3人での突入。精霊界と『破軍』の宮殿
今思えば俺は初めて精霊界にやって来たことになる。
鈴狐の精霊結界の中も一応その一部ではあるのだが、例えると庭先をうろついていたようなものであり、外界とは隔絶されていた。
此処から鈴狐達精霊獣が生まれ育ち、俺達の世界へとやってくるのか。
自然が豊かで領土も膨大だが、人間の世界とさほど大きな差異は見受けられない。
こちらにも人が存在するようだが人口は極端に少なく、点々とした集落があるようで国籍を持たずに細々と暮らしているという。
精霊獣と人間の比率は互いの世界で真逆になっている。そう考えると、不思議な釣り合いがあるように思えた。
とりあえず今は目的に集中。俺達は旅行感覚で足を踏み入れたわけじゃない。
『破軍』の拠点があるのは草原を抜けた白岩の荒地。無数の山脈が連なっていて、侵入者を拒んでいる。
大きな蒼狼の姿となった真噛の背に乗り、俺達は疾風となって険しい道のりを悠々と駆け抜ける。
今にも振りかかって来そうな大きな満月が、頭上で静かに佇んでいた。
衣服は海面に落ちてずぶ濡れだった為、天朧の衣装に。仮面は部屋に置いてきてしまっていたが、こっちなら身元を探られる心配は無いので、素顔をさらけ出せる。
「こっちに長居するのも何だから、ちゃちゃーっとハクロを取り返して帰ろっか」
「うん。ハクロ姉、きっと今泣いてる」
「大丈夫、すぐに解決出来るから! 終わったら今後のこと考えていこーね」
「あのさぁ鈴狐」
「なにー? アルくんどうしたのー? 色々聞けるのは今の内かもね。『破軍』の城に着いたらそれどころじゃなくなるかもだし」
俺の前で真噛の胴体にまたがっていた狐巫女は、ニコニコと屈託の無い様子で振り返る。
「実は結構落ち込んでいない?」
「おぅ、ふ……」
呻き声か聞こえ、はつらつとした雰囲気が俺の一言で一変させる。
がっくりと力なくうなだれた。
羅角さんに言われたこと、相当引きずっているんだろうなぁ。
「そんなに、顔に出てた?」
「付き合い長いからね」
「……えへへ、そっかぁ。アルくんはこういうことには鋭いねぇ。古くから馴染みの友達の抱えていた悩みを、私は気付いてあげられなかったのに」
「鈴狐……」
「分かっていた筈なんだよ。あの子が嫌なこと辛いこと他人に迷惑かけまいと抱え込んじゃう癖。でも、まさかハクロが、そこまで深刻なことになっていたなんて……。ほんと、なにやっていたんだろうなぁ」
責任を感じているのか、彼女は自虐的な言葉を漏らす。
快活であまりくよくよ悩まないタイプに見えるけど、意外と繊細な一面もある。
だが、敵地に乗り込む直前でそのモチベーションはあまりよろしくない。
「それを言うと俺にも非があるよ。この一年、一緒にいて気付けなかったんだから。連帯責任だ」
「ハクロ姉、我慢強い。心配かけないように表に出さないから、気付く方が難しい」
四足で地を蹴る獣となった真噛が、息を切らすことなく言った。
「まだ遅くない。ハクロ姉、連れ戻して挽回すれば良い」
「真噛の言う通りだ。至らないことに気付けたのなら反省して生かせば良い。生きていればそこでお終いじゃないんだから」
「そう、かな」
「あの人はそんなことで鈴狐を怒ったりしない。安心しよう」
それは俺にも当てはまる。次は守りきってみせる。
そして、あの人を必ず……
会話はそこで、途絶えた。
「……! あるじ、リンコ姉、見えた」
山をすり抜けた先で、徐々にその拠点が見えた。
それは、宮殿。都市に囲まれた荘厳な建物だった。
あの中に、連れ去られた白鷺さんがいる筈だ。
そこに接近するにつれ、闇夜の空に紛れて何かが迫る。
徐々にシルエットが明らかになって正体が分かった。
鳥人の斥候だった。恐らくは城からの警告。
「貴様等! 此処からは『破軍』の領地である! 所属と用件を言え! でなければ引き――」
「火吐珠」
警告にきた2体の鳥人に有無を言わさず鈴狐が迎撃に動いた。手から打ち出された火炎弾が的確に直撃。
「ガッ……」
「ごぉわ!」
羽虫のように落とされた彼等を尻目に「行きましょ、アレくらいじゃ精霊獣は死なないから」と先程まで落ち込んでいた狐巫女が先を促した。
更に宮殿の間近まで進むと、敵影が数を増した。蜂の巣をつついたように、どんどん出てくる。
俺達が選んだのは正面突破。真噛が加速した。
早期に決着をつけなくてはならない。兵達を無視して本拠地へと向かう。
目的はあくまで白鷺さんの奪還のみ。此処の壊滅ではない。
振りかかる、火の粉は振り払う必要ありそうだが。
「これ以上進むな! って、早っ……!」
「敵襲ぅ! 奴等このまま突破する気だ!」
「誰か止めろ! 急がないと――」
矛、剣、弓矢など。精霊獣は人の文明の利器を携えて一斉に襲いかかる。
「遅い」
だが、『破軍』の魔の手を狼は軽々と掻い潜った。迫る刃や飛んでくる矢をまるですり抜けるように置き去りにした。
敵を全く寄せ付けず、防衛線を突き進んだ。
砦を易々と飛び越え、都市に侵入。精霊獣達が暮らしていると思わしき家屋を通り抜け、目的地の目前にまで辿り着いた。
俺達を待ち受けるのは槍を交差して止まれと威嚇する門番と、閉ざされた堅牢そうな扉。
そこで蒼狼の背から狐巫女が跳んだ。
「鈴狐突槍爆裂脚」
放たれた飛び蹴りは、厚さ1メートルはありそうな扉をはりぼてみたいに吹き飛ばした。内部が開け広げになり、騒ぎは飽和する。
侵入と同時に真噛は狼少女の姿へと変え、着地した鈴狐が声高に宣言する。
「たのもー! ハクロを取り返しにきましたー!」
腰に手を当て、彼女は曇りのない不敵な笑みを浮かべた。普段通りに戻った。
「2人の言う通り、挽回出来るチャンスがある。なら、頑張らなくちゃね」
「やり過ぎないでよ」
内装は白と黒の大理石で建築されている。磨かれた床が、篝火の光を反射していた。
鳥人兵達が集まってきた。先程みたいに無視はできない。
行く手を阻む者だけを蹴散らす。
「白鷺さんは何処に監禁されていると思う!?」
「最上階! 高貴な御方ほど高いところに押し留めたがるもんさ!」
「上れば良いってことだね。なら単純!」
前方にいた複数の兵を、狼少女の殴打が薙ぎ払う。
「リンコ姉、あるじ、此処はわたしが」
後続を断つ為、真噛が階段前を陣取った。此処に残って相手をする気だ。
「行って。一人いれば充分」
「任せた!」
開けた長い階段をそうして駆け上がった。度々飛んでくる鳥人兵を撃退しながら、破竹の勢いで内部へ突き進む。
その最中で周囲に警鐘がけたたましく響き渡っている。
夜分に大騒ぎさせるのは気がひけるが、話し合いは最初から話し合いにならないのは分かりきっている。
でなければ、海岸であんな風に襲ってきたりはしなかった。
だから今度はこっちが強襲を仕掛けた。何が何でもあの人を解放させて貰う。
広い踊り場を抜けようとした矢先、その行く手に1体の鳥人が立ちはだかる。
「シャオッ」
奇声と共に動かした黒翼からこちら目掛けて弾丸のようなものが数えきれないほど撃ち出された。
俺と鈴狐は天井に届く高さまで跳躍。やり過ごした後、その攻撃の正体を見定める。
壁や床に突き立っていたのは、黒い羽。どうやら奴は翼の一部を凶器に変えることが出来るらしい。一般兵ではないことは明らか。
交差していた双翼を開くと、そこには人の姿があった。
鎖骨から腹筋を剥き出しにして羽織った衣服と、化粧とルージュを塗った男らしき人型精霊獣。なんというか、オカマ?
「あらやだぁ。そんな身軽に避けられたの初めてー。此処を3人で攻めようだなんてお馬鹿さんかよっぽどの自信家でしょうけど、それなりにやるみたいじゃなーい?」
「……うわ」
「せっかくだから自己紹介しちゃう。アタシの名前は刺羽よん。……あらそこのボク、よく見ると男の子にしてはとーっても可愛い顔してるじゃなーい、ちょっと良いことしない?」
艶やかに舌なめずりをするその仕草に、俺は脅威とは別の怖気さが走る。
庇うように鈴狐が間に立ちはだかる。
「ちょっとちょっとー、色目使ってアルくんを変な道に誘わないで欲しいんだけど? この子には今後も普通の子と健全なお付き合いをして貰──」
「ジャマよブス」
言葉の途中で狐巫女が突然のけ反った。気が付けば、刺羽の翼が振り上がっていた。
彼女の顔目掛けて、羽根の弾丸が当たったのだと遅れて気付く。
あの羽根そのものが、ナイフのように鋭いのか。
そんな凶器で狙われた彼女であったが、心配は無用だった。
「あうふん。ほほはあわへへ」
が、倒れそうに傾いた彼女はむくりと態勢を立て直し、ふがふがと言った。
その横顔を見ると、口には飛んできたと思われる羽根の弾丸をくわえているのが窺えた。なんて器用な。
それからプッと羽根を吹き、手元に落として続ける。
「すぐに追い付くから先行っててね。囚われのお姫様を助けるのは王子様自身が頑張らなくちゃね」
「分かった。頼んだよ」
「あら? それはアタシが此処を守っていることを無視して話進めているのかしら」
舐められたものね、と独白しながら刺羽は翼と身をたわめた。
対して狐巫女はその取得した羽根を振りかぶってダーツの如く投げ返す。
隙は作る。その意図を理解して、俺は同時に迷わず飛び出す。
自分の身体の一部であった羽根の投擲を刺羽は頭を反らす程度の所作で避けて突進してきた。
「分霊・管狐」
俺をすり抜けて標的に飛び掛かったのは、五色の狐達。鈴狐の分身達が先駆する。
刺羽はガードに移った。両翼で自身を包み、引っ搔いたりかじりついたりする狐巫女の分身から身を守る。
その間に俺は踊り場を走り抜け、二人から離れた。
見えた次の階段を上って一直線の目的地を目指す。
「──しゃらくさいわねっ」
一枚一枚の羽根を棘のように逆立たせて振り払われた羽ばたきが、管狐達を一撃で四散させる。
その場に残った刺羽と鈴狐は向かい合い、言葉を交わした。
「あの人間のボク、まんまと通しちゃったじゃない。どうしてくれんのよぉ」
「長居する気はないからねぇ。二人がかりで時間を掛ける必要なかったのさ」
「あっそ。でもカワイソー。怖い怖いイカルガちゃんがその先で待っているのに。下手したら死んじゃうかも?」
「ヒヨっ子だったイカルガがどれほど強くなっているのか私も知らないけど、此処にいるよりよっぽど良いと思うなぁ」
「どうしてかしら?」
「だって多分、『破軍』の中で貴方が一番強いから」
刺羽のお茶らけた態度が少し消えた。
「あら? あらあらあら、突拍子もないこと言うのね。情報の出所はどちら様から? 身内にもオフトークだったのに」
「それは内緒。その根拠に、力量見られたくないから此処一人で守っているんだよね? あの子と同じで天上位の精霊獣になりかけている。正直凄いよ、私が知っている中で人と契約しないまま単身でそのレベルに達するのってあの鬼の王シュテンぐらいだもの」
「アンタ……何者?」
「だから、ちょっと全力でいかないとねぇ。この宮殿の中、被害気にしなくても良いし」
そう言った直後、狐巫女の背後が燃え上がった。紅蓮の火柱が、壁や天井を焦がす。
その正体はただの業火ではなく、彼女から飛び出したものであった。
厳密に言うと、尻尾が突如として燃え上がっている。
煌々と熱と光を発する神秘的な光景に、女々しくも雄の鳥人は瞠目して顔を強張らせた。余裕といえた体裁をその変化によって削ぎ取られている。
「さ、覚悟は良い?」
狐巫女の琥珀の目が妖しく光り、広大な踊り場に炎の奔流が押し寄せる。




