その後目覚めて。繋がる四人の輪
熱に苛まれ、朦朧とした意識を覚醒させる。
ぼんやりとしながら見知らぬ部屋に戸惑った。どうにか体を起こす。
だが怠くて力がまともに入らない。
誰かに水を差し出され一杯飲んだ後、ゆっくりともう一度仰向けになるように促される。額の汗を冷たく湿ったタオルで拭ってくれた。
「そのままで良いです。もう少し休めば、元気になれますから」
まとまらない思考で自分が看病されていることを自覚して、その優しい声に俺は従った。
ダメだ、泥のような眠気が襲ってくる。逆らえない。
気付けば暗闇の中に立っていた。何もない。何も見えない。
自分が死んだのではないのか、そんな疑問が浮かび始めた頃に。
こちらに向かって駆け寄る人の姿が見えた。
敵意も不気味さもなく目の前で立ち止まったのは、見知らぬ少女。
赤い頭巾のようなものを被り、衣装も何だか現代よりも大分古めかしい。
顔つきはハッキリとは見えないが、お転婆さが見てとれる笑顔が縁どられていた。自信ありげに手を腰に当てる。
「君は誰? 此処が何処なのか知っているなら教えて欲しいんだけど」
尋ねたが返事はない。
少女は有無を言わさず俺の手をとり、引っ張るようにして走り出した。
「えっ、ちょ、何処へ行くの?」
指標も無い闇の中を連れ出される。
しばらく彼女に手を引かれながら駆けていくと、行く手に眩い光明が見えた。出口のように思えた。
光の戸口で立ち止まり、少女はそこへ行けと言わんばかりに指差す。
他に行く先もないのでおずおずと足を踏み入れることに。
すると光の向こうでは、小さな誰かの手が差し伸べられていた。呼んでいる気がした。
すると、背後からほっかむりの少女は俺を手で軽く後押しする。
「あの子のこと、任せたよ」
最後にそう一言残して、俺を光の世界へと送り出す。
再び目を覚ました時、その見知らぬ部屋のベッドの中に俺は戻っていた。
すっかり日は暮れていて、備え付けの調光ライトでうっすらと照らされている。
高級ビジネスホテルを彷彿させる寝室のようだが、海岸近くの宿泊していた内装とは大いに異なっていた。
ただ、大きな窓から開けた夜の街並みはとても見覚えがある。多分此処は……
それより、いつの間にこの部屋で眠ったのか記憶がない。何か夢を見ていた気がしたが、それも思い出せない。
天井や壁に視線を這わせていく内に、扉の前でせわしない様子の人影に気付く。
背中に小さな翼を生やした金髪碧眼の少女はベッドの傍らでいそいそとタオルをゆすいでいた。寝汗を拭いてくれていたのは彼女らしい。
寝たままで窺っていると、天使さながらの人型精霊獣は一旦手を止めて顔をあげる。
「……えへ、えへへ」
にへらー、といった感じで相好を崩した横顔が見えた。それからゆさゆさと身体を左右に揺すり始める。羽もピコピコ動く。
「もう熱も下がりましたね。起きたら色々話をしないと。うふふふ、これからのことを考え……て?」
呟きながらこっちに視線を移す白鷺さんと、目が合う。弛緩した表情のまま凍土に晒されたように固まった。
そのまま、首からおでこにかけて真っ赤に染め上がっていく。
気まずさに耐えかねてとりあえず口を開く。
「……おはよう、ございます」
「おわひゃぁあいぃぃいいい! い、いいつ起きたのでしゅかァ!?」
「ついさっきです。なんか、ごめんなさい」
硬直が解け、羞恥に顔を抑えて背ける彼女。俺も身体を起こす。
大丈夫、もう身体の調子は悪くない。それまで病に掛かったみたいに苦しかったのが嘘のようだ。
「あの、どれくらい寝てました?」
「は、半日くらい、でしゅ」
また噛んでる。気恥ずかしそうに天使は抑えた指の隙間からこちらを見た。
「俺、いつのまに眠ったんだろう。気が付いたら此処にいて……」
「『破軍』を出て降りてからすぐですよ。此処はわたくしの寝室、意識の無い貴方をこちらにお運びしました」
やはり『北斗』に戻ってきたんだ。思った通りこの夜景は都市エレメアの街並みで間違いなかった。
けれども解せない。どうして急に意識が?
「色んなショックが一度に起こったからです」
聞かずとも彼女がその疑問に答えた。
「あんなに大きな怪我をして、急に全部治ってしまうことなんて自然なことではありませんから。更にわたくしと契約を結び、貴方の精霊力も沢山分け与えられてとても少なくなりました。身体がビックリしちゃうのは当然です。でも、熱も下がったようですし安心してよろしいかと」
「そう、でしたか白鷺さん」
「白鷺、と呼んでください」
「あっそうでした」
「アルフ、わたくしは契約を結んだ貴方の精霊獣ですよ? どうか、そんなに他人行儀にしないでください。もっと、自然体で」
傍により寄った彼女は懇願するように言う。
「分かった。じゃ、じゃあ白鷺、よろしくね」
「はいっ貴方の白鷺です。こちらこそ」
呼ばれて天使はくすぐったそうに微笑む。今まで見知っていた相手との距離感がとてつもなく密接になったことにちょっぴりどぎまぎする。
「あらためてお礼を言わせてください。こんなわたくしに根気強く手を差し伸べていただいたこと、心より感謝をしています。これからは契約相手もといもっと親密な関係を結んでいけたらと」
「ま、まぁ無事戻ってこられてよかったよ。『北斗』の社長、続けるんだよね?」
「勿論です。……そうなると、人前では以前のように上司と部下として振る舞っていた方が都合が良いでしょうね。その時はお互い気を付けましょう」
彼女が常に言葉遣いが丁寧なのは元からだろう。そういえば鈴狐や羅角といった古くから馴染みある友人にも一貫していた。
一度背を向けて彼女から『オフィスラブ、ってこのことですねうふふ』という呟きが聞こえた気がした。
「あれ? そういえばその羽、元に戻ってるけど」
「はい? ああこれですか」言って背を気にする彼女。
するとムクムクと盛り上がり、あの大きな翼を少しだけ披露する。
「大きいままですと何かと不便ですから。慣れたこっちの方が生活するのに適していますので、普段は以前と同じサイズにしていようかと」
確かにその規格だと扉に引っ掛かったりして大変だ。
その翼を引っ込めながら、白鷺は切り出す。
「諸々のお話をしたいところですが、ひとまず先にお願いをしても?」
「良いけど、何を?」
「わたくしを撫でては貰えませんか。ずっと考えていました。アルフが目覚めてから、どうしてもらいたいのか」
「え、撫でるの」
「はい。数百年契約主と触れ合わなかった分、とても優しく」
さっきのはそれを想像したことで緩んだ笑みだったのか。
ベッドの上に身を乗りだし、頭を近付けて催促の仕草を見せる。
「もう素直になることにします。大好きな貴方に愛情を注ぎ、注がれたい。これからはどうか、それをかなえていただければ白鷺は幸せです」
普段は気品に溢れおしとやかな人からこんな風に甘えられるなんて想像もしなかった。
「そんなことならいつでもいいけど」
「今此処でしてください。遠慮なさらず、さぁ」
「で、では失礼して」
サラサラしたブロンドに手を置く。柔らかさと一緒に高そうな石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
ひな鳥に触るように柔らかい手触りで、とても暖かかい。
「嗚呼、夢みたい。こんな日がくるなんて。ほんと、嬉しいです」
瞼を閉じて手に頬擦りしてきた。頬を薔薇のように染め、愛おしそうにうっとりとした表情を見せる。
隼手の真似ではないが、何という可愛らしい。彼が夢中になったのも無理はない。
鈴狐や真噛の二人とは異なり、か弱そうな雰囲気がとてつもなく庇護欲を搔き立てる。
「どう、かな」
「続けてください。もう少しだけ、こうさせて」
……なんだかデジャブを覚える光景だったが、嫌な気はしなかったのでそのおねだりに応える。
すると向こうも鈴を鳴らすように笑いながら、ギューッと抱きしめながらくっついてきた。
「えへ♡ アルフ、これからは何でも申し付けてください。出来うる限りお応えします。あ、でも人としておかしくない範囲に留めないとダメですよ? でないと給料減らしちゃいますから」
「しないよ、変なことなんて」
「分かってますよ、冗談です。信じています」
クスクスと鈴を転がすように笑う。
何だこの可愛い生き物は。
ひとしきりの触れ合いを終えると、満足したのか天使はベッドから降りて立ち上がる。
「お腹は空いてませんか。丸一日は経っていると流石に何か食べたほうがよろしいかと」
「言われて気が付いた、ペコペコだ」
「ではすぐにお作りしますよ」
「白鷺が作ってくれるの?」
「調理師さんにはとても叶いませんが頑張ります。食堂で……あ、マカミ」
扉を開けて社長室に出ようとした天使とすれ違うように、狼少女が顔を出す。
「やっと起きた」
「おはよう、心配掛けたね」
「ううん。ハクロ姉、看病していたから大丈夫だと思ってた。それより」
尻尾をフリフリさせて感情を表現する真噛。
ずいと、何故かこっちに顔を近づけてくる。
「……どうしたの?」
「あるじ、じっとしててね。やるべきことがある」
何を? と尋ねるより早く、真噛は行動に移った。
「はむぅ」
「むむぐぅ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げたのは、彼女が突如として唇に優しく噛みついて来たからだ。それは接吻に他ならなかった。
あまりに予想外な接触に混乱の極致に至った。急すぎる! 何故!?
背後で『マ、マママカミ!? 何してるんですか!』と白鷺もその光景に顔を真っ赤にしていた。
離れた後に狼少女は別段恥じらう素振りは見せずに言った。
「これでみんな公平。わたしだけ、まだしていなかったから」
「お、女の子がそんな恥じらいなくキスしちゃいけません! もっと雰囲気を大切に……!」
「むにゃぁ、騒がしいなー。いったい何ー?」
放心状態に陥り、硬直していた俺の足元で膨らみが蠢く。
布団から顔を出したのは眠たげに目を細めた小狐。さりげなく潜り込んでいたらしい。
「……お! アルくん起きた? どろんっ、おっはよー!」
「うおっ鈴狐まで!」
こっちに気付くなり、狐巫女の姿になって飛び掛かる。
「聞いたよもー! 心配したんだからねぇ。ハクロがいたからよかったものの、ひとつ間違えたら大変だったよ!? 危なくなったら無茶せず引き際考えてね、っていつも言ってたじゃん」
「ご、ごめん」
ちょっぴりおかんむりな剣幕に俺はただ謝ることしか出来なかった。鈴狐の応援を呼びに戻る機会はあったし、通告通り降参して虜囚になっても彼女は助けに駆け付けただろう。
「ハクロを取り返した頑張りは認めるけど、だからといって自分の身を省みないようになったらダメだよ? アルくんが契約した皆を不幸になるということ、忘れないで」
おずおずと頷いていると、真噛と白鷺はそのやりとりを見守りながら、やれやれといった様子で顔を見合わせていた。
「今度はそうならないように」
すると狐巫女は後ろを振り返り、二人の手をとった。ぐいっとこっち側に引き寄せる。
「きゃっ」
「わっ」
「私達がアルくんを守るからさっ」
一斉に飛び込んできた人型精霊獣達。さすがに圧迫されて『うっ』と呻く。
天使は戸惑い、狼少女は目をぱちくりしている中ではにかみながら鈴狐は続けた。
「この四人がいればきっと何が来てもへっちゃらだよ。ハクロもマカミも、そう思うでしょ?」
契約の順番や共にいた時間の長さで優先順位を意識した二人を、鈴狐が同じ足並みを揃えるように促した。
つられて白鷺が微笑をこぼした。真噛も鼻をならして首を縦に振る。
ようやく実感する。俺はこの子達とこれからずっと一緒にいるんだ。誰も欠けてはいけないんだ。
自分一人くらいの命だったら万が一の時には犠牲になっても良いと思ってはいけないのだと。




