変化する他愛無い日常。ハクロポッポ
「それじゃ、学校の後で『北斗』に行くから」
「放課後ねハクロ~」
「ハクロ姉、お仕事頑張って」
「はい。皆もお気をつけて」
学生寮の玄関口で同居人となった白鷺に送り出される。
彼女にも送迎の車が来る予定。流石に四人暮らしでは手狭に感じ、寮から社宅に変える案も近日中に検討している。
「あ、アルフっ。行く前にひとつ良いですか?」
「え?」
いつものように真噛には出る直前で俺の中に潜んで貰っていると、思い出したかのように天使は呼び止める。
「どうしたの」
「あの、い、行ってらっしゃ、行ってらっしゃいの……」
何故かまた顔を赤らめて見上げる天使。
「もしかして」
「そうですそうです! その……キ、キシュ……」
「行ってきます、ってちゃんと言ってなかったね? ……あれ、違う?」
言葉に詰まった彼女が言いたかったのは、見送りの挨拶ではないらしい。がっくりとした反応だった。
肩で鈴狐まで溜め息を吐いた。
「アルくんのにぶちんさ加減には頭上がるねー。ハクロ、この通りチョーにぶちんだからここぞという雰囲気を保ちたいなら機会を逃さないようにした方が良いよ」
「えぇ俺、何か不味かったっ? ごめんよ!」
「……何でもないでしゅ。また後で」
目線を逸らして、遂には噛みながらも登校を促した。
最後まで話を聞こうと食い下がろうにも、小狐に急かされて結局うやむやになる。
ところ変わって昼間の『北斗』の社長室。
朝はちょっぴり残念な気分に陥るも、それは一過性の物でご機嫌な調子を白鷺は取り戻していた。長い目で見てしまえば贅沢な悩みだと当人も分かっていたことである。
書類を整理しながらも時折ひとりでにやけ始め、仕事に手がつかなくなるのもままならない状態だった。実は、旅行から戻って来てからずっとこの調子である。
これにはさしもの副社長のジルバも、やんわりと苦言を呈する。
「先日から浮かれてしまうお気持ちは分かりますが、いつまでもその調子では我が社も立ち行かなくなってしまわれますな」
「あら? 組織というものはトップが不在でもきちんと回るようではいけないと、この前言っていませんでした? あ、そうですね。いっそ会長の席に座って羽根を伸ばすというのも……」
「御戯れを、私は社長の代理が関の山。後釜を準備してくださいませんと」
「冗談です。今日のノルマは別段多くありませんからお昼には済んでしまうでしょう。これもわたくしがお休みの間、他の方々が頑張って頂いた賜物ですね」
『北斗』のトップである彼女は現役を続ける。だがこれまでと違って、支えてくれる人が近くにいることを改めて気付く。
枯渇していた精霊力が安定した以上、憂いなく今後のこともゆっくり考えていける。
意志を受け継ぐと言ったアルフ・オーランが、もっと『北斗』にとってかけがえのない人材になってくれるように。
いずれは彼をどう出世させるかどうかはさておき、目の前の初老の男にも言わなくてはならない。
「ありがとうジルバ。これまで仕えていてくれたこと、今になって感謝に溢れています」
「それを聞くのは老い先短き私が白鷺様に看取られる瞬間や供養される時にですな」
「弔辞の言葉じゃありませんよ、縁起でもない」
「ホッホッ。冗談です」
お茶目な意趣返しに天使は『もうっ』と言ってちょっぴり頬を膨らませる。
「とはいえ白鷺様、そうは言いましたがアルフさんとのお時間も大切になさってください。私よりも大分長いですが、彼ともいずれはお別れが訪れます」
「……分かっています。承知の上で、傍にいると決めたのですから。」
「ならばそれ以上は追求しますまい。数えきれない程の思い出をお作りになって悔いなきように。一日一日を大切に」
言われて思う所があった白鷺は、少しの間考え込むような仕草を見せた後に顔を上げる。
「ジルバ、少しの間留守を任されてはくれませんか?」
「良いですとも。先のとおり、今日は残りも少ないですからね」
頷く天使は大きな翼を伸ばし、社長室の大きな窓を開いた。
『北斗』でそんなやり取りがあった十数分後、エレメア学園の校内では、
「さてアルフくん! そろそろ素直に吐いたらどうだい!?」
「吐くって言っても……うわ眩しっ。ダリオ、何だよそれ」
「取調室で容疑者をプレッシャーをかける時によく使うアレの代わりだよ。工具室から拝借してきた」
「後で怒られるよ」
せっかくの昼食前でありながらダリオに誰もいない薄暗がりの空き教室に連行される。
此処では色んなことが起こった。妹に床へ座らせられたり、先輩の着替えに遭遇してしまったり。
そんなことより、とスタンドライトを向けながらダリオは切り出す。
「早速本題に入ろうぜ。天金さんとは何処まで行ったんだ?」
「だから別に何にも無いって」
「じゃあこの前の集まりはどういうこと?」
「言っただろう。アレは、タダの社員旅行みたいなもので」
「嘘つけ! あんなすげぇ精霊獣の美少女三人侍らせて何処が会社の付き合いだバカ野郎! 絶対タダの知り合いなわけあるか! だってそうだよなぁ!? そしたら『北斗』っていう大きな場所で偉い人があんな少数でお出掛けなんてしないもんな!」
「声! 声デカいって! もっと抑えて!」
ヒートアップしてまくし立てるクラスメイトを必死で宥める。
机の上にいた小狐は、そのかわしていたやりとりの仲裁に入った。
「ダリオ落ち着こーよ。ダリオだってクラスメイトの女の子達と来てたんだからさ。別に良いじゃないのさ」
「え? 鈴狐ちゃん浜辺来てないだろ?」
「んふふ、アルくんから又聞きしたのさー。私海は嫌だけど、一緒に御飯食べたかったなぁ。でさー、同じ会社の人より、学年も違う子達と遊びに行けちゃうダリオの方が凄いと思うよ」
「そ、そうか? けど」
「そうだよぅ。アリスちゃんとレイチェルやロベルタだってこの学園じゃ人気者でしょ? それだってきっと羨ましいぞこの野郎! って嫉妬されて大変じゃないかな?」
「……黙っておくか」
ダリオが単純なのはさておき、言いくるめていく鈴狐は流石である。慌てる素振りも見せずに危うい疑問も誤魔化した。
「一応企業的な問題であの人達……特に天金さんのプライベートは明かしてはダメだし、俺も詳しくは知らないから話そうにも話せないけれど」
「友人にも隠しごとか。人が悪いぜ」
「そんな風に拗ねるのはズルいって。たとえ知ったとしてもダリオはどうしたいんだ?」
「決まっているだろ、それは……」
言うなり、先ほどまでの尋問ムードを切り替えてお願いのポーズなのか両手を前に祈る格好を見せた。
「どうか! 俺にも今後接点が出来るように融通してもらえんでしょーか!?」
「は?」
「退魔士の業界を知らん奴でも知っている有名なあの天金さんと交流するチャンスなんだぜ!? サイン以上にレアじゃん! 頼むよぉ、御近付きにさせてくれよぉ」
どうやら、自分を知っていてくれていたことと知人の「オーランくん」をさしおいて「ダリオくん」と呼ばれたことが彼にあれっきりではなくこの先も仲良く出来る可能性があると思わせてしまったようだ。
やむなく本人に許可を聞いてからと検討の旨を伝えたが、何も言わなくなった鈴狐の反応から察するに、却下になりそうだった。
そして話が踏ん切りがついて、部屋を出ようとした時。
コツコツとガラスをノックする音が後ろから聞こえた。何だろうと、ブラインドで遮光された窓を見る。
隙間にひょっこりと顔を覗かせたのは、小柄な白い鳩。特徴的な蝶結びの青いリボンが胸元で結われ、自然の野性動物にしては些か浮いている。
様子を見ていると、ダリオが「どうしたー? 飯食わないの? 今回は好きなやつご馳走してやるのに」と催促が。
すると青いつぶらな瞳を瞬ばたいた小鳩は、片翼を上にしてジェスチャーをしてきた。
「アルくん」
「うん」
そんな行動をとれるのは精霊獣だけだと感付き、踵を返してダリオに言う。
「その前に用事を思い出したから先行ってて」
「なぁ、それ飯を食った後じゃダメなのか……っておーい」
言うなり、廊下を駆けて階段を登る。
目指すは屋上だ。そこに呼ばれた。
着くなり、その鳩は手すりの上で先に待っていた。
そして狐巫女のようにどろんと姿を変え、正体を現したのは天使だった。
「アルフっ突然学業中に押し掛けてごめんなさい!」
「誰かと思えば白鷺!? えっ、というか鳩の精霊獣だったの!?」
「この姿なら会いに行っても違和感無いと思いまして」
飛び付いた彼女を受け止める。逢い引きみたいな錯覚を覚えた。
「何かあったの? トラブル?」
「いいえ」
「火急の用? 天朧で出た方が良い?」
「いえ、そうじゃなくて」
ふわっと小さな翼のまま、彼女は目線と同じ高さに浮いた。何かを覚悟した面持ちで、両肩に手を伸ばす。
「えいっ」
行って、白鷺は頬にくちづけをした。
こっちが豆鉄砲でも撃たれたように戸惑う。
「んん? 何? どういうこと?」
「いってらっしゃいの、キス、です。朝言いそびれた……」
「あっ、そういうことか!」
「アルくん、ハクロがやりたかったこと気付かないんだからー」
しりすぼみに言葉を途切らせ、降りてもじもじする天使。この為にはるばる『北斗』から飛んできたのか。
「わたくし、決めました。後悔しないように、やっておけばよかったと思わない日が来ないように、やりたいと思ったことは素直に口にして実践しようって」
「こっちも、ごめん。意図が汲み取れなくて」
「いいんですいいんです。先程も貴方は迷わず此処に来てくれました。こっちがもっと勇気を出せば済んだ話ですから。……ただ、やっぱり恥ずかしいからこれはもう大丈夫です」
赤らめながらも、彼女は微笑んだ。
そんな中で、屋上の扉が開いてダリオが入ってきた。
「何だよー、こんなところで用事って」
間一髪、白鷺は鳩の姿に戻った。腕に抱えられた彼女を注視して、
「……お、お前! 哺乳類どころか鳥類までイケるようになったのか!?」
「お前もいい加減にしろ」
「デ、デデポー」
少しヘンテコな鳴き真似をする鳩は、小首を微かに上下させた。戻る、と行っているように見えた。
「またね」
そう言って彼女を持ったまま空に仰ぐと、白鷺は飛んでいった。『北斗』に戻るのだろう。
変化を伴う日常は徐々に馴染んでいく。きっとこんな風に彼女が訪れることも当たり前になっていくのだと、見送りながら思った。
次章は
アイツが再び、まさかの喧嘩……!
そしてあの精霊獣が進化!?
お楽しみに!




