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語られる『北斗』の由来。夜会話と急転


 お開きとなって皆は帰って行った。

 バスまで見送った際にダリオから肩をがっしり掴まれてこう言われる。

「後で学校に戻ったら色々……主に天金(アマガネ)さんとお前との関係について、たっぷり聞かせて貰うからよろしくな」

「……職場の付き合いなだけだよ」

「ハッハッハッ。……旅行するほどの仲に進展した経緯について聞くだけさ」

 何度も肩を叩いてくるその顔は、笑顔を繕っていたが目は笑っていなかった。


 ホテルの帰り道、すっかり暗くなった沿岸を歩いていると、白いシルエットが砂浜のベンチに座っているのが見えた。

 白鷺(ハクロ)さん? あんなところで何をしているのだろう。


 その場に赴くと、気付いた彼女が明るい表情を見せた。

「ご友人はお帰りになりましたか?」

「ええ、たった今。お騒がせしてすいません」

「そんなことないですよ、楽しかったですから。アルフさんの素敵なお知り合いともお会い出来ましたし」

「素敵、ですかね……? それで、白鷺(ハクロ)さんはどうしてこちらに?」

「この海の夜景をもう少し見ていたくて」

「一人で出歩いていると危ないですよ?」

「大丈夫ですよ、こう見えて人さらいを企てるような悪人や荒魂(あらみたま)には滅法強いんですから。それに……」

「それに?」

「アルフさんがいらっしゃいましたし、十分安心しても良いでしょう?」

 そう言ってやんわりとはにかむ天使。ごく自然に向けられた好意的な態度にドキンとした。


 だが、すぐに俺は思い直す。これは白鷺(ハクロ)さんにとっては別段特別なものではないのだと。

 きっと他の二人にでも、同じことを言っていたに違いない。


 日中の騒々しさが嘘のように、浜辺は波の音だけしか聞こえない。

 月も出ているからか、白鷺(ハクロ)さんのブロンドがキラキラと煌めいていた。


「お時間よろしければ隣へどうぞ。空いていますよ」

「あ、はい」

 素直に俺はベンチに座った。鈴狐(リンコ)達は日中、とりわけ活発に動いていたから今頃部屋で寝ているし、此処でゆっくりしていても大丈夫だろう。


「アルフさんも今日はお楽しみいただけましたか?」

「勿論です。お誘い頂きありがとうございました」

「いえいえ、わたくしの我儘でしたからこちらの方こそ感謝していますよ。迷惑だったならどうしようかと」

「俺にお気遣いはいりませんって。今後も鈴狐リンコ真噛マカミと遊びたいのなら、いくらでも呼んでください」

「二人だけじゃ……」

「はい?」

「いえ! 何でもないです!」


 身振り手振りで慌てて誤魔化す白鷺ハクロさん。何を隠そうとしたのだろうか。


「ともかく、今日はとても羽を伸ばすことが出来ました。あ、言葉の綾ですね昼間は隠していたので」

 そう言って本当に小さな白い羽を広げ、伸び伸びとした様子を見せる。

 すると、背後でひらひらと一枚の羽根がベンチから落ちた。


「ああ、気になさらないでください。時折抜けるんです。抜け毛ならぬ抜け羽根です」

「抜け羽根って……」

「時間が経てば精霊力に還元されて蒸発しますから」

 彼女の言う通り、やがて抜け落ちた純白な羽根が光と化して分解されていく。

 本人は至極苦しむ素振りも見せないことから、問題は無いのだろう。



「それよりも、少し昔話をしてもよろしいでしょうか?」

「一体、どんな話で?」

「『北斗』の成り立ちについてです。貴方にもそろそろ知って貰うのに丁度良い頃合いであると思いまして」

「良いですよ。是非聞かせてください」

「ありがとうございます。……ごほん、では」

 咳払いの後、彼女は静かに語り始める。


「アルフさんが産まれてくるよりも以前……本当に気の遠くなるほどに昔のことです。わたくしには契約を結んだ相手がいました。シャリオという女の子です」

 示唆するは、四英雄の一人。グランシャリオの実の名。

「その子は精霊界に定住する数少ない人村の生まれで、わたくしと出会うまでは貧しい家族の為に働く日々を過ごしていました。シャリオという名は二輪馬車という意味で、よく働く稼ぎ頭になれるよう名付けられたそうです」


 話を続けるにつれて懐かしそうに白鷺ハクロさんはほころんでいく。輝かしい記憶に想いを馳せているようだ。


「人一倍、正義感が強い子でした。わたくし達のいた精霊獣の世界とこの人間界の関係に亀裂が走りそうになった時も、まだ幼いにも拘わらず尽力してくれました。こうして平和になっているのも彼女がいたからです」

 けれども……と言葉を少し濁す。理由は何となく分かっている。


 グランシャリオは、戦死していると史実で学んだ。

 大切な人を早くに彼女は亡くしたのだ。それ以来、これまで誰とも契約主と結んでいないのはそういうことなのかもしれない。


「シャリオはいつも言っていました。もし自分が将来名を残せたのなら、立派な英名にしたいと。わたくしは世界を平和にしたいという彼女の意思を継ぎ、彼女にあやかった名前の組織を立ち上げました」

「それが『北斗』……」

「ええ。偉大な貴女へグランシャリオ、と」


 普段は当たり前に関わっていた『北斗』の出自を俺は改めて知った。

 あそこは、志半ばで散った契約主の為に未来を明るくしようと作られた場所だった。

 気の遠くなるような年月の間、ずっと一人で……


 敵わないな。そのスケールの大きさは頭が下がるばかりだ。

 反面俺も、及ばずながら力になれるのならと思った。


「きっと、その人も喜んでいると思いますよ。頑張っている白鷺ハクロさんを見ているのなら」

「ありがとうございます。だとしたら、とても嬉しく思えるでしょう」

 見上げた夜空には、星々が瞬いていた。


「アルフさん、わたくしは……」



 白鷺ハクロさんがまた何か話を切り出そうとした矢先――

 不穏な風が、耳を掠めた。



「危ないっ」

 思わず彼女を抱えて跳んで間もなく、元いたベンチが激しく砕ける音が続いた。

 虫の知らせなのか、身の危険を感じて間一髪離脱した俺は遅れて襲撃を悟る。


 砂地に着地して態勢を立て直した俺は、その人と呼ぶには歪なフォルムの犯人を捉えた。

 体格は俺の二回りも大きく、ふっくらしたシルエットの大半が羽毛によるものであると認識が遅れる。灯りの少ない夜のせいか。


 言葉で形容するのなら、鳥人とでも呼ぶべきだろうか。

 灰色の羽根に包まれた丸太のように太い腕はどうやら翼が変化したもののようで、ベンチを素手で粉砕するだけの腕力が窺える。民族衣装らしき衣を辛うじて纏うところから、理知もあると推測。

 厳つい黄色のくちばしと、黒い斑点に隠れた目元の奥で黄色の目が光っていた。


 白鷺ハクロさんとはまるで異なり、辛うじて人型の骨格を持つだけで殆どが猛禽類の外見を持つ。十中八九、精霊獣の来襲だった。


「推参者、名を名乗れ」

「『破軍』の斑鳩イカルガ

 鳥人は低い声で名乗り上げる。やはり、人語を介するか。


 それに『破軍』って確か……


「目的は何だ。何故、俺達を襲う」

「語る気も無いが、貴様に用はない。あるのは」

 羽先のような五本指で指したのは俺の隣で強張る幼き天使であった。



「そちらの御方のみ、大人しく差し出せ」

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