アルフVS斑鳩。暗勁と神槍
目にも止まらぬフェイントの入り混じった乱れ突き。恐らくその全ての軌跡を看破することが不可能である故に名付けられた秘技。
「見無突き!」
狙われた標的は、瞬く間に蜂の巣の如く穴だらけにされるだろう。
だが、その無数の刺突を俺は死に物狂いで回避に動いた。身軽に、反射的に、掠める程度の被害でやり過ごした。
前回とは異なり、穿たれてしまえば致命傷になりかねない。その緊張感が逆に身軽な反応を成立させることに一役買っている気がした。
不思議なことに斑鳩の攻撃の意図が伝わってくる。
見て動きを捉えるのではない。実質今の俺には見切ることが出来ていない。
海岸で急襲された時に動いたのと同じ感覚だった。まるで空気の動きを肌で感じ取っているように、脅威を視覚以外の五感で感知しているようだ。
横殴りの雨のような勢いの突きを掻い潜り、鳥人の懐へと接近。
槍に関しては俺も多少の学びがある。少しだけかじった程度だが、強みも弱点も把握していた。
対人戦においてリーチに優れた武器だ。しかし間合いを詰めれば本領を発揮出来ない側面もある。
が、槍は棒や根の類と同等の闘い方にも適応する。近接戦に弱いというわけでは無いのだ。
前提としてそれだけ修得難度は非常に高いのだが、斑鳩は当然会得しているだろう。
即座に矛が引かれ、薙ぎ払いといった撃退手段に移った。そこに怯まず張り付き続けることが最善手。
引けば追い、組討に持ち込もうものなら最低限の距離をとる。相手の動きに合わせての移動が要求された。
そこにすかさず両手を素早く伸ばした。奴が防御に回る。
斑鳩の眼前で大気が弾けた。しかし、ダメージにはなり得ない。
「——ッ」
何故ならそれはただの柏手。猫騙しである。極限まで意識を研ぎ澄ませた相手には効果がある。
奇襲により、ほんの一瞬硬直の隙をつくる。その間に俺が横に動いたことで、姿が消えたように見えただろう。
回り込んだのは背後。死角があるとすれば、此処しかない。
振り返る時間も与えない。反応が遅れる筈だ。
しかし、その前提は覆った。
奴は背を向けたままなのに、俺の腹部に衝撃が生まれる。
「詐突き」
「く、ぁ……」
呼気が止まる。防刃防弾のコートを着ていなかったら、臓器が潰れていたかもしれない。
辛うじて降ろした視線で攻撃の正体を把握する。鳥人の背中脇から伸びた、石突という矛と真逆の先端がめり込んでいた。
槍が突く為に必要な引くという動作を、背後に回った相手に対しての攻撃に転用した。死角に移動したことを逆手に取られた。
歯を食いしばった。まだ、チャンスがある。
その柄をがっしりと掴んで固定。空いた手で奴の背に押し当てようとする。
助走の無いゼロ距離からでも、暗勁ならば——
すると、一瞬槍を手放した斑鳩がくるりと向き直り、すかさず矛先が背になるように柄を持ち変えた。
「身渦突き!」
届く前に抑え込んだと思っていた槍がそのまま動き出す。
石突を更に深く押し込まれながら、螺旋の回転を付加して俺を吹き飛ばした。
視界が回り、柱に身を投げ出す。
背骨が軋み、口の中が鉄臭かった。そのまま嫌な音を立てて落下する。
兵達の喝采が沸く。
「イカルガ様の勝利だ!」
「ハッハー! 分かりきっていたけどなー!」
明滅する視界。野次の声が遠い。
意識を繋ぎ止めながら、頭を働かせる。
俺が模索する前からとっくに己の弱点を知り尽くし克服していた。どうする。
「今、何かしようとしたな?」
起き上がろうにも激痛で復帰出来ずにもがいている中、離れたところを歩みながら斑鳩が言った。
「『これさえ決まれば決定打になりうる』という意志が先程の動作で垣間見えた。何やら、手を押し当てるだけで起こせる奥義があるようだな。改めて接戦で近づかせるわけにはいかないと理解した。油断も隙もあったものではない」
あの僅かな時間の攻防だけで、そこまで読まれるなんて。これが、経験の差。
認めざるを得なかった。
この精霊獣は格上の相手。
技量も経験値も遥かに勝っている。研鑽に掛けた年月は、優に百年を越えるのだろう。
不意討ちは通じない。弱所が見当たらない。
歯噛みしながら、それでもどうにか両足を奮い立たせる。
そこで、右脚がまともに機能しないことを把握した。ようやく一際強い危険信号に気付き、顔をしかめる。
「う……!?」
目をやると、右の足首が不自然な方向になっていた。立ち上がれたのが奇跡といっても過言ではなかった。
さっき激突と落下の衝撃で、折れたのか。
「どうやら、その危惧も無くなったようだがな」
隠そうにも骨折でがくがくと震えが止まらず、向こうにも見破られていた。
どうにか左足を前に、激痛を堪えて右足を出す。ダメだ、きちんと歩くことも出来やしない。
斑鳩は近付く。こちらの腕が届かず、槍が届く範囲にまで易々と入り込む。
せめてもの情けか、背後や横に回り込んでは来なかった。
「降参しろ。さもなくば、次の一撃で確実に仕留める。ロクに躱せぬことは分かりきっている」
「……」
「力も覚悟も無く、綺麗事と口先だけの者があの御方にどうこうする資格などない。たとえ命を賭しての行為だとしても、待つのは無駄死にだ。これが、最後の警告だぞ。退け」
拳を握り締め、俺はハッキリ意思を伴って口を開いた。
「断る。この程度で諦めてたまるか」
あの人の痛みに比べたら、こんなもの安い。
覚悟に代償がいるなら、いくらでも払ってやる。傍から見れば狂気と思われる策を案じた。
ざわつく周囲をよそに前に出ていた斑鳩が確認する。
「良いんだな? では容赦はしない」
「優しいね、敵に対してそこまで気遣うなんて」
猛禽類の目元が据わる。
無言で、構えに入った。周囲もその緊張に静まり返る。
そして、神槍が唸りをあげる。恐らく全霊を籠めた最大威力の突きが放たれた。
「ーー貫鳴突きッ!」
その技の由来は、二度目の体感で分かった。
空をも貫く一閃により、風が獣のように唸ることからなぞらえた名であったと。
今の機動力を失った俺には当然回避の手段はない。防ぐにしろ、簡単に貫かれるだろう。
でも、矛が胴体の中心を狙うことが読めた。後はタイミングだけ、一つ間違えれば待つのは死。
上半身の力を振り絞り、迎え撃つように掌底を放った。
矛と手が、接触する。
当然、勝つのは槍の突きだった。
「ぐ、ぅうううううううううううううううううううううううッ!」
容易く掌を貫通し、真っ赤な槍頭が顔を出す。
そのまま胸元まで突き進もうとしたところで、動いた。
——今だ!
起こしたのは、貫かれた手による暗勁だ。それも精霊力を同時に流した波濤暗勁。
柄の進行を止め、その衝撃が伝う。槍の持ち手にまで流れて行き、斑鳩に届いた。
「ぐぉ!?」
見えざる衝撃に襲われた鳥人がのけ反った。片腕を抑えながら慌てて後退する。
もう片方の腕で手放さなかった槍はそのまま勢いよく俺の手から引き抜かれた。
鮮血が床に飛び散る。当たり前だ。右手にぽっかりと穴が空いたのだから。
もはや痛みを通り越した感覚だった。感電するように右腕は震え、真っ赤な流血が止まらない。
「アイツ……なんてことを!」
囲っていた兵達が予想外の展開に騒然としていた。
敵ながら痛々しい光景にひぃと悲鳴をあげる者もいる。
完全に肩を借りた結果だった。愚直に正面から来てくれたから出来た捨て身の反撃。
でも、一矢報いたぞ。
「し、正気か、貴様」
「……これで、槍捌きも少しは、鈍るかな」
「ぬぅ!」
「分かって、いるよ……右手を捨てるくらいじゃ、足りないよな、覚悟」
まだ無事な方の左手を前に、構える。息も絶え絶えながら、言ってやった。
「必要なら、もっと、捨ててやる、かかってこい」
「強がるな貴様ァあああああああああああああああああ!」
今度は向こうが攪乱する。余裕をかなぐり捨てていた。
迫るは手足の負傷した右側の上方。鳥人の本領は制空権、頭上からこちらに襲い掛かる。
俺は左手を突き出した。だが、もう槍を介しての衝撃を伝える芸当は通じないだろう。
そんなのは百も承知。死線をくぐった成功で更なる『コツ』と『本質』を掴んだ。
具体的な収穫として、波濤暗勁は直接本体に衝撃を伝えなくても、何かを介していれば届くということ。
ならば俺と奴との間にはいつだって存在する物がある。それを利用すれば、可能性が広がる。
大気に伝えられるのなら、届く。
ようやく悟った。この感覚の鋭敏さは、真噛との契約以降で備わりつつあった能力だと。
上位精霊獣と契約した恩恵。恐らく危機回避などの為に野生の勘や大気の動きを察知する感覚が、俺にも宿ったんだ。
大気の動きが分かりつつある俺は、この空気を捉えることを試みた。
送り込むは波濤暗勁の衝撃。拡散して手の届かない相手にぶつける。
そうして発生した衝撃の壁。激突した斑鳩の身体が跳ね上がる。なまじ急接近による相対速度が加算され、相応のダメージを負った。
が、戦意は衰えない。地に降りてもまだ向かってくる。
まだだ。俺は左腕を後ろに回してもう一度空を捉える。爆発的に自分を押し出す衝撃を利用する。
すなわち、意表の突進。震脚が片方出来ないが、勢いはついた。
使えない右手でも、肘は使えるのでくの字にした。
槍をすり抜け、奴と衝突。
「——勁歩頂肘!」
ありったけの肘撃。斑鳩の懐に右肘が突き刺さり、遥か後方に打ち上げた。
沈黙が降りる。俺の荒い吐息だけが一番大きく聞こえる。
流血が収まらず、身体の熱が抜けていくようだ。今にも倒れそうなのを堪えるのがやっとだった。
時間が戻る合図のように、奴の身体が床に墜落。
そして遅れて床に落ちた槍の反響音を皮切りに、怒号が連鎖する。
「や、野郎ぉおおおおおお!」
「よくも、よくもイカルガ様をォおおおおおおおおお!」
「もう虫の息だ! 袋叩きにしてやれェ!」
怒りに染まった兵達の囲いが狭まり始めた。矛や剣を一斉に向ける。
斑鳩との決着は着いても、まだ終わりではない。
此処は敵の腹の中。ましてや組織的な集団だ。将を撃破してもこちらの勝利とは言えない。
流石にこの状態で数の暴力には抗える想像が出来ないが、やってやる。
精魂尽き果てかけた肉体を命を捨てる気で揮い、乱戦に臨む覚悟を決めた。
「待て」
水を打つように、その一言が闘争の熱を鎮静させた。兵の動きがピタリと止まる。
声の主は介抱されて身体を起こした斑鳩によるものだった。まだ意識を保っていた。
しかし、立ち上がる気配が無い。それどころか、敗北の認識をしっかり受け止めたのか物静かに語る。
「……引導を渡すと宣誓した俺を差し置いて、この人間を討ち取ることを命じた覚えはない。それが許されるのは、こやつと同じく神槍斑鳩を降せる者だけだ。すぐに、名乗り上げよ」
一同は顔を見合わせた。
「いないのか。ではこのまま続けるなら、真っ向勝負の結果に水を差すことしか出来ないのだと認めることになるぞ」
やがて彼より身に腕の覚えのある者などいる由もないと黙り込み、矛を収める。
「我等は負けた。束ねる者が敗れて尚足掻く醜態を見せて何になる。その人間はあの御方の知己。そしてあの御方にお会いすることが目的なれば、賊としての視点は無いだろう」
あまりの潔さに騙し討ちを勘繰ったが、今の俺に対してそんな回りくどい方法をとる必要性を感じられず、警戒を緩めた。
戦意で誤魔化していたが、正直もう限界だった。蓄積したダメージと疲労がどっとのしかかり、痛くない部分が分からないくらい全身が痛覚に苛まれている。
気力で立っているだけの状態。あの人の元に辿り着けるかも危うい。
「面通しならば好きにしろ。だが、奪い返すのは許さん。あの御方と此処に降りてみろ。すぐにこの兵達が貴様を捕らえる」
「……」
「客人として振る舞う気がないのなら、関係のない話だがな」
それは馬鹿正直に白鷺さんと玄関から出て行くなということ。
つまり、連れ出すなら賊のように逃げれば良いと。
通り道のように、行く手の兵達が退いた。その先に彼女がいる。
右手を庇い、足を引き摺りながら俺はゆっくり前へと進んだ。
きっとアドレナリンとかで身体を騙している内に行かないと。これが完全に落ち着いてしまったら痛みが我慢出来ずにきっと動けなくなる気がする。
勝者とはあまりに呼べない醜態を鳥人達に見られる。
先程の我が身を省みない反撃を目の当たりにした畏怖、味方を幾人も傷付けられたことへの怨恨、この一戦を通した惜しみない敬意など、色んな感情が窺えた。
「手、貸そうか……?」
「バカ! ただでさえ見逃している相手に塩送んな!」
その申し出はフラフラで今にも倒れそうな様子を見かねてからか。口に出した兵を諫めるやり取りの方を向いて、俺はほんの少し頭を下げる。
「ありがとう。でも、勝手に上がり込んたんだ。自力で進むし、自力で去るよ」
脇目も振らない。血痕が足跡のように残すことを申し訳なく思いながら、上を目指した。
「人間、ヤベェ……」
しばらくして後ろからそんな呟きが耳に残った。




