パピリアとベル。炸裂、マカリンボンバー
狭い路地裏をすたこらと走る小さな影を捉える。
「アルくん、目標発見!」
「うん、追い込もう」
小柄な黒猿の身体には至るところに女性下着が巻きついていた。奴の戦利品らしい。
その中には、パピリアもといベル先輩のも……
「破廉恥行為もそこまでだ。返して貰うぞ」
「キーッ」
先輩が言うなり、忌まわしそうに鳴いた精霊獣は駆け足を更に早めた。やはり観念して盗んだ物を返却する意志は見受けられない。
街の壁に挟まれた道を俺達とは反対方向へとまっしぐら。当然、追跡する。
すばしっこいが、振りきられてしまう程ではない。姿さえ見えていればこっちのものだ。
何せ向かいには真噛が待ち構えていた。これで逃げ道は塞いだ。
「此所は通さない」
更には鈴狐はもうあと十歩で手が届きそうな距離にまで迫っている。
「おーいつーいた」
目を光らせた狐巫女の歯牙にかかりそうになった所で、猿は歯を剥いた。
奇声をあげつつ、壁の方へ登ろうとする。
「火吐珠!」
すかさず、後方に控えていた俺が最小限の火炎弾を牽制に放つ。狙いは奴の進路。
着弾と同時に弾けた火花に、たまらず猿の逃走経路を地面に戻した。その激しい挙動に数枚の衣類が外れて飛び散る。
そして、出口を遮る役回りである真噛も接近。完全に態勢を崩した猿は二人の餌食だ。
『マカリンボンバー!』
「ギャギュェェエエ!」
真噛と鈴狐。交差するクロスラリアットを受け、街の片隅で制裁による絶叫が響き渡る。
『ウィイイイ!』
猿の所有する衣類が空を舞う。二人が再度腕を組み、勝利の快哉をあげた。
「やったな」
「そうですね……うぷっ」
結果に喜ぶ先輩に同意しようとしたところで、視界を暗闇が遮った。
反射的に覆い被さった物を手に取ると、それは猿の体から離れた一枚。
「……早速で、悪いんだが、返して、くれないか?」
よりにもよって頭に落ちたのが、羞恥で顔を染め上げた本人のものであったと分かるのに時間は掛からなかった。
その後、下着泥棒をしでかした猿は簀巻きにして警察に通報。後に、持ち主への返還がされるだろう。
「人が悪いですよ先輩」
「何がだい? ボクがパピリアじゃないと言ったことは無いのだけれど」
「この前歌うのが苦手だって言っていたじゃないですか」
「ベル・カーデナルとして人前で歌
うのは苦手だと言ったんだ。何の矛盾も無い」
「かなり屁理屈だ!」
すまし顔で言ってのける彼女に、大ファンである二人は嬉々としてまとわりついていた。
「パピリア……ベル、これからはもっとお話出来る?」
「勿論。以前から身近なファンの声が聞けたらいいと思っていた」
「私は普段から会っているからねぇ、やっぱりベルくんだった」
「くれぐれもこの事は口外しないで欲しいな、営利的にも秘密なんでね。まぁ、そこはお互い様だろ、アルフ?」
紫のウィッグを被り、スモークの張ったサングラスを顔に掛けて先輩は言う。
俺はもちろんです、と頷いて尋ねる。
「蝶姫としての活動を内緒にしていたのは事務所の意向だったんですか?」
「いや、どちらかというと家庭の事情ありきかな。……ああ、そんな顔をしなくて良い、別に触れたら不味い話ではないからな」
「でも俺なんかが踏み込んで大丈夫ですかね」
「君達とボクの仲じゃないか。うん?」
制服ではなく女の子そのものの装いをしながらも、学校の時と変わらぬやり取りを先輩とするのは不思議な感じだった。
いや、別に似合わないとか違和感があるという訳では無い。
ただ、普段と違って意識してしまう。友人として接するのが少しぎこちなくなる。
「なんだい? 男装していたボクがこんな格好をしているのがおかしいのなら素直に言って構わんよ」
「そういう訳じゃ、無いです……」
「その割には目を逸らすなんて怪しいなぁ」
考えを読まれているのか定かではないが、ベル先輩はさっきまでと違って詰め寄る。
分かってやっているな、この人。鈴狐がからかう時とやり方が似ている。
「なら、聞きますよっ。やっぱり家族に内緒だから覆面アーティストに?」
「そんなところだな」ベル先輩は笑って離れた。
「知っての通りボクは男装を我が家のしきたりで義務付けられている。魔除けだとかの意味合いで続けている大分時代遅れの習慣でね、十八になるまではクローゼットの奥はズボンばかりさ」
でも、それを逆に着こなす先輩は流石だ。相応に変人だと思わせない努力はしているのだろうけど。
「本当は歌が好きだ。前述の事情で易々と歌えないから、ひっそりと趣味で満喫するつもりだった。でもたまたま、何の因果か気まぐれでオーディションを受けたことが契機で、おだてられてしまって。此処まで来てしまったんだよ」
「それで、身元を隠す必要があったんですね」
首肯して彼女は続ける。
「一応そこで歌手ではなくバイトをやっているということで誤魔化しているが、いずれは話さなくてはならないことさ。大目玉を覚悟でね」
「そうですか……」
「フフッ、君が落ち込むことは無い。しきたりに対するささやかな反抗なんだから」
「世間を賑わせるなんて意趣返しにしてはスケール大きすぎません蝶姫?」
「君がそれを言うのかい天朧」
そんなこんなで『北斗』の送迎から一悶着あったが、無事ベル先輩を事務所前の入り口にまで送ることが出来た。
「此処までで良いよ。時間にも間に合った」
「収録頑張ってくださいね」
「新曲楽しみにしてるよぉ」
「わたし、CD買う」
軽い咳払いの後、ベル先輩のトーンはパピリアのそれに変わる。
「……では皆さん、今日はありがとうございました。後で御礼します」
バッグから財布をちらつかせる。ベル・カーデナルとして学校の時に使っているのと同じ物だった。
「飲み物と今回の件は、あのお昼のことでおあいこです」
以前、俺が妹との件でへこんでいた時に先輩が奢ってくれたことは記憶に新しい。
クスッと、仕草まで見事に女性らしさを振る舞って彼女は中に入って行った。
此処まで来ると一体どちらが本来の先輩なんだろう。少し疑問に思いながら俺達も引き返す。
「アルくんケーキ! 帰りに寄るって言ったの忘れて無いよね?」
「ジェラート食べるー」
「はいはい」




