ダブルブッキング。お出掛けはリムジン移動
そんなこんなで来週に予定を控え、エレメア学園で学業を俺はこなしていた。
「おーい、移動だよ」
「……んー………」
「起きてくれないと遅れちゃうんだけど。それともそのまま連れて歩く?」
「んー……」
授業が終わったというのに、膝元で鈴狐は小狐の姿で丸まったまま動かない。話を聞く必要の無い彼女が長らく退屈だったのは分かるが、ぐっすりお昼寝するなら場所を選んでもらいたい。
しょうがないので抱えながら運んでいる最中。
「兄さん兄さん。ねぇ、ちょっといい?」
弾んだ声で廊下を歩いていた俺をを呼ぶアリス。駆け寄る時に赤いポニーテールが上下した。
続いて、レイチェルとロベルタも続いてやって来る。
「お揃いでどうしたの」
「実はウチらでお兄さんにお誘いが……うわぁ鈴狐ちゃんかわいー」
と振り返ったことで抱えられている小狐の寝姿に目を奪われたレイチェルが手を伸ばした。
が、隣でロベルタの「寝てるんだからちょっかい出さないっ」と制止する。
「お誘い?」
「そ、そうお誘い。一緒に出掛けない? せっかくの夏だし」
他の生徒達から白い目線を感じる。羨ましいぞこの野郎、といった類なのは間違いない。
「来週、まとまった休みあるでしょ? レイチェル達と予定を考えていてね」
「どの日かもう決まっている?」
「うん。この日が皆都合が良いみたいで」
手帳のカレンダーに丸を書き込まれた日付に目を留める。
そこは……
「あ、あー。その日か」
「え、もしかして」
「そうなんだよ。実はもう先約があって、えーと」
周囲に目配りしながら、言葉を選び続ける。
「バイトの付き合い、って言えば良いのかな。ちょっと外せない用事なんだ」
ちょうど先日、白鷺さんと旅行の約束を取り付けた日程と被ってしまっていた。
何処に行くのかは知らないけれど、キャンセルする訳にはいかない。
『北斗』の用事であることを遠まわしに伝えると意図が分かった妹は「そっか……」と少し落胆した様子を見せる。
「バイト?」「ほらレイチェル、例の」「例のバイト……おおっ。そういうことか」と少し事情を把握している二人も納得した様子。
「残念だけど、用事があるならしょうがないか」
「んーでもアリス。男手も一人欲しいとこだし、他に誰か誘って置いた方が良いよね」
レイチェルがそんなことを言っていた。何だろう、ショッピングの荷物持ちみたいな想像が浮かぶ。
「そうねぇ、ダリオ先輩はどう二人とも?」
「ダリオ先輩? あたしは構わないよ」
「彼にお願いしてみましょう。では先輩、突然押しかけてすいませんでした」
「ごめんね皆。また別の機会で」
別れた後、しばらくして落ち合ったダリオにその話を振った。鈴狐もすっかり起きている。
「ダリオは行くの?」
「んあ? 当たり前だろ。あの三人と出掛けられるなら喜んで、というか」
ヘッドバンドの上に彼の精霊獣黒羽がとまって悪戯しようとしているのを遮りながら続ける。
「お前勿体無いぜ? 妹はさておき、レイチェル達からお誘い来てるのに……バイト? の用事で断るなんて。サボれば良いのにさ」
「そうもいかない。社会に出たらそういうのは信頼に関わるんだから」
「アルくん真面目だから仕方ないよダリオ」
「ま、俺は別に良いけどさ。お前の分まで楽しんでくるぜ!」
妙に上機嫌な彼のサムズアップを見て、余程心待ちにしている行事であることが窺えた。
「ちなみに聞いていなかったんだけど何処行くの?」
「へっへっへー内緒。知らない方が良いと思うなぁ俺達が行っている間、モヤモヤするから。後で教えてやるさオホホホー」
「嫌らしいなこの野郎」
「まぁまぁこっちも楽しめばおあいこでしょ? お互いお土産を比べ合いでもしよーよ」
と、平日は淡々と過ぎてようやく休日を迎える。
待ち合わせは学生寮を出てすぐの広場。荷物を持って赴くと、黒塗りの見覚えのあるリムジンが停車している。
スモークが貼られた後部座席の窓が降り、ブロンド髪に碧い目をした少女が顔を出した。
「おはようございます。こちらにお乗りください」
「ハクロー、それでの移動久しぶりじゃん」
「これはまた、豪華な……」
「今日はジルバが送迎してくださいます。ささ、お早く」
沢山の座席が並ぶところにちょこんと座っていた白鷺さんに挨拶しながら、肩の鈴狐が人型となり真噛も出てくる。狼少女はキョロキョロと長い車内を見渡してそわそわしている。
「わたし、この中初めて。なんかすごい」
「マカミはあまり乗る機会ありませんでしたね。くつろいでください。アルフさん、シャンパンは如何?」
「俺、未成年ですよ。というかそんな高いの奮発しなくても」
「良いんです良いんです。わたくしの滅多に使わないお小遣いから出ていますから。今晩のホテル代もご心配なく、会社のお金からは全く手をつけておりませんので」
むしろ、更に悪い気がした。少しでも出しておきたいと申し出るも、頑として彼女はお断りする。
「では、参りますよ」運転席から初老の男が言うなり、車はゆったりと発進する。
社長と高級車での優雅な移動と考えると、普通はすこぶる緊張してしまいそうな状況なのだが、まるで親戚一同での団欒をしているような雰囲気があった。
「皆さん水着は大丈夫でしたか? わたくしも一応、カタログで確認して選んではみたのですが浮いてしまわないか少々心配で」
「その時は浜辺に居る人の恰好をちょちょいと真似すればいいよー」
「一応俺もこの通り買って置きましたし、鈴狐達もどうやら気に入った物があったそうですから平気だと思います」
手荷物の中の着替えは俺の分だけ。服装を自由に変えられる精霊獣達には不要である。
いや、実は俺も恰好を変えて貰うこともできるがそれは遠慮した。男の更衣室で彼女達に変えて貰う訳にもいかないからだ。
「うん。あるじにとっておき、見せる」
「おおー、言ったねマカミ。んふふー、どっちがアルくんが気に入るか競走してみるー?」
「望むところ。たまには勝つ」
「二人とも凄い自信ですね……わたくし、センスないから」
ほんとに、会社の付き合いとは思えない程気の抜けた会話だった。
やがて走行中に真っ青な水平線が見えると、真噛が身を乗り出して窓を覗き込む。
「あれが、海……! 青くてキラキラしてる」
「綺麗でしょ? 精霊界って陸地ばっかりだからねー」
「今日はとても快晴ですから、絶好の海水浴日和ですよ」
目的地の浜辺は、もうすぐそこだ。




