授業とお昼。狐はやっぱり油揚げがお好き
教室では休憩時間になる度に俺は出突っ張りに周囲から話しかけられて休憩なんて出来やしなかった。
何処から来たのか。前の学校と比べてどう思うか。精霊獣をずっと出しているようだが大丈夫なのか、などなど。
どうにか曖昧な返事で誤魔化したり、事前に用意していた回答でそつなくこなしてその場を乗り切る。『北斗』での対人経験が生かせた。
ちなみに精霊獣も普段は自分の結界の中もしくは契約主の中に帰属して呼び出されるのを待っている。
人より大きい存在が日常的にずっと寄り添っていたら不便なのは目に見えているからな。
基本的には契約主からの供給頼りの為、そこに留まるだけで精霊力を消耗したりするようで、生活の中でずっと出しっぱなしだと呼び出した者の精霊力が著しく消耗してしまう。
ただし鈴狐のような非常に力の強い精霊獣、あるいは逆に相当脆弱な個体であれば、その消費は自然回復が勝る為にこちらに居続けられるそうだ。
授業内容は一度勉強していた内容が丸々と載っており、まるで復習をしている感覚で話を聞く。
鈴狐は膝元で丸まってお昼寝真っ最中だった。
此処の規則では精霊獣は授業の妨害や周囲に迷惑を起こさなければ、出していても構わないらしい。密接になる契約主の生活を知ってもらう為の措置だそうだ。まぁ本来はそこまで持続しないというのが前提なんだろうけど。
生徒にもどうしてそんなに長く居続けられるのかとしきりに聞かれるので、
「この精霊獣は力を持って無いからあまり精霊力を消費しないんだよ。それと自分を鍛える為にも出しているんだ」と嘘を並べ立てておいた。
大概の話題になる鈴狐の愛くるしさは、クラスメイトとも打ち解けることに一役買ってくれた。ただ、俺はこの生徒達が荒魂の発生と関係があるかどうかを調べ上げなくてはならない立場であることもあり、内心複雑な気分でもある。
距離感も考えないといけない。
そして昼。
「転校生、よかったら一緒に飯食わね? 弁当持ってきてる?」
「鈴狐ちゃんともっとお話しさせてよー」
「気持ちは嬉しいけど、待ち合わせてる人がいるんだ。また今度ね」
嘘である。食堂に行って、大人しく済ませる気だ。
「ああ……そういや、凄い怒鳴られていたな。1年のアリス・シェークリアって妹さんなんだって? 大変だな」
何だか良い具合で思い込んでくれたみたいだし、その場を波風立てずにやり過ごせた。
数百人の生徒がいる筈なのに食堂の方はひっそりとしていた。ランチの利用比率としては弁当が一番高く、次に購買、そして学食という順で食堂の人気は低い。学生の小遣いを加味すれば、昼食代であまりお金を出したがらなくて当然か。
ラインナップはそこそこで、メニュー表を見上げて俺は肩の小狐に聞いた。お弁当でも良かったんだが、学食を堪能したいというリクエスト。
「鈴狐は何食べたい?」
「アルくん! キツネうどんあるよ! キツネうどん!」
即決のようなので、俺はカウンターに赴く。注文すると人の好さそうなおばさんが快く引き受けた。
「はい、油揚げを多めにサービスしといたよ。転入お祝い」
「うひょおおお! あぶりゃぁげあぶりゃぁげ!」
「何かすいません」
食卓の上で枝先スプーンを器用に持ち、厚みのある油揚げを頬張る鈴狐。俺は麺類担当。
その様子を見ながら、俺も手を付けていると、
「珍しいね。精霊獣が食事なんて」
声を掛けてきたのは、男子の制服を着た麗人。両手で盆を持ったベル先輩だった。彼女も学食派らしい。
「先輩もお昼ですか」
「此処、座って良いかい」
「良いよー」
鈴狐が安返事を返して俺も促す。
「妹さんとの再会は大丈夫だったかな」
「はい、なんとか。ご心配をおかけしました」
「家庭の事情は何処にでもある。あんな騒ぎに当てられて気まずいだろうけど他人もそこまで気にしてないから、あまり思いつめる事は無いさ。ボクの出来る範囲なら色々相談に乗ろうか。たとえば、お節介だろうけど周囲とは出来るだけ仲良くした方が良いかも、とか」
「もしかして、アルくんが此処で静かに食べているのに気付いて声掛けてきたの?」
ずばり鈴狐は指摘した。傍からすれば孤立状態になっている俺を見かねて先輩はわざわざ来てくれたのか。
「そりゃあね。転入早々誰ともいないで昼食を済ましているのを見ると気になるじゃないか」
「いえ。色んな人に引っ張りだこにされていたので鈴狐とゆっくり食べたかったんです」
「なるほど、ではしばらくの辛抱だ。互いに慣れれば接しやすくなるさ。皆も物珍しいんだろう。ボクもそう思うからね」
食事を再開して『んー♡』とお揚げを堪能する精霊獣をベル先輩はまじまじと見た。
「やはり、不思議だ。小さい精霊獣でも言葉を話す程の知能がある個体もたまにいるが、その調子だとずっと君と一緒にいるみたいだし、同じように食べ物を口にする子は初めて見た」
「私は特別なのさ。人と同じくおいしい物を食べられるなら食べたいもん」
「みたいだね」
小狐の言葉に、相好を少し崩す先輩。
基本的に鈴狐達は食事をする必要性はない。精霊力があれば生き永らえるからだ。つまり上位精霊獣が食事を取ろうとする行為は謂わば人の姿に似通った時の名残り。昔、食事をしていた時も彼女はそんな事を言っていた。
俺にとっては日常の風景でも、他の生徒達からすれば物珍しいものばかりだったに違いない。
「ボクも試してみようかな。おいで翠音」
銀髪のベル先輩の頭部を回るようにして、呼びかけに答えた生き物が現れる。
水もないのに宙を海に見立てて泳ぐ、緑色の小さなイルカだった。
「それは先輩の契約した精霊獣ですか」
「ああ。お見知りおきを。なぁ、お前も鈴狐君みたいに人と同じものを食べてみるかい?」
キュイキュイと鳴く手のひらサイズのイルカに、先輩は自分のサンドイッチを少し分けて差し出してみる。
しかし、翠音はそっぽを向いて自由気ままに俺達の周囲を遊泳をしていた。食指も湧かないご様子。
「お好みではなかったようだ、残念。君と翠音の違いは何だろうか」
「種類! 私は狐でこの子はイルカだね」謎掛けをシンプルに返す小狐。
「それは前提だな。狐の精霊が皆そうだという話ではないだろう?」精霊獣とハッキリとしたコミュニケーションをとるのを愉しむ先輩。
「翠音はこの通り身体は小さいが面白い特性を持っていてね。音に関する事なら色んな事が出来る。蓄音、拡声、エコロケーションに色んな物音を真似することだって可能だ」
「それは面白いですね」
「鈴狐君は何か特技はあるのかい?」
うーんと一考し、
「皆をニコニコさせられるー」
「なるほど確かに」
微笑を零す彼女の周囲はキラキラと光りそうだ。ちょっと大げさだったかな。
でも不思議な人だな、と思う。鈴狐が他人とこれだけ自発的に話をすることなんてそうは無い。教室内のリアクションでも此処まで積極的ではなかった。先輩に心を開いている証拠だ。
俺も生徒と距離を置こうという意識を忘れて先輩と話し込んでしまう。社交性に富み、変わった言い回しで場を湧かすトークに呑まれていた。
「ボクも君と同じで去年から編入してきたんだ。似た者同士というやつだね」
「そうだったんですか」
「不安に駆られても恥じることはない。ゼロから友達を作り始めなくてはならないなんて、大変だろう。そこで孤立しない為の提案なんだが」
ふとした拍子での申し出。ベル先輩は言った。
「ボクでよければ友達にならないか? 気が合うと思うんだ」
「先輩と?」
「学年差や性別は違うが、そんなものは些細な問題さ。君達といるのは楽しい。迷惑でなければの話だがね」
どうだい? と誘いをかけて来る。
俺は鈴狐とアイコンタクトをした。だが、返事をしようとしたところで迫る足音。
「よぉお! お前が噂の転校生か?!」
がなり立てる声に、食堂の席が静まり返る。
「安寧の破壊者だ」
ベル先輩は溜め息ながらに野蛮な乱入をそう評した。
俺も首を動かして立ちはだかる壁を見上げた。




