白鷺の真契約。取り戻した翼
※白鷺視点になります
※
最初に彼を見た時は、冴えない雰囲気を持っていて荒事とは無縁そうな少年だと思っていました。とても退魔士を目指すようには見えなくて、ちょっぴり大丈夫だろうかと気がかりになったものです。
けれども映像越しに試験を受ける彼の様子を窺って、その一抹の不安は瞬く間に吹き飛びました。あろうことか単身素手で荒魂を調伏してしまったのですから。
――凄いですね。それにアルフ・オーランさん、ですか。
電話で事前に名前を聞いた時から本当に懐かしく思いました。男の子ですけれど、かつての英雄アルファロランに似た髪と瞳。まるで帰って来たみたい。
リンコが手塩に掛けただけあって、これまで目にしてきた逸材を上回る輝きを放っているように見えたのです。
筆記の採点も申し分なしの合格点。クレバーなところもあり、優秀な成績を期待出来るのは明白でした。
それから顔合わせをして、その境遇を知って、此処まで来るのに頑張っていたことにいたく感銘を受けたものです。
友人が待ち望んでいた新たな契約主。最初はそんな認識でした。
『北斗』で働き出した時も仮の姿を演じて貰う為に雑用係を申し付けようと、愚痴ひとつ漏らさず請け負ってくれた。誰にでも人当たりが良く、そして現場では心強かった。頼もしい人材だと言い切れます。
他愛無い話をするのも楽しかったですし、プライベートでも交流することは多々ありました。
ツクマタさんが言った通り、お気に入りだったのは否定出来ません。
そうして徐々に友好が深くなると、知らず知らずの内にある想いが浮かびました。
もしシャリオの天寿を円満に全うさせられていたのなら、自分がシャリオと出会っていなかったのなら、こうして新たに人と結びついていたのかもしれないと。だとしたら、こんな素敵な人と一緒に……
ほんの一瞬そんな想像がよぎって、すぐにわたくしは自分を恥じました。
なんて浅ましい。そんな発想に現を抜かしてはシャリオに対する酷い裏切りであると思い直し、二度とそんなことは考えてはならないと決めました。
だから必ず一線を引いて自分を抑え続けたのです。
彼には既に二人の精霊獣がいる。嬉しいことは分かち合い、落ち込んでしまった時は励まし合い、どんな苦しいことがあっても一緒に乗り越えられる。
そう、元から入り込む余地はありませんでした。リンコが太陽なら、マカミは月。彼を照らすものはもう充分に存在しています。
でもわたくしはこのままで良いと思っていました。彼等とはどんなに親しくても、その輪には入らない。あくまで他人です。
『北斗』とシャリオの思い出に生き、その先はこの組織を——意思を継げる者に託せられるのなら何の不満もありません。
元々後継者として挙がっていた一人目はジルバ。若かりし頃から『北斗』に尽くしていて、当時は類稀なる精神とトップクラスの実力を持っておりました。
加えて優秀な精霊獣と手を組んでおり、わたくしの目指す理想的な組織のトップになりえる人材だったのです。
彼になら任せて良いと思っていたのですが、しかしやんわりと断られました。
器ではないと、自分は歯車でこそ活躍できるのだと言うのです。思い返せば、ジルバは以前から一貫して裏方に回ることに尽力していました。
そして次はアルフさん。まだ若いですが素養もあり誠実な彼も、きっとこの組織をよりよくしていける人材だと感じました。
いずれは彼にも託せられるのなら、と淡い期待を持っていました。
たまたま二人きりで海岸で話していたのを境に、『北斗』の成り立ちとその想いを告げようとしたところだったのです。
それから、現在に至ります。
彼は怖かっただろうと言いましたが、本当に怖かったのは彼が危ない橋を渡っていたことでした。
意外に無鉄砲な人なんです。そんな彼が傷付いて行く姿を見ていて胸が張り裂けそうになりました。
そうまでして助けに来てくれた。不謹慎にもわたくしはそこに申し訳なさ以外の感情が沸き上がってしまったのです。
しかもこちらの未来を慮り、一緒になって欲しいと言ってくれました。
それに際してシャリオのことを忘れろとも言わず、臆病なわたくしに乗り越えようと言ってくれた。
よもやアルフさんの方がそんな申し出をしてくるだなんて、思いも寄りません。
誘ってくれることが嬉しくないと言えば嘘になります。これまで寂しくなかったと言えば嘘になります。
けれど、良いのでしょうか。
「わたくしは、また人と共に添い遂げても良いのでしょうか?」
「何を言っているんですか。誰もそんな貴女を悪いと責めるいわれはありません。良いかどうじゃなくて、自分で決めることだから」
「シャリオは、許してくれますか?」
「彼女じゃありません。貴女自身がまだ許していないだけです」
彼はとても優しかった。此処まで来て尻込みする自分と此処まで向き合ってくれる。しかも耽溺に浸らせはせず、きちんとわたくしを自立させようとしている。
「自分の為に笑ってください。自分の為に泣くんです。自分の為に怒るべきでしょう。もう、自分を許してあげてはどうですか?」
鼻の奥がツンとなる。ほんと、涙もろい自分がつくづく嫌になります。
大人しくて柔和な雰囲気を持つ彼は、おてんばで勝気だったシャリオとは全くの正反対。
でも何故だか重なるのです。赤いほっかむりの少女と、這う這うの体でやってきた少年が。
熱が帯びた。焦がれてしまった。
彼の首に手を回す。張り裂けそうになる心音の高鳴りが、身体中に伝わった。
わたくしは気付いてしまった。いや、気付かないフリをしていたことを遂に認めてしまった。
「……お願いが、あります」
真契約の条件はわたくしが決められる。より深く結びつく為に、心を開く意思表示の行動を為せば良い。
彼がリンコと真契約を経験している上で最後のワガママを言うことにしました。
もう、抑えられない。
「リンコと同じ方法で、貴方の精霊獣にさせてください」
以前から、この人に惹かれていたんだ。好きになってしまったんだ。
それから間もなく、応じた彼とわたくしは顔を重ねた。
この時決めました。
太陽と月がいるのなら、わたくしは彼の星になろう。
シャリオがわたくしの星であったように。
ドタドタと、傍目で部屋に押し寄せる足音。そして、こちらを呼ぶ声。
「——ハクロー! ハクロー! 無事かい! 無事なんだろうね! 大丈夫な——のォおおお!?」
駆け付けた鳥人兵達とハヤテの前で、わたくしは送り込まれた精霊力に翻弄されていた。
久方ぶりの体内を駆け巡る感覚。目頭に火花が散り、世界が勝手に回る。
そして背中が発熱し、何かが飛び出した。
部屋の天井に届きそうな翼が再びわたくしの背中に宿る。もう何百年も前に失っていたものが、戻ってきました。
満ちる力を伴い、繋いでいた足枷は独りでに真っ二つに裂けた。
「あ、あぁ、ハ、ハハ、ハクロ。い、今きき君、そこの少年と」
「貴方の告白、御返事いたしますハヤテ」
手の一振りで少年の頭身に淡い光が降りかかると、まるで時が加速するように身体中の傷口が治っていく。
右手に空いた穴もみるみるうちに塞がり、驚いた様子で握り開くを繰り返す。本来の治癒の力もさることながらわたくしと契約した恩恵の影響か、彼自身も回復力と相乗して僅かな時間で完治に至ったようです。
そんな彼の手をひき、窓格子を開いてわたくしは言い放ちました。
「わたくしは彼と契約を結び、生涯付き添うことを決めました。此処にいなくてはならない理由も、動機もありません」
「……待っ、て。待って! 良いのかい!? 君は、また大切にしている物を失うんだよハクロぉおおおお!?」
「さようなら」
彼から教わったんです。
大切な人の別れと同等以上に、孤独で居続けることもとても悲しく苦しいことだと。
この翼を広げ、彼と共に空を飛翔。力強く羽ばたいた翼が、瞬く間に上空へと昇る。
空は白んでいた。夜明けが近い。
「う……わ……!」
「あ、ごめんなさい。しばらくぶりで、調整が」
風圧に戸惑わせてしまった。でも十二分に動かせることを確認、翼の状態は万全です。
「合図がてら、この騒動で怪我した方々を癒しますね」
「どうやって?」
「こう、やってです」
滞空しながら左右に開いた白翼からオーロラに似た光の幕が発する。眼下の宮殿含めた街並みに降りる。
規模はそこに留まらない。この寂寥とした白の荒地にも広がっていく。
すると、命の乏しかった大地の中で潜んでいた種が芽吹いたのか、豊かな緑地へと塗り替わる。
「えっこんな広範囲まで……!」
「リンコ達はこれでわたくしの精霊力が戻ったことを知って脱出するでしょう。ハヤテや追手が来ない内に此処から離れます」
「何処に行くんですか?」
「すぐに着きますよ」
七色の光膜を見送り、わたくしは手を繋いだ少年に向き直った。
淡く微笑む。これからはこの人に素直な感情を見せて良いと思うと、今まで空っぽだった何かが満たされていくようでした。
グランシャリオの意志は、『北斗』だけにでなく彼にも受け継がれている。これからはわたくしも……
『破軍』から大分離れた丘の上にわたくし達は降りる。先に彼を降ろすと、たたらを踏みながら地に足をつけた。さっきまで足を引き摺っていましたが、今はもう大丈夫。
「白鷺さん、それが本当の」
「はい。グランシャリオと契約が切れる前の翼です。貴方との契約でまた戻ることが出来ました。ありがとうアルフ」
これまでも近しい知人であった彼だったのに、さん付けで呼んでいた理由も今分かりました。無意識に距離を保っていたから『アルフさん』だったんです。
これからはもう、包み隠さず呼ぶことが出来る。
ぼんやりと、こちらを見つめる彼に気付き、
「何か、変でしたでしょうか」
言って、不釣り合いに思えるほど大きな翼を自分の手でなぞる。もう二度と空を飛ぶことはないと思っていました。
しかも羽そのものがほんのりと虹色の後光を放っている。遠い記憶を掘り起こしても、こんなに力強い光を持ったことはありません。
「いや、見とれてしまって。その、綺麗だったから」
「貴方から貰った精霊力が此処まで輝かせているんですよ? ですからこれは、貴方自身」
歩み寄り、器用に片翼を彼の背に回す。そして膝をついた。
「いいえそれだけではありません。これからはわたくしのてっぺんから爪先までアルフと一心同体。わたくしを救い出してくださったその対価としてすべてを差し上げたい」
「白鷺さん……」
「これからは白鷺と、お呼びください。あらためてこの翼に一生の忠誠を誓います」
謳うように、この場で告げる。
「この白鷺に、生涯アルフ・オーランの御側に付き従うことをご許可願えますか?」
それから彼からの承諾の言葉がそよいだ風と一緒に流れた。
不意に口元が綻んだわたくしは、抱擁を求めるべくして両腕を伸ばす。
地平線から太陽が昇り、丘の上を眩く照らしていた。




