ぺいどさまーばけーしょん。その3
「アルフさんチーム頑張ってー」
「アリス達も負けないでー」
白鷺さんとロベルタの声援を受けながら、試合は始まった。
「それじゃあ、いっくよー」
快活にレイチェルがジャンプサーブを放つ。
勢いよく飛んでくるボールをすかさず天金こと鈴孤が両腕を突きだしたレシーブで受け止める。
「はーい、任せたよー」
威力を殺され、真上に跳ね上がるボール──豊かな双丘も一緒に弾んだ時に「なッ!?」と何故かレイチェルが上擦った声を出した──に俺は向かう。
「パス──頼んだっ」
狼少女のもとにトスを回す。
「へいへい全力で良いぜぇ! 受けてやるから打ってこいお嬢さん」
自信に溢れたダリオが立ちはだかる。その挑発に、
「──むぅっ!」
狼少女の闘争心が触発された。彼女はすぐに砂地を飛ぶ。
ネットの高さを悠々と越えたクオウもとい真噛。
細腕から振りかぶられた渾身のスパイクが、凄まじい音を出した。
打ち出されて弾丸と化したボールがダリオの横合いを通過し、敵陣の地面に着弾すると同時にちょっとした爆発を巻き起こす。
「ブォゴーッ!?」
不幸にも衝撃の余波に巻き込まれた彼はたまらず凪ぎ払われ、その一部始終を傍らで目の当たりにしていたアリスが瞠目した。
地面に降りた真噛は鼻を鳴らす。
「よし! 決まった……!」
「いやよし! じゃないよ! 何やってんの!?」
「アル、フ、どうして? ちゃんとコート内だけど? ボール、叩く時に精霊力で包んで保護したし」
「一般人! 皆ただの一般人! あんなの当てたら大怪我するから加減しないと!」
「全力で良い、言ったのに」
俺の注意に唇を尖らせた真噛。周囲は何だ何だ花火かと少し騒ぎになり、ロベルタも「人型精霊獣ってそんな腕力あるの……!?」と戦慄していた。
「全くあの子ったら……先輩大丈夫ですか」
「……おう、アリス、見かけによらず強烈な一発をくらったぜ」
「直撃してないですからねソレ」
砂を被ったダリオの震えるサムズアップに、アリスは息をつく。
「レイチェルも一応無事……アレ? レイチェル?」
「……あうぅ」
爆心地からは距離があった筈のレイチェルだが、何故かがくりと膝をついていた。
ああ、何かデジャブがよぎった。
「どうしたの」
「……いや……その……」
「レイチェル?」
「あ、あれがどうしても目に……」
向かいにいた俺達……というか鈴狐を指差して彼女は続ける。
「あたし、さぁ……育っている部類じゃん。特に、学年の中ではさぁ」
「う、うん」
「この夏に備えて、密かにダイエットでくびれもバッチリにして、スタイルに自信があったんだけど……あんなの卑怯だよぉ……なんだよ、たゆんっ……たゆんって!」
引き合いに出された張本人は頭に疑問符を浮かべつつその豊満な肉体美を無自覚に見せつけていた。
「もうダメ立ち直れないあたしギブアップする……海って残酷ぅ」
「ちょっダメ、良いじゃないレイチェルだって十分大人な身体なんだから。それに比べちゃうと私なんか全然まったくちんちくりん……って何で私まで落ち込むようなこと言わなくちゃならないんだろ……」
挫けつつあったスポーツ系少女を慰めていたアリスも、段々二次被害によって頭を俯き始める。深紅のポニーテールがそれに応じて吊り上がっていく。
「だ、大丈夫! 二人はまだ育ち盛りだろう!? これから頑張れば良いんだよ」
「……兄、さん」
「あの人は……天金さんは精霊獣。そんな極稀で特殊な例だから比べる必要なんて無いし、アリスもレイチェルも違った良さがあるって」
「オーランくんの言う通り。人それぞれに違った良さがあるんだよ、んふふ♡」
俺がフォローする傍らで腕を狭めてポーズを決めるなポーズを。
それからは、競争というよりラリーを出来るだけ繋げる方針を提言し、ほのぼのとした路線での試合を続けた。
ビーチバレーが一段落したところで次はどうしようかと意見を出し合う中で鈴孤の提案が一際注目する。
「じゃあスイカ割りなんてどう?」
「スイカを?」
「そう、目隠しした状態で周囲のアドバイスを頼りに置いたスイカを棒で割れるか挑戦するゲームでー」
いつの間にやら後ろに置いてあった緑色の丸々実った果実を指差し、片手で軽々と持ち上げながら説明する。
「──ん?」
しかし、その途中で狐巫女の顔が曇った。
手の内にあるスイカを訝しく凝視したかと思うと、突然手刀で真横に一閃する。
スッパリと、その果実は真っ二つに割れた。ダリオ達が「えっ? 今、素手で、え?」と呆気にとられるのも束の間。
何より驚いたのはスイカの断面図の方だった。
中を見るまで鮮やかな赤を想像していたのだが、大きさとは裏腹に肝心の果肉が色づきを忘れたように真っ白で熟す陰りも無い。
それもその筈。それはスイカではなく──
「冬瓜だコレー!? 良く見たら皮にマジックで模様描いてあるー!」
一見見分けが付かないよう無駄に手が込んでいる! と何故用意していた物の変化に戸惑っていると、
「──ブァーハハハハッ! すり替えられていたのに気付くの遅ぇよ! お前らのアホっぷりよーく拝見させて頂きましたァー! アーハハハハッ何だぁその間抜け面!?」
豪快に大笑いする犯人らしき人物の声に、俺達は一斉に振り返る。
仁王立ちしていたのは、褐色肌の少年だった。俺の良く知る小鬼は普段のオーバオール姿ではなく海パンを履いている。
普段の黒髪から掻き分けて伸びていたトレードマークの角は引っ込んでいるせいで、余計に地元で客を困らせる悪戯小僧にしか見えない。
「何やってんですか羅角さん……」
「面白そうなことやっているからだろう? お前らが鉢合わせでもしなけりゃあ来やしねぇよ」
なんて、威張って言い退ける彼の顔はまだニヤついている。
「誰?」「『北斗』の人?」「あっちの知り合いっぽいけど」とアリス達は自分達の学校の校長その人であることなど露知らずに口々にしていた。
そういえばこの人、教職員という立場上成人の姿になっているんだよなぁ。
「でも、どうして俺達が居合わせていることを羅角さんが?」
「はー全くよぉ、オレには校内の出来事が筒抜けなことを知らねぇのか?」
「いや知りませんって! そんな今更何言ってんだよみたいな顔してますけど初耳ですから!」
それに例え学内の情報を網羅していようと、それだけでは納得しかねる。俺は別に学校で海に行く話を誰かに漏らした記憶はない。
「待ってくださいよラカク、話が違いませんか?」
「お? 何がだハクロ?」
「この前ウチにいらした時、今日のことをお伝えして誘ったのに一緒に行かない、と断った筈ですよ?」
「ああ言ったさ。一緒に行かないとな」
「で、では何故……?」
「だーれも別々で行くと言った覚えがねぇからなガッハッハッハッ」
「ええー……! 屁理屈ではありませんかーっ」
混ざりたいなら素直にそう言えば良いのに、と思いながらも俺は黙秘を通しておいた。
しかしなるほど、この乱入にも合点がいく。こうなる状況を読んでいたのか。
「それにホレ、ゲストもちゃーんと用意してある」
親指で差した背後から、更に遅れてやって来るのは、諸事情あってかダリオ達から除け者にされていた人物であった。
俺も、よもやこんな海に参加するとは思いも寄らない。
「せ、先輩……!?」
「……やぁ」
俯きながらビーチサンダルを履いてトボトボと近寄るベル先輩。
浮かない表情とは裏腹に、眩しい陽光にさらされた銀髪が反射している。
気になるのは、やはり彼女が水着姿を隠しているという点である。
上半身に締めたラッシュパーカーを羽織りながら、ズボンを履いていないせいか、丈の下で白いふとももが露になっている。いつもと違ってそわそわしていた。
だがキッと面を上げたベル・カーデナルの表情は、羞恥だけでなくやや憤慨した様子を見せる。
「……先日、校長室に呼び出されて聞いたんだ。皆でこうして海に出掛けるって話を。でも、どういうことだい、ボクには何にも誘いが来ていないぞ?」
「いや、あの、これは仕事付き合いで行ったらたまたま……」
「お、俺達も先輩は水着なんて迂闊に着れないだろうし失礼かなと思って──」
「ぼ、ボクだけ蚊帳の外なんて酷いじゃないか! ち、ちゃんと水着ぐらい着るもん! 禁止されてなんていないもん! ダメ元でも断りくらい入れてくれよぉっ」
誘ってくれなかったこと、やっぱり気にしているんだ……!
すいませんでしたー! とすぐに俺達は頭を下げに行った。
先輩ってたまに子供っぽいところあるよなぁ……。かと思えば、蝶姫のような一面を持っていたりするし。
そんな一悶着はさておき、また別の場所で火花を散らし始める二人がいた。
「というかスイカどこやったの!? すぐに返しなさい!」
「んあ? とっくに食っちまったよ丸ごと全部な」
「とっくに……って! 私が精霊結界の中で育ててたんだよ!? 化学肥料農薬無使用で丹精込めたスイカをー!」
「……へぇ、なーんだ、買ったやつじゃなくてお前のかよ。どおりで──」
至極つまらなそうに小鬼は続ける。
「薄いわ水っぽいわ、まともに食えたもんじゃ無かったぜ。お前良くあんなもんを人前に出す気でいたよな?」
「は? 全部食べてその言い草?」
流石の狐巫女もそれにはカチンと来たご様子。身長差のある二人が間近で向き合った。
「肉ばっかり食べているから舌馬鹿で濃ゆい味付け以外は分からないだけでしょ?」
「おい、誰が馬鹿だコラ、あ?」
「舌が馬鹿、って言ったんだけど? 誰も頭の方だなんて言ってないんですけど? あー意図とは違う単語に反応するってことはやっぱり馬鹿なんだねぇ」
「はははは! ちょーっと最近調子に乗ってんじゃねぇの? アマガネちゃんよぉ……!」
あ、不味い。この調子だとまた口論が加熱する。
しかし、こうなった二人をそう簡単に止められる者はいない。俺の制止も羅角さんを相手にしている時だと彼女は素直に聞いてくれない。
白鷺さんも「やめましょうこんな所に来てまで喧嘩するのは良くないですよ? ね?」と言葉を掛けてもまるで届かない。
「だいたい何だこの無駄にデケー乳は。こんなもんぶら下げて苦労してんだろうな? おぉ?」
無遠慮に鈴狐の双丘を持ち上げで上下に揺らしながら煽る。
やり取りを見ていたダリオが「ぶわっ!?」と背後にノックバック。しかし、本人は身動きひとつせずに底冷えした視線で彼を見下ろしたままだった。
「お前ほんとは牛の精霊獣なんじゃねーの? なんなら良い酪農家がいるから紹介してやるぜ?」
「そっちこそ、鬼の癖にそんな普通の海パンなんか履いちゃって威厳の欠片も無いよねー。どこにやったの? 黄色の縞柄の鬼のパンツは」
反撃とばかりに膝まである彼の水着を無造作に引っ張って軽いゴムパッチンを何度も仕掛ける。
「もしかしてお婆さんの洗濯を桃太郎にでもパシられた? 此処は川じゃなくて海ですよー? それとも区別つかないくらい頭が悪かったんだ?」
「ああー困るなァ、お伽噺好きな田舎者は。たとえがいちいち古臭ぇ」
ブチィ! ブチィ! と立て続けに血管の切れたような不吉な音を皮切りに俺は危機を察知した。
「みんな逃げろォぉぉ!」
心の底からの叫びと同時に、浜辺の一端で砂塵が舞った。
俺は近くにいた天使とベル先輩を庇い、吹き飛ばされる。
「──トリャリャリャリャリャリャリャッ!」
「──ウォララララララララララララァッ!」
狐巫女と小鬼は海岸から海の方へと渡りながら目にも止まらぬ速度で乱闘を繰り広げていく。両者の足は海水に接することなく海面の上でやり合っている。
あっという間に遠ざかっていく精霊獣の喧嘩を尻目に、砂を被った俺は身を起こした。
「あたたた……やり過ぎだよもう。白鷺さん、先輩、大丈夫ですか……」
「ボクは、平気……」
「どうしてあの二人は顔を合わせると……」
地面に倒れたダリオ達は何が起きたか分からずキョロキョロしていた。他の皆も復帰していく。
思わず押し倒す形となってしまった彼女達の無事を確認しようとして、視線を戻した時に硬直する。ある事実に気付いてしまった。
俺の左手は尻餅をついた白鷺さんのぺったんな胸板に。
俺の右手はベル先輩のパーカーのチャックを引き降ろしていた。
遅れて天使は押し当てられた掌を見、瞬く間に顔を赤く染めた。
ベル先輩も、全開きによって暴かれた水着を見下ろす。
控えめな胸に、ネイビーの水玉模様。もし、こんな状況でなければ……感想を求められていたのであれば素直に可愛らしいですと言っていただろう。
「……ごめんなさ──」
「ああアルアルルアルフさんのおててててがわわわたくししししの──」
「どうして君はいっつも狙ったようにィイイイ!」
今回は、流石にそれだけでは済まされなかった。初めて女性に頬を打たれるという経験をすることとなる。
その後ビーチで肌を焼いていたと思われるオルタナ先生の乱入により、浅瀬にたどり着いて取っ組み合った二人へのアイアンクロー──彼女は羅角さんとの契約の影響で大幅に筋力が強化されている──を決めて終息した。
尚、スイカが本当は隠されていたことも明らかとなる。




