番外:羅角と水蛇のお電話。脅威と優位の綱渡り
「……と、いうわけで今回は収束を迎えたと見て良いでしょう」
『良いでしょう、てなぁオイ』
「何か問題がおありで?」
電話の向こうでは子供にしてはやや粗暴さがうかがえる声が難色を示している。
理由は明快。結果の報告の中で、相手にとって望ましくない情報が入り混じっているからだ。
『オレは余計なことすんな、って言ったよな? 蛇足だと釘刺したのによ』
「ええ。ですから顔は出しましたが、尻尾は掴ませてはいない自信はありますので。あと、ワタシちゃんと龍の状態でも足ありますよ?」
『やかましいぞミズチ! 一歩間違えればテメェだけでなくこっちまで巻き添え食う可能性もあったのに何危ねぇ橋渡ってやがんだ!?』
噛みつくような勢いを見るに、向こうは相当おかんむりだった。当人としては死活問題であるから無理もない話ではあるが。
『あのアホ狐もいつもはお茶らけているがとんでもなく勘の良い奴だ! 言葉尻ひとつで素性を看破されてもおかしかねぇ! しかもアイツは「神命」の獣の血を引いてるから場合によっちゃぁ――』
「落ち着きましょうラカク様。そちらにとっても非常にファインプレイと賞賛すべき判断であると存じていたのですよ。確かにリンコ様はげに恐るべき御方でした。ワタシの能力でなくては此処にいたかもわかりません。生きた心地がしませんでしたね」
『口封じにそのままくたばればよかったのに』
「ご無体ですねぇ。しかし恐らく、手加減の意図も感じられました。一つ間違えれば生け捕りにされて吐かされていたことでしょう」
淡々としながら続ける。
「それにワタシが現れるまでに拝見したリンコ様のご様子は、明らかに元凶に星を付け始めた段階でしたよ? 無論、それが誰に向けてかはお分かりですね? 何せハクロ様の問題を『破軍』に告げ口する前提として、彼女と面識のある者の中から疑いが掛かるのは至極自然な流れですから」
息を呑む音が、ハッキリ伝わった。
「それだけのリスクを冒しただけあって、貴方に振りかかったであろう疑惑の目を見事逸らせたのではありませんか。でなければ、今頃貴方の元に彼女が押し掛けて大騒ぎになっていても不思議ではありませんよ。ワタシが緩衝材になったこと、本当に過ぎた真似でしたかね?」
『ぐっ』
「今回のマッチポンプでラカク様単身でも立ち回れたのならワタシ、使い走りにする必要ありませんよねぇ」
まさか、龍と鬼が手を組んで今回の問題を誘発させたとは、如何に狐巫女であれ想像だにしなかっただろう。
龍はあくまで『破軍』を唆す役。鬼は事件の様相を理解させて解決するように導く役。
白鷺という精霊獣の中に根付く問題を取り去らう為に、こんな茶番劇を仕向けたのだ。
『……あーくそったれ、分かった。今回は褒めてやる。次からはマジで手前だけで綱渡りしろよな』
「ありがとうございます。しかし、仰る通り勘の良いリンコ様に対して危険な綱渡りをしてまで踏み切った動機とはどんなものかお聞きしたいものですが」
『決まってんだろ、戦力強化の頃合いにちょうどよかったんだよ』
「本当にその為にこんな回りくどい手段を? てっきり坊っちゃんに可能性を見出し、ハクロ様を託したのだとばかり」
『そんなんじゃねぇよ。ただ』
「ただ?」
オウム返しの後の返答には、間がある。
『ハクロの奴がいつまでも過去の執着で二の足踏んでるのに焦れただけの話だ。で、小僧にはただ白羽の矢が立ったまで。誰でも良かったんだよ』
「ほぅほぅ。誰でもと言いましても、よほど限定された選り好みに見えますがねぇ」
『言ってろ。食えない野郎だ』
「鬼を差し置いてそれは心外。伝聞ですが彼等は人を食うとい……」
『それ以上は言うなよ?』
忠告の声音は平坦そのものだ。
しかし聞いた途端、距離が離れているにも拘らず勝手に身体が強張る。
地雷を踏んだ。
『言葉によっちゃ三秒後にそこに行く。マジで考えて発言しろ』
「鬼門渡行、ですか。対象との間に具現化した鬼門を開いて瞬間移動をするというやつですね」
それは恐ろしい、と心の底から口にした。この鬼も狐巫女と同様、敵に回すことは自殺行為も同然だ。
だが、発動には条件もある。諸々の条件を達成することでそれは開くことが出来ると聞いている。
そのひとつには仲間、あるいは下僕といった陣営としての枠組み同士でしか行えないということ。つまりは味方と見なされていると好意的な解釈も出来る。
「確かに失言が過ぎました。お詫び致します」
『ケッ、気を付けるこったな。まぁ良い、とにかくそっちが指示に応えたからにはこっちも取引に応じてやる。要望は確か』
「ワタシの契約主は精霊界のパイプラインを繋ぐ上での安定を要望しておられます。具体的には障害が差し迫った際の後ろ盾、恐らく近い内にも要請が求められることになるかと」
『ああそうだった。頼んだからには筋は通してやらねぇとな』
話がまとまりかけたところで、
『マスタァああああゴルァアアアアアアアア!』
『どぉっはぁ!?』
聞き覚えのある女性の怒り狂った罵声がこっちにまで届いた。
確か、エレメア学園で教員をやっているオルタナなる人物だ。つまりは彼の契約主。
『あたしの秘蔵のワイン空けて何晩酌してやがんですか! なけなしの給料をいくらつぎこんだか知ってます!? もう半分もないけどコレ! 限定品でちょっとずつ飲もうと思ってたのにィいいいいいいいい!』
『オルタナ、おち、落ち着け……、素が出てる、それに今電話中ーー』
『しかもご丁寧に飲み合わせに買ったブランドのチーズまで! 何がやっぱり肉でもないと食った気がしねぇ、ですか!?』
騒乱を黙って聞きながら水蛇は思う。この鬼晩酌しながら怒った体裁を振る舞っていたのか。
『だ、だぁって寂しかったんだよ、口が。悪かったって!』
『勝手に人の週末の贅沢な楽しみを禁煙の離脱症状感覚でいただいておいて良い度胸ですね……! 弁償しろ弁償しろ弁償しろ弁償しろ弁償しろ』
『ごほっ!? それが主人に対する扱いかよぉ!』
『従者ならばこそ主人の立ち振舞いを正すんですよォおおおお!』
『ぐわぁああああああーー!』
小鬼の絶叫を皮切りに通話は途切れる。
「やれやれ。話途中で終わってしまわれましたか」
「あちらさんも大変だな」
傍らにいた燃えるような赤髪の男は、片耳からイヤホンを外す。電話内容を聞き取っていた。
「きっとこの後、演じるのを止めてよくやったなとか言いながら熱いキスでも交わしているだろうぜ。で、終いに半分本当に怒っていたとひっぱたかれると。勝手に半分も飲んだことより、先に独りで晩酌したことに憤るよアイツは」
アレス・シェークリアと彼女は学友だ。羅角との関係も熟知している。
「具体的ですねぇ。しかしアレス様、推測の根拠はどういったもので?」
「まず電話途中で修羅場を広げるのは演技臭い。本来のオルタナなら終わるまで待っていただろ。扉の音がしなかったことから近付く前にはその様子も窺えるだろうしな。の割に、こちらにも聞こえるように怒声が随分近かったことがその信憑性を押している」
「ふぅむ」
「そもそも暴れている最中で携帯落とさずに綺麗に切っただろ? 殆ど物音も無かった。ワザとらしいねどうも」
「では茶番劇をする理由とは?」
「マウントだよ、俺達への」
端的に答え、チェアの背もたれに寄りかかり足を組む。
都市エレメアの摩天楼に紛れたオフィスの中で、やりとりは続いた。
「こっちがあれこれ口車や成果で精神的優位を保とうとするのを、手のひらで踊っているに過ぎないと思わせる一芝居さ。これ以上困った状況にはされねぇよ、って晩酌自慢ときた。力量も策でも格上でいる意思表示と捉えたね」
「花丸を差し上げましょう、同意見です」
だが、有用性は伝えられた。張り合う気もないから素直に譲れば良い。
「けどな水蛇、俺が傍聴しているのにあの鬼に威圧を出させる必要あったか? かなり身がすくんだぜ。あの振り、確信犯だろ」
「いえいえ、肝が据わっているかを試したかっただなんてとてもとても……」
「良い性格してるなこの野郎」
シャシャシャと笑う美青年の精霊獣。アレスは仕返しに口を開いた。
「しかしアルフの奴、アイツも随分美味しい目にあってやがるなぁ。三人目だぞ、兄を差し置いて精霊獣美少女ハーレムとはけしからん」
「アレス様もそういったものに憧れておいでで?」
「ある程度はな。お前、今からでも女になれない?」
「これまでになく心外なお言葉を頂きました」
さすがの水蛇もこれには閉口する。意図的な変化でもなければ自然と人型の精霊獣の容姿は決まる以上無茶振りではあるが。
アレスは別の意味でも妬いていた。
先程の羅角とのコネクションが出会って日も浅いというのに既に形成されていること。
自分達は五年もかけてようやく話を聞いて貰えるようになったというのに、それを易々とやってのけているのだ。
だが、そんなしがらみは些細なことである。
「冗談はさておき、これで心置きなく動けるな。アイツの帰還に呼応するように、奴等も動き出したみたいだし」
「『英雄崇拝』、ですね」
「イカれた連中だ。これまで炙り出すのにも手を焼いたが、本格的に面倒になると思うと眩暈がするぜ」
目的は精霊界への進出と小鬼には言ったが、建前でしかない。
本来の狙いは、真実の探求。
「でもま、アルフには悪いがちょうどいい囮になってくれるだろう。その間に今度こそ、見つけ出すぞ」
「今回が本命だと良いですがねぇ」




