一夏の思い出と横槍。アームレスリング
それから日暮れ時になるまで海を満喫した俺達は私服に着替え、ビーチに用意されたフリースペースでバーベキューを始めた。
飛び入りの形になったダリオ達であるが白鷺さんと鈴狐の精霊結界から持ち寄った食材は、人数が増えても十分過ぎる程に余裕があった。
肉、野菜、魚介。皆は思い思いの具材が刺された串を、金網に並べていく。
各々の精霊獣達も顔を出して賑わいを見せていた。
といっても生徒達の精霊獣は食事を取らないが、楽しい雰囲気を共有する事だって必要だろう。
イルカの翠音、虎の虎土、燕の黒羽、鼬の鎌居、梟の木梟と勢揃いである。
日が暮れた少し離れた砂浜の方で彼等は遊んでいる。仲良くやっているようで何よりだ。
「でもアルフ、鈴狐ちゃんは大丈夫なのか? 部屋に取り残してご馳走堪能しちゃってさぁ」
「あ、うん大丈夫。後で持っていくから」
実際は隣で肉を頬張っているだなんて言えない。
逸らそうと、俺はふとした話題を振る。
「そういえば、皆は日帰りなんだよね? ベル先輩も、ダリオ達と一緒に?」
「ああ。オルタナ先生達は既にホテルに向かった。『貴女も合流出来たことですし後はご自由に』だそうだ。ボクらも泊まるにしたって流石に学生の身じゃホテルの出費は痛いからな。バスが残っている内に皆と帰るさ」
「それでしたら空き部屋があればわたくしが掛け合って負担致しますよ?」
「おお! マジっすか!? 『北斗』の社長は太っ腹だなぁ、是非──」
「いや、そこまで世話になる訳にもいかないだろう。素直に帰るぞダリオ」
「ああ言って貰えるし良いじゃないですかベル先輩ー。好意を受け取るのも時には大切っすよ? そんな堅いこと言わずに」
「ダーメーだっ、君は常日頃から他人に集ることに慣れ過ぎだよ」
肉の焼ける音を聞きながら、そんな談話が続く。
「今日はたくさん泳いだし十分海を満喫出来たなぁ」
「負けず嫌いだよねーアリス、あたしと競ってばかりだった。それにお兄さんさー」
自分の取り皿を山盛りにしながら、レイチェルが話を振る。
「普段は分からなかったけど良い身体してたねー」
「やっぱり『北斗』で特殊なトレーニングとかあったりするんですか?」
「そういうのは、これといって無いかな……」
「……フッフッフッ」
聞き耳を立てていた鈴狐が忍び笑いを漏らしている。如何にも「その肉体は私が育てたのだ!」と言わん気に。
「なるほどな、お前喧嘩した時も凄かったし、その分野の企業に関わっていたからだったのか」
「えっ兄さん誰かと喧嘩したの!?」
「いや、ちょっと前にね。だからさダリオ……」
「いけね、口止めされていたの忘れてた。すまん」
「まぁ此処だけの話なら構わないけどさぁ」
「ボクとしても秘密があるとして、君とは共有出来ないなぁダリオ」
「そりゃないでしょ先輩!?」
相変わらずの口の軽さに呆れながら、ベル先輩の指摘で涌いた一同の笑い声に混ざる。
俺も、心の底から楽しいと思える一時だった。
「そんでよぉ、ソイツが這いつくばって謝るもんだから髪掴んで地面にキスさせてやったわけよ。バスケットボールみたいによく弾んでたぜ」
「そしたら見事に前歯が欠けてミミズみたいにもがいてたよなぁ! 良いトシしたオッサンがあんなに泣き喚くところなんて見物だったわ」
「ぶははは! ひっでぇ! 俺も見たかったわー」
「あのオヤジもいい勉強になったんじゃね? 小さな親切大きなお世話ってよ!」
「言えてる言えてる。……おい見ろよ」
「おっ? なーんか面白そうなことやってんじゃーん」
そんな立食の集まりで、ただならぬ会話が聞こえ始める。
少し年上の若者達が明らかにこのフリースペースの方へ向かっていた。それも四人。
腕や首にシルバーアクセ、顔中にピアスは勿論刺青のある者もいた。
不穏な空気を察して、皆の笑顔が尻すぼみに消えていく。それでも構うことなく彼等は踏み込んで来た。
「これ、ちょっと、ヤバくない?」
「木梟達呼んだ方が、いや、通報……」
レイチェルとロベルタがヒソヒソと話し込む。
「何か御用ですか?」
果敢にも、アリスが毅然とした態度で前に出る。しかし、若者達は値踏みするように、彼女とこちらの面々──女子勢をジロジロと眺めて口笛を吹いた。
「ヒュー! 野郎もいるけど中々可愛い子ちゃん達が揃ってるなぁ!」
「俺達も混ぜてくれよー、多い方が楽しいぜェ?」
「な、何ですか! いきなり入ってきて!」
「堅いこと言わないでさー仲良くしようや、女の子達」
夕食時の利用客が俺達しかいなかったことが災いし、彼等は仕切り出そうとする。
「こ、この、いい加減にっ」
「待って」
俺は妹を抑えた。下手に刺激して危害を加えられるのは不味い。
それに、手を置いた肩から震えが伝わってくる。怖いのは当たり前だ。
代わって俺が丁重にお帰りしてもらうよう説得する為に進み出た。
「すいません。これは身内での集まりですから外部の人はご遠慮しているんですよ」
「ほらほら、こんなしみったれた空気なのも酒足らないからだろ」
「話を、聞いてください」
「すっげぇ肉いっぱいあんじゃねぇか! 早く焼こうぜぎゃはははは!」
お願いしても彼等は全く耳を貸さない。それどころかこちらの用意した物を勝手に漁り始めた。
「んあー? 酒ねぇのかよ。オイ、お前ら」
無精髭の目立つ顎でしゃくるのは、明らかに俺とダリオに向けての示唆であるのは明白だった。
「こっからひとっ走りして人数分の酒買ってこいよ。金は戻って来たら清算してやるからよぉ」
馴れ馴れしく肩を回しながら「よーく品定めするんだぞ? 分かるよな?」と俺達だけに聞こえるように囁いた。
時間を掛けてから戻って来い、という言外の意が含まれていた。恐らく、そうしている間に彼等は皆を連れていなくなっているだろう。
顔をひきつらせたダリオと目が合い「もうコイツ等シバいちゃえよ!」と訴えてくるのが窺えた。複数人相手に他人任せな。
でも、確かに穏便には済ますのは難しそうだ。
荒事になるのを覚悟を決めて、浅く息を吸って動こうとする。
「はいはい、此処からは任せてねー」
しかしその役割をかっさらうように、鈴狐が横を素通りする。
「ねぇお兄さん達、皆腕っぷしには自信ある? さっき武勇伝みたいなのがチラッと聞こえて来たんだけどさぁ」
「どーした姉ちゃ……おほっ、すげぇ上玉」
「どうなのかな?」
見るからに粗野な相手にもにこりとした面持ちを崩さず、彼女は声を掛ける。
向こうも妖艶な美貌に気付き、完全に意識を鈴狐へと向けて鼻の下を伸ばした。あわよくば、という考えにつられて話に耳を貸すようだ。
「お、おう! ここいらの路上では敵無しさ。この前なんか元ボクサーのオッサンを三発でノしてやった」
「そうなんだー。お姉さんねぇ、ジム通いでこう見えてもちょっと力があってね、強い人に興味があるの」
「へ、へぇ。そんな風には全く見えねぇが」
「んふ、よく言われる」
クスクスと笑いつつ顎に人差し指を当てる蠱惑的な仕草を見せつけながら、彼女は誘導する。
彼等はそのジムでのトレーニングはとても緩い物だと想像しているに違いない。
「せっかくだし、どれくらいたくましいのか試してみたいなぁ。お兄さん達の腕っぷし、見てみたいなぁ。何か競うのに良い方法はー……そうだ!」
思い付いたように両手を軽く叩き、柔らかい細腕を伸ばしてフリフリと手を振る。
「私とアームレスリング、とかやってみない? そうだねぇ、勝った方の言うことを何でも聞く……とか、どう?」
「ハイハイやるやる! 俺と勝負しようぜ姉ちゃん!」
「オイずりぃぞ! 抜け駆けすんなコラ!」
「腕力なら負けてねーぞ! 俺にやらせろ!」
「いいよー、皆挑んで一番強い人決めましょ♡」
なんて、突如始まった腕試しに乱入者は既に勝利を確信してか欲望に想いを馳せてニタニタと笑い、皆は不安そうな面持ちを見せていた。
テーブルの上に向かい合った鈴狐と真っ先に名乗り出た一人目が肘を乗せて手を重ねる。
「ハイ、どうぞスタート」
「は?」
「いつでも来て良いよ? さぁ力入れて」
「──うぉぉォ!」
レフェリーをはしょって鈴狐は合図した。慌てて男が横倒しにしようとする。
渾身の力を籠めているのか、立てた腕を震わせる男とは裏腹に、鈴狐の細腕は彫像のように動かなかった。
「ぐぅううう!」
「がんばれがんばれー」
顔を真っ赤にする相手とそれを涼しい顔で応援する彼女達のアームレスリングは、始まった位置から全く変化を催していない。
狐巫女はただ、相手の腕力と拮抗させるだけで決着をつけずに過ごしている。端から見れば、男の方がパントマイムでもやっているみたいにしか思えないだろう。
数分間が流れた。
やがて、男が根負けして床にひざまづく。
「情けねぇ、女の細腕に何ふざけてんだっ」と彼等の中で一番大柄な男がぬっと太い腕を捲って置いた。
「まぁいい、俺が一番手に出来るってことだからなぁ」
「はい次ー」
一回りも違う体格差での二回戦。大男はミシミシと音を立てる程に筋肉を発揮して臨んだ。
「ぬぅうううッ!」
「おー、お兄さんさっきの彼よりも力あるねぇ」
結果は変わらなかった。
どんなに踏ん張っても、額に血管を浮かせるほど躍起になっても、鈴狐の腕は微動だにする気配も無かった。
巨漢が息も荒く尻餅をつき、彼等もこの人が並外れた腕っぷしを誇ることに気付き始めながらも、
「つ、次は俺だ! 流石にスタミナ持たないだろっ」
三人目が消耗を狙って挑んだ。確かにどんな力持ちでも立て続けに力勝負をしていれば最初よりも衰えを見せるというのは分かる。
「ほらほらーもっと全力を出して」
「ま、マジで動か……ね……!」
だが、そんな思惑も呆気なく打破された。
俺の師でもある彼女は、当然同じように筋肉と関節の回し方をマスターしている。ましてや精霊獣としての土台を考慮すれば、遅筋の持続力も桁違いだろう。
なんせ、あの羅角さんとも取っ組み合いが出来るのだ。きっと羅角さんも手加減していて、鈴狐もこの技術で補っているというのを踏まえてもだ。
「イカサマだっ!」
三人目も精根尽き果てるのを契機に、最後の一人は挑戦よりも椅子を蹴って怒りを表現した。
「ハナから俺達をハメる気で勝負を持ち掛けたな!?」
「人聞き悪いこと言わないでよぉ、私も力があるって前置きしたけどー?」
「ちょっとって言ってただろ!? 大の男を連続で三人倒して何ぬかしてんだっ」
「でも、わざわざ勝ち目が無いのに勝負は持ち掛け無いでしょ? それにちゃんと互いに自信がある土俵で文句を言われても困るよぉ」
「このアマァ!」
胸ぐらに掴みかかろうとした手首をすかさず捉えて、彼女は静かに言う。
「離、せゴラァ! こ、の……!」
「イカサマかどうか、試してみる?」
「……う、ぐ」
振り払おうと抵抗するもアームレスリングの時と同様、完全に丸め込んでしまっている。
それを踏まえての三人を文字通り軽々と捻った力をちらつかせての脅し。力で物を言わせる者にとって、より強い力に対しては屈する以外に術はない。
「そのままで、天金」
いつの間にやら項垂れた男三人の背中をさすっていた白鷺さんが、やって来る。
「な、なんだこのガキ」
「失礼いたします。安心してください、危害は加えません」
天使は狼狽する彼の懐にそっと小さな指で胸を突いた。
すると、興奮して上下する男の肩がゆっくりと降りていく。
「……う、うう」
それどころか、彼は地面に座り込んでしまった。他の男達も、何だか意気消沈している。
「ラカクがいなくて良かった。でなければ、病院送りで車椅子かベッドとお友達になっていたところでしたよ……いや、わたくしが治せば……あ、でもトラウマまでは無理ですね」
「白鷺さん、何をしたんですか?」
「彼等の中にある溜まりに溜まった邪念を祓いました。荒んだ心もこれで当分は落ち着くかと」
「ご、ごめんなさいぃ……お、俺、俺ェ」
這いつくばったまま顔を上げた男は顔中を濡らして謝り出した。続いて他の連中も嗚咽を合唱し始める。
「今まで何やってたんだ俺達……社会に反抗した気でいて、馬鹿じゃ、ねぇの……」
「ごめんよぉ母ちゃぁああん放蕩息子でごめんよぉおお」
「これからは真面目に生きてくよぉ」
「あまりに心ない人だったら悪意を消すと同時に自我を失くしてしまうこともあるんですが、更正の余地は十分にあったようですね」
小柄な身体とは裏腹に聖母のような白鷺さんに諭され、男連中はやって来た時とは打って変わって泣きながら何度も詫びて立ち去っていった。
何故か天使も「ごれがら頑張ってくだざいねぇ……」と貰い泣きしていたことには触れないでおこう。
その一部始終に「何コレ……」とダリオ達は唖然としながら見送っている。
そんなトラブルもあったが、夕食は無事平穏に過ぎていった。




