もう一人?の客人。猫又な月又
斜陽が射す『北斗』のビルに戻ると、再び別の客人が訪れていることを知る。
ただし、今度は白鷺さんに対して会いに来たそうで邪魔にならないようにした。
真噛は湯汲みを頼まれ、ボスの一室へと向かう。鈴狐は先程の寄り道で購入した差し入れを配りに行った。
しばらくして戻ってきた狼少女が言う。
「あるじ、お客さんが話をしたいって」
「俺に?」
呼び出しに困惑しつつも、七つ星の意匠された扉を開けて恐縮しながら入室する。
「ふむう、彼が例の子だね。お邪魔しているよこんにちは」
「ええ。アルフさん、パピリアさんの御送迎お疲れ様でした。どうぞこちらへ」
お客というのは、人ではなかった。
机の下から顔をのぞかせていたのは人語を介する猫だった。真っ黒な毛並みと閉じたような細目が印象的である。
椅子の上に乗り、二本の尾がゆらゆらと背後で揺らめいていた。
「初めまして、アルフと申します」
「話は聞いているよ、アタシは月又。見ての通りしがない精霊獣さ。ハクロとは数十年の腐れ縁で会いに来たんだがね、話の中で面白い子がいると聞いて一目会ってみたくなって呼んで貰ったよ。さっきの狼の子にあの天金とも契約しているんだって?」
「そう、ですね。僭越ながら二人の契約主を担わせて頂いております」
「随分若いボウヤだねぇ、お見知りおきだね。良かったらお茶も一緒にどうだい? ほら、そんなところに立っていないでお座り。遠慮すること無いよ」
伸びた二本の尾が、ティーカップの取っ手を器用に引っ掛けながら底を添えてこちらに運んだ。すこぶる器用である。
「驚いたかい? 伊達に人の文化を生きてないからねぇ。アタシ一匹だけで介護もこなして来たのだからこのくらいお茶の子歳々だわさ」
「介護、ですか」
「そうさ、長年続けて来たから板についてきたところだった。その関係で今日は挨拶に足を運んだわけでもあるんだがねぇ。ハクロにもウチの契約主が世話になったよ。ボウヤもそのクチで此処にいるのかい?」
落ち着き払った口調を聞く内に、何だかお喋り好きのご婦人と話をしている気分になった。
「アルフさん。彼女……ツクマタさんはこれから精霊界にお帰りになるとのことで、『北斗』にお立ち寄り頂きました。大分長らくこちらに滞在していた方ですから」
「そりゃハクロには敵わないよ。精霊獣が人間界に滞在したギネス記録を現在進行形で数百年もの間更新しているんだから」
「……月又さん、あちらに戻られるということは」
「ああ察しが良いねボウヤ。ウチの主人……契約主が亡くなったのを転機に帰るのさ」
そういえば先月、白鷺さんが誰かの忌事に参加したことを思い出す。
もしかしてこの精霊獣の契約していた人だったのか。
「祖母の代から順に契約していたんだがねぇ、独り身の老衰で家とアタシだけが残ったって話だよ。その後の片付けもようやく落ち着いたところなのさ」
「心より哀悼の意を」
「いやいや別段苦しんだり最後を悲しんだり、事故や病で死んだ訳じゃない。存分に天寿を全うしてお別れしたのさ、これ以上に良い離別なんてありゃしないよ」
人と精霊獣の寿命は、かけ離れている。こういう別れも必然だ。
「むしろありがとうだねぇ。アタシらより短い限られた人生の時間を割いてくれたこと、色んな思い出を残してくれたことに」
「そう、ですか」
俺も考えさせられた。今はまだ十数年しか生きていないが、当分先に二人は残していくことになる。
彼女達ならきっと大丈夫だと思いたい。月又さんのように乗りきってくれると。
「ま、それでも人の世界に独りで居続けるというのも中々キツいものよ。だから、あっちで少し腰を据えてゆったりしようと思ったのさ。しばらくしたらまた、誰かがアタシを呼び出してくれるのを待つよ。しかし大分精霊界とはご無沙汰だったからねぇ、また一から住み処を探さないとだねぇ」
けらけらと笑う黒い猫の精霊獣には一端の陰りも見せない。
しかし、心なしか俺にはその姿が煤けて見えた
長年一緒にいた相手を失い、そんなに早く立ち直りきれないと思えて仕方がない。
「あの、月又さん」
「んー?」
「もし良かったら──」
「それはやめときなボウヤ。悪いことは言わない」
ピシャリと月又さんは遮った。
「アタシのような境遇になった精霊獣を皆そうやって掬い上げていくつもりかい? 幾ら天朧とやらであっても限界があるだろう。現に、もう二人も契約しているじゃないか? ちゃんと相談したのかい? 全部を担うなんてそりゃ傲慢だよ」
「でも、だったら他のパートナーを探すのをお手伝い……」
「それでもダメだ。アンタじゃ責任を持ちきれないよ。他人の問題を背負おうとするのは大した心掛けだが、自分のもっと身近な相手だけにしておきな。アタシは助けがいるほど自分が深刻に追い詰められたつもりはない」
「……」
「アタシは、流れのままにやっていくと決めたんだ。無粋なことはしなくて良い」
逸った申し出は一蹴される。
思い直すと確かに早計だった。
「すいません。出過ぎたことを言ってしまいました」
頭を下げて詫びると、後頭部に柔らかいものになぞられる感覚が伝わる。
月又さんは尾を伸ばして撫でながら言う。
「案じてくれた気持ちは受け取っておくよ。とても良い子だねぇ、ハクロが気に入る訳だ」
「い、いえ。彼は『北斗』の立場としてかけがえのない部下であってわたくし個人のお気に入りだとか別にそういう訳では……!」
「の割に、普段からこの部屋にも招き入れているようじゃないかい? いくらお友達の精霊獣の契約主だとしても、今回みたいに気軽に呼びつけられるくらいには」
「違いますよー! アルフさんとはそういう関係じゃありませんっ」
やっきになって否定する天使をよそに、月又さんはニヤリとしていた。
そして撫でていた尻尾を戻して俺に向き直る。
「ボウヤ、老婆心で言うがさっきのアタシの言葉を覚えておいた方が良いかもねぇ」
「えっと……はい」
「今はピンと来ないだろうがいずれ分かる時が来る筈よ」
意図を図りかねている俺にそう言い残して、黒猫は椅子から降りる。
「邪魔したねぇハクロ、そろそろ行くよ。再び人の世に呼び出された時は此処に遊びに来るから。何年かかるかは分からないけど」
「ええ、ツクマタさん。その時はまた」
「ボウヤもしっかりやるんだよ」
「はい」
悠々と部屋を出る月又さんを見送った後、白鷺さんは浅く息を吐いた。
「……彼女は凄いですよ。長らく生活を共にしていた人との離別をきちんと受け止めて、あそこまで割りきれるなんて。わたくしにはとても真似出来ません」
そういえば、白鷺さんも契約主を持たない状態の精霊獣だ。かつて英雄の一人と契約して以来、気が遠くなる程の年月が経っていても他の誰とも結んだことは無いと聞いている。
「弱いのでしょうね、わたくしは。かつての契約主を失う時の感覚を、数百年経とうともう二度と味わいたくないと思っているのですから」
「そんなことありませんよ。この『北斗』を運営して、頑張っているじゃないですか。俺達もお役に立てるのなら、お力添えをします」
「ありがとうございます……あ! さっきの話は忘れてくださいね!? わたくしをからかってのことでしょうから!」
小さな白鷺さんが優しく微笑んだり思い出してフォローの為に慌てたりしてコロコロ変わる表情に、やっぱり天使みたいだという内心を隠して俺は了解ですと頷く。




