隼手のお土産話。失踪、挑戦状、乱入
「失踪?」
「ああそうなんだ。とりわけ実力のある精霊獣達が、精霊界側で次々と消息を絶っているらしい」
『北斗』の社長室になんやかんやで引き入れられた隼手が話したのは、現在精霊界で起こっている異変の概要だった。
「『風牙』や『墨塚』、『蹄蔵』といった小コミュニティから大規模な勢力までね。何の前触れも何の用件があることも残さずにいなくなり、戻ってこないそうだ。これがただの召喚の成立であったのなら幸いなんだがね」
上位の格位を主とした精霊獣の性質上、召喚の呼び出しに応じることは少ない。
何故ならば既に成熟した個体では人間との契約による成長を促す恩恵は、あまり見込めることが出来ず旨みが少ないからだ。
「しかしこちらに事情を求めるということは、いなくなった彼等は皆こちらにやってきていると踏んでいるのでしょう。人間界と精霊界を渡るには、互いを結ぶこのエレメアにある転移門と相応に力量のある精霊獣による空間移動、そして召喚……この中で一番その線が濃厚なのは最後です」
「鋭いね、流石だハクロ。因果関係を彷彿させる事例として観測されたのは、行方が分からなくなった精霊獣の内、我々を契約を結んで人間界に呼び出される現象……つまり召喚が一方的な状態で執り行われているという報告くらいだろう」
「精霊獣の同意を無視してですか」
「見た者の話では、当事者が拒否を示していようとも引き摺り込まれて行った、とね。嘘か本当かは定かでないけど」
心当たりはないかい? という問いかけに、『北斗』の社長も素直に首を振る。此処のところ精霊獣に携わった事件は減少傾向にあった。
つい最近までは多発していた荒魂の暴走も、夜兎という元英雄精霊獣が引き起こしていたものと断定されている。彼女の目的は分からないまま。
そんな表立っての行動を控えてか、もうその必要が無くなったから起こさなくなったからなのかは定かではない。
「ところでさ……そろそろ離れたらどうかな」
「何故でしょう」
「それはもちろん、ボクが目の前にいるからさっ。……頼むよォもう見せつけるのやめてくれよぉ。悪かったからさぁ」
「正直、それには同感したい……」
「駄目ですよアルフ、また拉致されてはたまりませんから」
俺がそう言ってもソファの傍らにいる天使はプイと顔を逸らしながら余計腕に絡み付いた。話を聞く間もベタベタにくっつかれていた。
「……どちらにしたって、それは大丈夫だと思う。この人なりに元々は白鷺を助けたくてあんな強硬手段に出たんでしょ? 」
「分かってくれるかい人間の少年」
「ただ、俺の名前は『人間の少年』ではないんで」
「これは失敬……ところで、何て名前だっけ?」
「やっぱり鳥頭じゃん……」
肩にいる小狐の溜め息に「ハハハ、いやはや面目次第もございません。よもやしんめ……リンコ様のご契約された人間であったとは思いも寄らず、度々危害を加えてしまったご無礼を此処にお詫びしたいことも含めてこちらに……」とあからさまに腰の低い姿勢をみせる鳥人。俺の知らぬ間に何かあったのだろうか。
今回はその件についての詫びも兼ねて彼は訪れた。彼等の戦力も今後有事の時には要請して欲しいと申し出たが、白鷺はにべもなく断る。
まぁ何にせよ、事情も事情で向こうも敵意が無いようだし恩情的な対応でいることは俺達側としての結論だった。
「あ、そうだ」
言って隼手は机に名刺サイズの紙を置いた。
黒を基調としたそれが、細かい文面の書かれた招待状であると目を落として把握する。
「この都市にある地下闘技場で近日、精霊獣や退魔士をメインとした試合を行うらしいんだ。『北斗』にも届いていないかい? 最近裏の世界じゃホットだよ」
「いいえ。それはどちらからですか?」
「……えーっと、企業のジェ……何だったかなぁ」
「おい鳥頭」と一同のツッコミが重なる。
「でも、精霊界にある『破軍』にまで届けるなんて随分熱心だったよ」
俺達は顔を見合わせる。聞き慣れない話だ。
というか、エレメアにそのような場所があるのは初めて聞く。
多分公には認知されていない、裏社会とかそういう世界の娯楽場か。
聞けばそこで賭けられるのは資産やファイトマネーだけでなく、契約者による精霊獣の譲渡といったものが行われているようだ。
「ふーん。感心しないねぇ、精霊獣を賭け試合に利用するなんて」
「リンコの言う通りです。ただでさえ精霊獣の力は兵器という側面になりうる危険性があるというのに、非合法とはいえそんな催しをこちらは容認出来ません」
特に『北斗』は依頼を受ける際も荒魂と精霊獣に携わる事態に対して動くようにルールを設けており、軍事的な活動には参入しないように徹底していた。
「挑まれた以上は、受けて立たないとね。良ければ見にくるといいよ、その伝手なら通してくれるからさ」
そう言って隼手はウインクする。『破軍』もお呼び出しがかかっており、それは挑戦状であると受け取って応じる気だ。
「たった三人に攻め入られて平伏した癖に」
「それは言わない約束です! そちらが異常過ぎるんだ。特に、君」
示唆したのは、ソファの反対にいた俺。
「精霊獣と生身でやり合える人間なんて一握りなんだ。あの時は本当に気圧されたものだ……でも今はまるで別人だね。イカルガを降したとはとても思えないよ」
「運が良かっただけだよ。実力はあっちの方が完全に上だった」
「だとしても、人が上位精霊獣と渡り合えること自体が常軌を逸している。良かったら君も一緒に出てみないかい?」
「アルフを悪い道に引き込まないでくださいっ」
「冗談だって。そう怒らないでよ、そんな顔も可愛いけど」
色んな情報を土産にやってきた彼との会話の途中、デスクの置き電話から着信音が鳴る。
自社内線の呼び出しだった。立ち上がった天使がボタンを押しに行き、繋げる。
「どうしました?」
『社長、ちょっと下のエントランスでトラブルです。部下では手に負えな――』
何かが壊されたような物騒な物音と悲鳴。救いを求める声に俺は立ち上がる。
「先に見てくる」
一緒に出ると怪しまれる為、時間差で社長室から急行する。
エレベーターを利用するより早く駆け降りた先、現場の物音が近づいてきた。
机や椅子といった備品が台風でも入り込んだように散らかっている。エントランスで社員や退魔士達が集まっていた。
「ジルバ……さんっ」
人だかりが開けた中心ではスーツ姿の初老の男が床に伏していた。
それを見下ろすのは『北斗』に属していない人物。ジャケットのポケットに手を入れ、すらりと伸びたジーンズは副社長の白髪頭を厚底ブーツ越しに踏みつけている。
俺と同じ黒髪に、ナイフで切れ込みを入れたように鋭い双眸はカラスを彷彿させた。
同年代と思しき男は、低い声で言う。
「天朧は何処だ」




