ジャックとの対面。英雄の定義
平日であれば『北斗』に向かう白鷺にはリムジンの迎えがくるところだが、同じく出社する俺との同伴を強く望んだ。
契約しておきながら普段俺達と自由に出歩く機会がなかなか無かった彼女がそうしたいと思う気持ちはなんとなく分かる。
だが、会社の前で同じ車から降りる所など見られるわけにはいかない。絶対怪しまれる。
「ちゃんと行くからさ、時間をずらして行かないと不味いって」
「嫌です! せっかく一緒に行けますのに。そうやって周囲の目ばかり気にして、徐々に遠距離交際みたいになり始めた挙げ句、疎遠になってしまったらどうするんですか」
「ならないよ! 変な方向に考え過ぎだぞ」
結局、折衷案として徒歩での移動になった。何処で身内の人に見られるか分かったものではないので、小鳩の姿に変化して貰う。
そうした経緯によって、俺は肩にそれぞれ鳩と小狐を乗せる形になりながらも外出する。傍目からすればなかなかシュールな光景だろう。鈴狐があまり注意を惹かれないようにおまじないを掛けているようだけど。
左右から挟まれて他愛無い雑談を繰り広げながら、街中を歩いてゆっくり『北斗』を目指す。本来は仕事ではなく、忘れ物があった上で少し立ち寄るだけの野暮用であるからだ。
その途中、ふと思いついた案を彼女に投げ掛けた。
「真噛みたいに、移動の時は中に入れば良かったんじゃないかな」
「それは、難しいかと思います」
「というか出来ないんだよねぇ」
出来ない? と尋ね返すと、彼女達はその疑問に答えてくれた。
「天上位のわたくし達は契約主の中に帰属しようとしてもすぐに弾かれてしまうんです。詳しい理由は分からないんですけれど、色んな推論があります」
「精霊力として一度分解して人間の身体に入ろうにも天上位のレベルになると飽和状態になってしまうとか、自己回復力で精霊力を補えてしまって殆ど契約主からの供給が不要になってしまった影響とか、色々あるよ」
「故に普段から独立して行動せざるを得ません。アルフの中に居られるのは、上位の格位であるマカミだけですね」
「じゃあ鈴狐がずっと外にいるのって、そういう理由があったからなんだ」
「そうでなくても見守る為に出来る限り外に出ちゃうけどね♡」
「過保護な……」
つまり現在物理的に一心同体でいられるのは狼少女の特権である。これを聞いたら彼女はふんすと鼻息を鳴らしそうだ。
近くの公園に差し掛かったところ、ベンチを通り過ぎる際に何かが靴に当たる。
こぼれ落ちたと思しき一枚のプレイングカードが風に沿ってぶつかってきたようだった。
「おっと」
近くにいた落とし主は腰かけていた席を立って、こちらにやってくる。
冴えない顔をした眼鏡の中年男性だった。チェック柄のラフな私服が公園と相まって、のんびりと休日を満喫しているサラリーマンのようである。
「すまないね。僕の手持ちが悪さをしたみたいで」
「いいえ、どうぞ」
拾い上げてカードを手渡すと、男は絵柄をしげしげと眺める。
「スートはクラブ、そして絵はキングか……奇遇だなぁ」
「はい?」
「いやいや、何でもないよ。……ややっ」
こちらの顔を見るなり、少し芝居がかったような驚いた反応を見せて男はたじろぐ。
「もしかして君はアルフ君かいっ。大きくなったなぁ!」
「すいません、どちら様ですか」
「ああ、覚えていないのも無理はない。君と会ったのがもっと一回り以上も小さかった時以来だからね。ゼムナスさんが君を公に出すことが無くなったからどうしたのかと思ったよ」
どうやら、彼は俺の父にあたるあの男と関係を持つ人物らしい。
朗々と話しながらも、こっちの目をじっと見ている。
「僕はジャック、ジャック・ヒューリー。遠縁ながらシェークリア家と関係を持つ者さ」
「は、はぁ。そうでしたか。どうぞよろしく、ヒューリーさん」
実家絡みという苦手意識からあまり乗り気になれないながらも、求められた握手に応える。両手で包むようにガッシリと手を握ってきた。脳裏にはその心理として情熱的でリーダーシップを持つタイプであるという知識がよぎる。
反面、親しげに見せかけて支配的な態度の表れでもある。
「お父上は元気? お兄さんは最近繁盛しているみたいだけど」
「どうでしょう。長らく別居しているもので」
「そうなんだ。今何をしているんだい」
「エレメア学園に通っています。学生寮を借りていまして」
ついこの前に退き払ったことは言わずに答える。
「そうだよね、その年齢ならまだ学生さんだよね。へぇ、よく許して貰えたね」
「と言いますと」
「エレメア学園といえば退魔士養成と精霊獣との共存に力を入れている学校じゃないか。退魔士嫌いのゼムナスさんが、そこに入れたがるとは思えなくて」
「そう、ですかね」
退魔士嫌い、と聞いたがそれは違うと内心否定する。
あの男は自分が退魔士としてなり得なかった立ち位置を後追いする俺を憎んでいただけだった。妹のアリスだって、普通に入学している時点でその前提は当てはまらない。
「じゃあその二体の精霊獣は、君の」
「ええ、はい。複数ではありますが契約を」
「デデポー」
「こゃーん」
それぞれの鳴き真似を聞き、あれ? と疑問に思う。
紹介の際に鈴狐が狐っぽく鳴くなんて初めてだった。会話が出来ないと見せかける意図にはすぐ気付くが、何故? 警戒しているのか?
とにかく、それに合わせておこうと心掛ける。何かしらそうする必要があるのだろう。
「複数かぁ、随分可愛らしい。格位は低位だろうけど、実戦的にはどうだい?」
「見ての通りとだけ、ご想像にお任せします」
下馬評の意見を求められるような言い方に俺は曖昧な返事をする。何かを採点されているみたいだった。
こちらの思考を悟ったのか、慌ててヒューリーさんは手を前で振った。
「ああごめんよ。君は何分期待を持たれていたから、僕もついね」
「シェークリア家、としてですか?」
「そう。かの名立たる英雄……アルファロンの血筋、そして同じ髪と目の色。一部では英雄の再誕とまで評されていた」
「過去形ですね」
「家督をお兄さんが継いでしまったからね。周囲というものは熱しやすく冷めやすいものだ。悔やまれるよ。少なくとも中位の精霊獣と契約できるだけでも、評価は保たれるんだけどね」
「いえ、それで良かったと思っています。兄の方が俺以上に適任です」
「けれど、それで期待されていた方が何もなく終わってしまうなんて決めつけるのは早くないかね」
そう言って眼鏡の奥が光る。
「アルフ君に問おう。君にとって英雄とは何だい。僕は思うんだ、このご時勢、人々を政略的な側面以外にも先導する人物が必要なのだと」
ヒューリーさんは突然、そんなことを訊ねてきた。
「一口に英雄といっても、色んな方向性がある。たとえばどんな怪物を相手にも立ち向かえる蛮勇のことかな? それとも人々を危機から守る為に身を呈する世間の味方? スポーツ選手だって国にとってはそう呼ぶだろうし、世の過ちを正す為に反旗を翻す革命家も当てはまるかもね」
英雄の定義は千差万別に備わるだろう。彼には、何かの理想像があることがうかがえる。
「是非意見を聞きたいな。何せ君も、かつての英雄の血を引く子孫だからね」
「えと、考えたことも無かったです」
たどたどしくも、俺は回答する。具体的にそんな詳しい定義を議論することも初めてだ。
あのアルファロランが成し遂げたように、自分も何かしらの偉業を果たし、自らの存在意義を得たくて鈴狐と目指したものであった。
だが、俺を切り捨てたゼムナスの根本的な情緒を知った今や認めさせる理由も必要も無くなってしまった。
もはや自身を英雄たらしめる為の動機は無い。でも、憧れだけは残っている。そして、身の周りには後押しする者達もいる。
俺は、鈴狐が導く覇道を目指すと決めているんだ。
「でも誰かがそう信じるならその相手が英雄なんじゃないかと思います。大衆に知らしめなくてはならない、世間に認められなくてはならない。それが全てとは思いません」
「……ふぅん」
ほんの少し、ヒューリーさんの相槌からトーンが落ちた気がした。
「君は謙虚を美徳と考えるタイプなのかもね。それもまた趣があると解釈しよう」
「ヒューリーさん?」
「君はまだ若い。倍は生きている僕から人生のアドバイスだ。これから先も色んな壁や障害にぶつかることだろう。再び試されることだってあるかもしれない」
試される? 何の話だろう。
彼の上着から、音楽が鳴った。着信音だった。
「ゆめゆめ、挫折を経験してもそれが世の終わりじゃない。僕は乗り越えてほしいと思っている……ちょっと失礼。はい、どうしたんだい? まだ着いてない? 今何処に? ……逆方向じゃないか。ああもう全く、分かったよ、うん待ってて、しょうがない僕が案内するよ。だから一人で大丈夫かと……はいはい悪かった悪かった。とにかくそっちに行くから」
ほんの少し通話した後、向き直った彼は愛想笑いを浮かべる。
「連れが迷ったみたいでね。僕はそろそろ行くよ」
「はい。またご縁があれば」
「うん、またね」
そう言って彼が立ち去った後、肩の白鷺が言葉を発した。
「少し変わった方でしたね。一体どんなお仕事をなされているのでしょう?」
「さぁ。でも、何か妙な感覚だった。まるで医者と患者で診療してるみたいな感じ。鈴狐もそう思わない? リ、ン……!」
返事のない小狐を見るやぎょっとする。
肩にいた彼女の体毛や尻尾が、普段と比べ物にならない程に膨れ上がっていた。逆立っていた。
まるであまりに警戒した野生動物のように、鈴狐の様相は一変している。
「お願い、アルくん」ようやく口を開いた彼女から、ポツリと言葉が漏れる。
もう姿も見えないヒューリーさんの行く手を、未だに睨んでいた。
「あの人とはもう関わらないで、お願い」
「リンコ、どうかしましたか?」
初対面の穏便な人付き合いで、鈴狐が此処まで否定一色に制止したことなんて今までなかった。それだけ、あの人に底知れぬ何かを感じたのだろうか。
「ハクロも、あの男にアルくんを関わらせたらダメ。アルくんを間違いなく不幸にする」
「鈴狐」
なだめるように、手を置いた。強張った小さな身体を何度も撫でる。
「分かったよ、そこまで言うなら避けるようにする。何か事情があるんだね」
「うん。あの目……そうに違いない……アイツは、あの連中の……」
「言わなくて良いよ」
凄く辛そうだったから、俺も深くは追求しない。彼女の気分を変える為にすぐに『北斗』へと足を運ぶ。




