識として礼節を重んじていた記憶があります。少なくともアンタにはそれが微塵の欠片も感じられない」
滔々と、俺は机を下に押し付けたまま言い放つ。彼の見掛け倒しの筋肉が、指摘された通り細い身体から繰り出した地力で手も足も出させない。
「年下の新入りが出過ぎた発言をしました。ところで、ランラン・レイヴェルト先輩。まだ続けますか?」
「……くそ、ライアンだッ!」
息も荒く乱暴に机から手を放す先輩。忌々しそうに俺を一瞥する。完全に敵として判別された。
「撤回しろライアン。彼と鈴狐君に謝れ」
「事実を言って何が悪ぃんだよ」
「憶測で物を言っておいて正当化するのか」
「なら疑われるようなのが問題だろうが」
「お前……! 本気で言っているのか」
「文句があるなら違うと証明すりゃ良いだろ。それとも何だ? テメェのイルカが代わりに闘るか?」
ベル先輩の精霊獣は話を聞く限りでは戦闘に秀でたタイプではない。知っててそんな挑発を投げ掛けたんだ。
「おい、明日学年合同で精霊獣持ちを集めて授業をやるのは知ってるよな? 対荒魂の訓練として精霊獣同士で試合を行うんだぜ。志願者達が優先的にやるんだよ。自信があるなら、真っ先に俺の精霊獣と対決しろ。申請が通りゃあ学年差なんて関係ねぇからよ」
「それは、決闘ということですか」
「ああその通り」ニタリと、ライアンはほくそ笑む。全く負ける要素が無いと見越した上での返答。相手を見下せる程度には、力のある精霊獣を所有している自信の表れか。
受けて立つのは合理的ではない。その結論は既に出ていた。
悪目立ちはするし、素性がバレるリスクも被る。雌雄を決して得るものはどちらもただの尊厳の保持しかない。
「こんな安い挑発に乗せられるなアルフ君。冷静になろう」
「おおどうした? やらねぇのか? 退魔士志望が聞いて呆れるぜ」
それでも譲れなかった。二人を侮辱したこと、しっかり謝らせたい。
鈴狐が頷いた。俺の意志に委ねている。
「良いですよ。お受けします」
俺は端的に了承。隣でベル先輩が早まるなと諫めるが時すでに遅し。
「言ったな? くはは確かに言ったよな? この期に及んで尻込みすんなよもやし君」
そう言い捨てて大男が高笑いしながら踵を返した。
食堂で事の行く末を見ていた外野はざわつく。「マジか」「新入生がライアンに啖呵を切った」「明日決闘だってよ」といった感じで。
「君という奴は」
「ごめんなさい編入早々に」
「それはボクに対して言っても仕方ない。勝算はあるのかい」
「どうでしょう」
「あの男の精霊獣、言うだけあってこの学園でも非常に高い戦闘力を誇る。一部の教員でも敵わない程度には強いぞ。負け戦に向かうのを分かってて見てはいられないよ」
周囲への公開処刑になるとベル先輩は断定する。こちらの味方でも、きっと勝てるよとは言わないくらいには現実を視野に入れていた。
「やるだけやってみますよ。ダメだったらダメで、俺は向こうの言い分を素直に認めます。その時はベル先輩にも謝りますね、貴女への汚名を払拭出来なかったら申し訳ない」
「この期に及んで、ボクの心配をしている場合か」
少し呆れた調子で、ベル先輩は苦笑する。
騒ぎが落ち着いたからか、溜め息を吐いて胸を撫で下ろす。
「……ああ、野蛮な状況には慣れていないな。少し怖かったよ」
「俺もです。荒事は好きじゃありません」
「ライアンと涼しい顔で力で張り合いながらよく言うよ。どんな鍛え方したんだい。あの体格に一歩も譲らないなんてさ」
「私が鍛えたからね!」鈴狐が胸を張って名乗り上げると、ベル先輩は小さく噴き出した。冗談だと捉えたらしい。
やがて吹っ切れたのか先輩は俺の健闘を仕方なしに見守る事を決めた。
「せっかくだから賭けをしようじゃないか。もし君が敗けたら、傷の舐め合いとして友人になろう。勝てたのならあくまで先輩と後輩の関係。その方が気が楽になるだろう?」
「いえ、条件を変えてくれませんか」
「おや、何か不味かったかな」
「俺が勝ったら、親友になるというのはどうでしょう」
「何だそれ」
「だってせっかく挑戦するならその方が良くありませんか」
「……君は面白い奴だな」
挑戦的な持ち掛けに、良いよと彼女は二つ返事をする。
放課後、都市の帰り道に俺の行く手に立つ者がいた。赤髪のポニーテールの女子生徒、妹である。
何やら長い荷物を肩に提げていた。何かの部活で使う道具だろうか。
「アリス?」
「先輩と編入早々に精霊獣同士の対戦するんですって?」
「まぁ成り行きで」
「呆れた。勝ち目あると思えないんだけど。アイツの精霊獣はアンタのより何倍も体格はあるし並みの生徒じゃ太刀打ち……」
何故だか分からないが、彼女は呼び止めた俺と話し込む。まだ許しがたいと思っている筈なんだろうけど。
もしかして、と俺はふと浮かんだ疑問を口に出す。
「心配してくれてるの?」
「何でそういう話になるの! 見ちゃいられないって話! 校内でも身内として認知されている以上、アンタに余計な事されるとこっちの肩身が狭くなるって事で怒ってんでしょうがっ!」
噛み付くようにアリスは迫った。凄くムキになった。
「つまりシェークリアの出だってことも周知されて、あのレイヴェルト家とやり合うっていうんだから単純に負けただけじゃ済まないの。それ分かって受けたんでしょうね? 初めから負け戦のつもりなら、私が出る」
「待ってよ、アリスを巻き込むわけには」
「今言ったでしょ。家ぐるみでの喧嘩なら、強い手札を繰り出すのは当然じゃない。私の精霊獣の方がまだ勝ち目がある」
まさかの交代を名乗り出た。俺ではなく、アリスの精霊獣が闘うと。けれども俺は彼女がどんな精霊獣を所有しているのか知らない。
会話の途中、絹を裂く悲鳴。
立て続けに街中で騒ぎが巻き起こる。俺達の意識が逸れた。
「何だ?」
「まさか、また出たの……!」意味深な独白を漏らしたアリスは、迷わず騒ぎの方へ走り出す。
騒動の渦中に自ら飛び込んでいく妹を放っておけず、俺も現場に急いだ。




