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狐巫女の後始末。鬼が出るか蛇が出るか


 朝焼けに虹色のベールが混じった宮殿の外。

 テラスから外に出た『破軍』の君主は、地面で呆然と空を見上げていた。抜け殻のようになっていた。


 原因は勿論、失恋である。

「ハクロ……」

「ハヤテ様! うかうかしていられません! 消火活動の人員はどうします!? ねぇ!?」

「おふぅうううううハクロぉおおお……」

 中階層から煙が立ち上り、指示を仰ごうと鳥人兵が急かすも反応がない。

 がくりとその場にへたれ込んだ隼手(ハヤテ)を見て『駄目だこりゃ』とぼやき、兵達は事の収拾へ動こうとしていた。


 そんな中で宮殿が轟音と共に揺れる。

 火の手と黒い煙を噴き出し、何かが飛び出す。


「いやぁああああん! ごめんなさぁぁいいい! もう許してぇええええん!」

 その正体は女形の雰囲気を持つ男鳥人、刺羽(サシバ)だった。ところどころが焦げたり羽根が縮れてはいたが無事だった。

 地面を転がり、這う這うの体で失意に落ちている隼手(ハヤテ)のもとへ。


「君主~アイツヤバイわ、化け物! 化け物よ!」

「化け、物?」


 遅れて、火災の中から悠々と人影が。集まっていた兵達も動きを止め、見上げる。


 現れたのは金髪の巫女だった。狐らしき耳と大きな尻尾が生えており、『破軍』の身内には合致しない特徴である。

 火の中から出て来たにも拘らず煤ひとつない侵入者は、こちらの勢力を見渡すように一瞥した。

「おいそこのお前! 大人しく降りて床に伏せろ!」

 兵の声に、耳を傾けた様子は無い。


「この光、ハクロはもう脱出したみたいだね。後は……マカミっ」

「呼んだー?」

 下の門から堂々と此処に現れた狼少女。狐巫女はその仲間に言った。


「先行ってて。方角は多分私達が人間界と繋いだところと正反対。二人はそこに」

「分かった」

 言うなり、狼の特徴を持った方の少女が影のように疾駆して宮殿から強靭な脚力で飛び去った。兵達が追うかどうかに惑うも、君主が機能不全に陥っており判断を仰げずに見失う。


「さて、けじめはつけておかないと。前回と言い、三歩歩くとすーぐ忘れるんだから」

 身軽に降りた狐巫女に、矛の包囲陣がすかさず取り囲む。


「……あ、ああ……ああああ!?」

 心ここにあらず、といった様子だった隼手(ハヤテ)が間近に現れた彼女を見て突然狼狽え始める。

 刺羽(サシバ)は『ヒィ』と腰を抜かして悲鳴をあげる。どんな酷い目に遭わされたのだろうか。


「君……い、いや! 貴女様は……し、『神命しんめい』の……!」

「へー、覚えていたんだ? でもそれ、私にはもう関係ない称号だから」

 君主の漏らした言葉に、周囲もざわめき出した。彼等も良く知っている格上の存在を仄めかした単語だからだ。

 関係がないと言うともしかすれば縁を切ったのかもしれないが、それで影響がなくなっているというのは希望的観測でしかない。


 隼手(ハヤテ)は気付いてしまった。白鷺(ハクロ)の知己にいた『破軍』を脅かす相手と対立してしまったのだと。

 精霊界でも長らく消息を絶ち、よもや『北斗』に在留していたなどと露知らず、虎の尾を踏んでしまった事実を。

 しきりと歯を打ち鳴らす。天上位という格位に到達しているのも恐るべきことだが、絶対に敵に回してはならない出身だ。

 彼女の背後にいるアレ(・・)が動けばこの宮殿どころか街が更地になる。いや彼女自身でも可能だろう。

 そんな狐巫女が降したのは、最後通牒。


「全員キビヤックになりたくないならこちらの要求を聞いて貰いましょう」

「き、キビヤックって何だ……!?」

「知らないけどヤバイ! 絶対ヤバイやつだ!」

「先に述べるけどまずひとつは全面降伏。大前提だね、仕返しに来られたら困るもの。次に今後ハクロに二度と干渉しない——」

 その横合いから、独断で急襲する鳥人がいた。

 治癒の光を受けて復帰した斑鳩(イカルガ)の神槍が狐巫女を狙う。

 その首元に向けて放たれた一閃は、指先で寸分狂いなく受け止められた。


「うんうん。やっぱり……勘が当たった」

 脅威が迫っていたというのに、のんびりとぼやく彼女。その間も矛に渾身の力が籠められているのに、全く動かない。


「久しぶりイカルガ、大分腕を上げたみたいだねぇ。前回は数百年前だけあって、ね」

「ご息災何よりでございますリンコ様。貴女様まで今回加勢されていたとは」

「加勢、というかさ」

 鈴狐(リンコ)の琥珀の目が細まった。動いていないのに一同は温度が下がる錯覚を覚える。


「友達と私の契約主を襲って何もしないとでも思っていたの?」

 それは底冷えした狐巫女の言葉から、激しい激情が塗り込められて広まったからだろう。

 兵達の突きつけていた武器を持つ手が震える。


「……矛を収めろ、イカルガ」

 傷心にかまけていられない状況に、隼手(ハヤテ)は長として行動に出た。

 まず、自らが率先して地面に膝をつく。それから強い意志をもって周囲に命じる。


「全員! 武器を捨ててその場で跪け! 今すぐ!」

 雰囲気に呑まれていた兵達はおずおずと従い、各々の得物を置いて隼手(ハヤテ)に続いた。

 だが、まだ神槍は狐巫女に矛を押し付けていた。


「さぁイカルガ、君も」

「……」

「イカルガ!」

「君主の命であってもこの矛は降ろせませぬ。貴女様もハクロ様を連れ去ったあの人間と契約されているとお見受けする。つまり貴女様がハクロ様を連れ去ったも同然。再び我等からあの御方を奪うこの御仁を私は許すことが出来ぬ故」


 猛禽類の顔つきには、死すら恐れぬ覚悟が宿っている。差し違えることすら叶わないと頭で分かっていようと、感情的には諦めずにいる。

「前回も、小娘の説得を受けて渋々ハクロ様を差し出しました。それが失敗だった。酷く傷つける結果となってしまった。繰り返せと仰るのですか!? 無力に頭を垂れよ、と!?」

 斑鳩(イカルガ)の研鑽はこの結果を起こさぬ為に磨いてきたものだ。だが、あろうことか人間に力で屈してしまった。

 プライドを失い、敗退した相手以上の実力者を前に牙を剥く。

 それはもはや自棄でしかなかった。更に八つ当たりだった。

 感情という槌の降ろしどころを見失っている。


「この斑鳩(イカルガ)、矛も骨も折られようと意思は折れたくはありません……!」

「納得がいっていなかろうとハクロが選んだ結果だよ。束縛して良いわけがないでしょう。頭を冷やして考えなさい、あの子を不幸にするのは何なのか」

 ぴしゃりと言って退ける。それから狐巫女の方から手を放した。

 そこで攻撃を止めていれば戦闘は起きなかっただろう。


 だがすかさず斑鳩(イカルガ)は槍を振るった。

貫鳴突(かんなづ)――」

 斑鳩(イカルガ)が奥義の口上を紡ぎ、矛を伸ばしきるよりも先に。

 火の無い爆発が起こった。大気が破裂したような衝撃が吹きすさぶ。


 鈴狐(リンコ)は数歩先へとコマが切り替わったように動作を消して進んでいた。既に反撃が済んだ後だった。


 遅れて聞こえて来たのは鈍い建物の決壊する音。その正体は大柄な鳥人が飛矢の如く宮殿の外壁に激突した時の物だ。

 彼は建物に埋もれてそのまま沈黙している。唖然として鳥人兵の一人が口にした。

「イカルガ様が、一瞬で……」

 


 まさに瞬殺としか言いようがない光景だった。『破軍』の精鋭が手も足も出ないどころか、何をされたのも定かではない結果だけが残る。

金剛鉄山靠(こんごうてつざんこう)、ってね。手心は加えたけど、これでケジメをつけられるでしょう、今回は立ち向かえたんだから」

「い、今のは我々の敵対意志では……!」

「分かってる、彼の独断専行だから。目は瞑る」


 ただしと、狐巫女は続ける。

「包み隠さず教えてもらいましょう。たとえばこの件で貴方達を唆した相手が誰なのか、とか」

「っ!」

「こんな大胆な行動、誰かの入れ知恵が無いと起こさなかったでしょ? 私でさえ、ハクロが衰弱の一途を辿っていることを悟れなかったというのに。……心当たりはあるけれど、一応聞いてみないとハッキリしないもの」


 鈴狐(リンコ)の追求に息を詰まらせる君主。

「さぁ、答えなさい。首謀者は誰?」

 締め上げ、吐かせるのは時間の問題だった。


 そこに、天から声が降ってくる。

「ワタシですよ。『神命』と名高き一族の末裔を相手に名乗るには些か小物ですが」

 明るく晴れ渡っていた空に、どこからともなく暗雲が立ち込めた。

『破軍』の拠点を中心に、どんどん渦状に覆われて光を閉ざしていく。

「彼らにこのようにお声掛けしておいたんです。彼女の頼りない小さな翼が散っていき、息を引き取る未来を勝手ながら予想の映像としてお届けする形で」


 含みを持たせた物言いに上空を見上げた鈴狐(リンコ)がその姿を捉えた。


「まさかのお出ましだねぇ。これで三大勢力揃い踏み、ってところかな?」

「お互い様、と言わせて頂きましょう。ワタシも貴女も爪弾きにされた身。似た者同士、穏便に仲良く出来れば幸いですが」


 渦巻く雲の中心からぬっと姿を現したのは、龍だった。

 枝分かれした角、真っ青な鱗、全貌は窺えないが非常に長い胴体。長い髭は生き物のように揺れている。

 架空ではなく精霊獣として実在する龍は、種族の格位が平均的に上位を越え、類稀なる高い知性を持ち、非常に強大な戦闘能力を誇る存在だ。

 反面、彼等は総じて気位が高く、他の精霊獣達すら見下している節もあった。


 そんな龍の一族『賢珠(けんじゅ)』は人間界に訪れたことがないのはもちろんのこと、精霊界の勢力と干渉することもない為幻とすら謳われていた。

 そんな龍が単身で現れ、暗躍していた。異常気象にも匹敵する事態である。

 ましてや、『破軍』『神命』『賢珠』は精霊界で数えられる勢力。それが総じて関わるというのはかつての戦争の時ですら実現しなかったのだ。


「仲良く、かぁ。じゃあ降りてきて欲しいんだけど。そんな高いところじゃ交流なんて出来ないでしょ?」

「フフ、お誘い有り難いところですが、何分お機嫌よろしくなさそうですからまたの機会にいたしましょう。今回はほんの顔出しとご挨拶」

「目的くらいは教えて欲しいなぁ、引きこもりで有名な龍が何でこんなことを? ハクロのことを知っているのは何故?」

「……」


 返事は沈黙。「あ、そう」と呟いた狐巫女は、その場で腰を落としながら両手で見えないボールをもつように引いた。


火吐珠(ヒトダマ)火吐珠(ヒトダマ)日輪照(ヒノワテラス)火吐珠(ヒトダマ)日輪照(ヒノワテラス)日輪照(ヒノワテラス)火吐珠(ヒトダマ)火吐珠(ヒトダマ)火吐珠(ヒトダマ)日輪照(ヒノワテラス)火吐珠(ヒトダマ)日輪照(ヒノワテラス)……!」

 ブツブツと呟く間に、その手中に小さな紅点が集まっていく。その一つ一つが、鈴狐(リンコ)の得意とする炎を極限に圧縮している。


 龍はその危機を察知して雲の中に顔を引っ込めた。隼手(ハヤテ)が『おっお待ちください!』と注意を放ったが時すでに遅し。


 鈴狐(リンコ)はとんでもない高さを一足飛びで跳躍し、隠れ蓑にした暗雲目掛けてそれを解き放つ。

鈴狐(リンコ)ォ、爆圧集吐バーストォッ!」

 火山の噴火のような勢いで空を昇る熱線の余波で、地表が肌をチリチリと焼きそうな高温と紅い光に埋め尽くされた。それでも被害は無いと言ってもいい程度で、地上で繰り出していたらより甚大だっただろう。


 撃ち抜かれた雲は蒸発し、見渡せるほどの晴天に塗り替わる。

 龍は影も形も残っていなかった。直撃はしていないだろう。逃げられた。

 その何よりの根拠として、狐巫女の顔には手応えの悪さが窺える。


 気掛かりなのは彼等も知らなかった龍の介入だった。あの精霊獣に出汁にされていたことは明白だが、この行動への利益がまるで感じられない。

 そこで狐巫女は考える。

 誰かの利益の為に動かされたという線で動いたのならどうだろう?

 しかし、気高き龍が使い走りになど受け入れるのか?


「こっちが狐につままれた感じ……」

 宮殿に降りた彼女は先程の行動で権威を大いに誇示し、『破軍』には釘をさす形で手を打つ。

 二度と白鷺(ハクロ)に手は出さないこと。この件に関して報復を禁じること。この件に関わったアルフの実在を伏せること。


「約束を違えないこと祈ります」

 這いつくばった隼手(ハヤテ)鈴狐(リンコ)はそう言い残して去っていく。



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