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移動と小休憩。歌手は炭酸抜きコーラも愛飲するらしい

 それから数分、通話を切ったパピリアは少し困った様子でこちらに報告する。

「どうやら送迎車が近くの交差点で集団の玉突き事故に巻き込まれてしまったみたいで」

「ええっ、大丈夫なんですか!?」

「聞いたところによると何台か後ろが派手に追突したらしく、事務所の車は少し小突かれた程度で済みました。ただ規模が規模なので処理に追われて、当分迎えが……」


 建物の外で複数のサイレンが通過する。確かに大掛かりな事故の被害に遭った手前、動くに動けないのだろう。

 さっきも遠い音声から「そもそも貴方がコーヒー買いに寄るから――」「俺のせいですか!? マネージャーだって化粧水切らしちゃったから丁度良いとか――」なんて微かに揉めているのが聞こえていた。無事ではあるようなので、そこは何よりである。

 問題は、この蝶姫の収録はどうするべきかだが。


「よろしければ、わたくし達の方で送って差し上げますよ? ジルバに車を用意させます」

「現場は通行止めになっているそうです。遠くはないので徒歩で向かう方が早いでしょう。一応、それでも収録には間に合うかと」

 白鷺ハクロさんの申し出を断りながら身支度を続ける彼女に、俺達も席を立った。



「なら、その道中を我々が同行するのはどうですか。白鷺ハクロさん、もしスケジュールが空いているなら俺達で彼女をお送りしても?」

「構いません。それなら安心出来ます」

 天使からの承諾も頂けたが、パピリアは難色を見せた。


「そんな、歩いての移動になりますよ。ご依頼でも無いのにそこまでご迷惑をお掛けする訳には……」

「先日の事件からまだ大して時間も経っていませんし、お独りでパピリアさんを行かせるというのも不味いですから」

「けれど……」

「自発的に行っているだけなのでお気になさらないでください。先日の挽回だと思って頂ければ」

 渋々と、彼女は頷く。


「お見送りー! パピリアをしっかり護衛しようねぇマカミ」

「うん! ショッピングモールにも寄りたい」

「いやダメ! 目的を脱線させない!」

 実際向かったら釘を刺す必要がありそうだと、妙に張り切る二人を見て俺は行動の手綱を取る覚悟を決めた。


「あ、そうだ。パピリア、ちょっと失礼」

「はい?」

 鈴狐リンコは蝶姫に向けて指を伸ばす。ゆっくり顔を近付けて、ふにっという音が出そうな感覚で額を突いた。

 意図が分からずパチクリする彼女に狐巫女はすぐに説明を始めた。


「今ね、貴女におまじないを掛けた。パピリアは有名人だから、きっと普通に外へ出ると気付かれて騒ぎになっちゃうからね。知り合い以外がパピリアを見ても記憶の中の本人と結びつきにくくなって認識を阻害するようにしておいたよ」

「そんなことも出来るんですか?」


 鈴狐リンコの何でもありなところは相変わらずだが、俺はもう流石に驚かない。だから他人が彼女のスペックにいたく感心するところを見るのは新鮮である。


「私も良く天金(アマガネ)だって気付かれると人だかりが殺到するからねぇ。まぁ知っての通り普段は小狐の姿だから、これを使う機会は無いけれどー」

「それって……まさかもう」

「んふふのふー♡ その気は無いから心配はいらないぞぉ」

 何故か頬を引きつらせた蝶姫とにこにこして言い加える狐巫女。やり取りに何か問題があったのか俺には良く分からない。


「それじゃあ時間も限られていることだし早速行ってみよー」

「おー」

 という訳で、俺達はパピリアの送迎の為に『北斗』を出た。


 都市エレメアは普段と変わらぬ様相を見せている。

 私服の蝶姫やスーツ姿の鈴狐リンコなど、普通なら人目につくはずの彼女達が堂々と街中を闊歩出来るのは先程行った人の関心や意識を妨げる特殊な術を施しているおかげだろう。


「次の新曲ってもう出来ているのー?」

「二つほど予定していますね」

「シングル? いつ発売!?」

「それはまだ未発表ですが……」

 パピリアが耳打ちして何かを囁くと、キャーキャーと大はしゃぎする二人。会話に入れない。

 そんな騒がしい面々とすれ違う人々だが大して気にも留める気配もなく、赤の他人同様に行動が出来ている。


「あっ、ジェラート! あるじーあるじー、あっちのアイスクリーム店に並——」

「ダメ」

「おおいアルくぅんあそこのカフェで数量限定ケーキが――」

「ダメ!」

「……ちょっとくらい、立ち寄っても構いませんよ?」

「良いんです送った後でいくらでも回れますから!」

 目的を忘れそうなくらい奔放過ぎる二人を頑なに制御しながら、パピリアが向かうスタジオへ向かわせる。


 少し前まで曇っていた空は快晴になっていた。アスファルトに強い日差しが照り付ける中、元々装着していたサングラスで空を見上げる蝶姫。

「熱くなってきたことですし、水分補給くらいは如何でしょうアルフさん。私も『北斗』へ行く前に買った水はもう切らしてしまったので」

「それなら確かあそこの建物の中に」

 失念していた。彼女は喉が命だ。


 他ならぬ蝶姫本人の提案であれば快諾する。記憶で最寄りにあった自販機に立ち寄った。

 これならさほど時間を使わずに済ますことが出来る。


 彼女はバッグをまさぐり中から財布を取り出そうとした。

 が、何を思ったのかピタリとその手が止まる。そのまま慌てて引っ込めた。

 どうしたんだ?


「言い出しておいてごめんなさい。私は飲まないので、皆さんどうぞ」

「でも、みるみる熱くなってきたのに」

「……財布、どうやら車の中に置いてきてしまったようで」

 バッグを閉じて、ひた隠しにすることに決めたらしい。


 炎天下で歩いて喉が渇かない訳がない。

 俺はその意図を汲んで申し出ることにした。財布をこの場で出す訳にはいかない理由があるのだろう。


 俺は硬貨を投入口に流して訊ねた。

「何にしますか? お好きなの良いですよ」

「あ、いや、……」

「この程度で良ければエスコートさせてください」

 事情をハッキリ確認せず、俺は彼女の注文を待つ。

 消え入りそうな声でおずおずと、


「……ミ、ミネラルウォーター」

 小気味よくペットボトルの落ちる音が後に続いた。


 精霊獣二人には炭酸飲料を買い与え、ほんの少しだけの小休止を取る。

 何から何まですいません、とお礼をしてパピリアは話を切り出す。

「アルフさんはいつ頃からそちらで活動を?」

「一年くらい前ですかね。事情が事情だったりこんな若手では悪目立ちしますから、ご存知の通り個人情報を伏せるのに別の名前を名乗ってました」

「たった一年で、退魔士トップクラスですか。とても優秀な方なんですね」

「そんなことありません。俺一人の努力じゃ、何も出来なかったですよ」

 プハーと、炭酸の刺激に息を吐いている彼女達に視線を移す。


「俺を導いてくれた人がいたから、此処まで来れたんです。とてもたのもしくて俺には勿体ないくらいの。そんな状況ならば、誰だって同じ師が傍らにいれば……」

「しかし、そこまでに至るのにさぞや過酷だったのでしょう。何も出来なかった、だなんて謙遜はしないでください。あの夜の貴方は精霊獣でもないのに凄かったですよ」

「いえいえ、俺の力では貴女を守れなかった。鈴狐リンコ達に比べたら、まだまだひよっこだ」


 夜兎ヨトに対して、俺は己の無力さを痛感している。

 天上位が相手では流石に人としての限界もあると諭されたこともあったが、それでも歯痒かった。


「ラッキーなんて何度も起きることじゃない。今の立ち位置で満足していたら、いつか」

「焦っているんですね」

「……そう、なりますかね」

 何故か隣で苦笑する彼女は、俺の肩に手を置いた。


「どうやら、君は関わったことを何でも自分の問題として背負い込み過ぎる癖があるのでしょう。責任感が強いんですね」

「君?」

 パッと感電したかのように手を放して「すいません馴れ馴れしくて!」と彼女は詫びた。


 こほん、とそれから軽い咳払いをして続ける。

 その仕草に何やら既視感を覚えた。思い当たる節がいまいち浮かんでこないのだが。

「専門外ですが、退魔士は強敵と相対するのに相棒の精霊獣と連携して挑むのがセオリーであると窺っております。アルフさんお一人だけで、どうにか解決しようとする必要はないのではありませんか?」

「けれど、天朧アマオボロがそんな情けない体たらくで良いのでしょうか……」

「誰だって他人を頼って良いんです。自分が何もすることなく他人任せでいなければ、助け合うのは恥ずかしいことではありません」


 ですから、とパピリアは言った。

「私には戦う力がありませんが、先日や今日アルフさん達に助けていただいたように何か手助け出来ることがあれば慎んで協力致します。それくらいに考えて、むやみやたらに自分を追い詰めることありませんよ」

「助け合い、ですか」

「ええ。アルフさんには貴方自身がおっしゃったようにとても頼もしい精霊獣がついているんです。歩幅が遅れていたって良いじゃないですか。自分のテンポに合わせさせてしまっていても良いじゃないですか。どんな障害も乗り越えられますよ、貴方達なら」


 小休憩だったつもりが、相談に乗って貰ってしまった。

 というか、カウンセリングに長けてるなんて、

「失礼ですがパピリアさん――」

「イヤァァァ! 誰かぁああああ!」


 言い掛けたところで、都市の何処かから悲鳴が広がった。

 弾かれたように、精霊獣達と俺が音源の方角を確かめる。


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