『北斗』の客人。蝶姫来訪
下校後、『北斗』へ出社すると受付の人に促されて社長室まで通される。
中には見慣れた企業のボス白鷺さんと、客人と思わしき人物が雑談に華を咲かせている真っ最中だった。
「あっ、アルフさん。本日も出勤お疲れ様です」
「こんにちは天朧……ではなく、アルフ・オーランさんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「えっ。蝶姫……パピリアさん! どうして此処に」
紫の巻き髪、大きなスモークレンズのサングラスをかけ、スキニーデニムとシャツ姿の大人びた格好をした少女が待っていた。俗に言うお忍びの服装である。
まさか蝶姫がこうして訪れるとは、精霊獣達はすかさず反応を見せる。
「パピリアだー!」
「パピリア! また会えた! 握手握手ー!」
肩の鈴狐が歓声を挙げて人の姿に変わり、俺の内面が伝わったのか真噛が飛び出す。
「こ、コラ彼女に失礼だよ」
「いえ。お二人も恩人ですからご挨拶しようと思っていました」
「もしかして会いに来てくれたの、ありがとー!」
「握手握手ー!」
外部の人間がいないとはいえ、二人は大はしゃぎでパピリアのもとへ。制止が利かない。
彼女の前で天朧の正体を晒してしまったし、見知った鈴狐達が正体を見せても問題は無いのだが。
誰が見ても迫られて困っているじゃないか。
賑々しい雰囲気でファンへの対応を余儀なくされたパピリアだったが、少しの時間が経つと二人も落ち着いてようやく本題に入ることが出来た。
「彼女は先日の件でお会いに来たんですよ。色々頂きました」
「収録の合間に近くを通りがかって、時間もあったのでご挨拶したかったんです。皆さんあの時は本当にありがとうございました」
「いや、こちらもそれが仕事ですから。むしろ途中抜けしてごめんなさい」
「身の安全は保障されていましたから、十分ですよ」
「思い返せば、お見苦しいところを」
「お気になさらず」
鬼の集団に囲まれ、夜兎に攫われ掛けるという少しどころではなく怖い目に遭った蝶姫だったが、特に事件を引きずっている様子は無さそうで安心した。
「それより、私に関する経緯をお聞きしました。どうやら私の歌唱で扱う精霊力の波長があの兎の荒魂を呼び寄せていたそうですね。私も何故なのか、心当たりはやはり無いのですが」
少し、懸念していたことがある。
彼女もまた俺と同じように、四人の英雄の中の誰かと酷似あるいは同一の精霊力を備えているのではないか。それにより、不幸にも狙われているのではないかと。
もしかして、パピリアも生まれ変わりというやつなのだろうか?
そうだとすれば、かつての主と間違えられている。あの夜に漏らした奴の言動からはそういった様相が窺えていた。
「何にせよ、我々の方で対処します。精霊力を強く行使しなければ探知はされないそうですので、少し控えて頂くことになるかと」
「ええ。ですから上の方針で決まっていたこともあり、ほとぼりが冷めるまでは公衆の前での活動を自粛しようと思っています」
「残念です。あの歌声は生で聞くと違ってくるのに」
「でも、これくらいで辞めるつもりはありません。再開までの辛抱ですから。いたく気に入って頂けて嬉しく思います」
言いながら、真噛にせがまれたサインを慣れた手つきでこちらの用意した――何処にあったんだ――色紙に書き上げる。
その傍らで机の下で獣の尾をブンブンしていた二人は、それを手渡されるなり狂喜乱舞を起こす。そんな様子を見てパピリアは苦笑した。
「それにしても、こうして見ると本当に私達と変わらないですね。お二人と契約しているようですが、普段からこんな調子なのでしょうか?」
「いつもよりちょっと張り切ってますかね、すいません。ご迷惑をお掛けして面目ない。とても良い子達なんです……」
「そんなとんでもない。恩人の上にファンになってくれたのだから、改めて訪れた甲斐がありました」
申し訳ないと謝るも、蝶姫はやんわりとフォローする。
正直、俺も熱狂的ではないがアーティストとしてリスペクトしているのでこの状況はすこぶる幸運に思っているけど口にはしない。恥ずかしいから。
「それに、とても賑やかそうで仲睦まじいのは良いことでしょう。私は一人っ子でしたから、精霊獣といえどもこんな風に兄妹のように騒ぐことが出来るのは羨ましく思います」
「そうだねぇ、私達とーっても仲良しだから。だよねーマカミ」
「うん。あとハクロ姉とも」
「ええっ、いやわたくしは、三人の輪とはまた別です」
話を振られて小さな天使は焦りながら謙遜を示した。
「アルフさんとお二人の仲にわたくしなんかが踏み入れるだなんてとてもとても」
「いやいや、そんなこと思ってませんよ。自虐しないでくださいって」
「いえいえ、畏れ多いですってば」
俺と彼女のやり取りに、鈴狐と真噛が顔を見合わせていた。しかし口を出さない。
それから頃合いを見てか、パピリアは席を立った。
「では、そろそろお暇しますね。スタジオに予定がありますので」
「お忙しい中お越し頂いて本当にありがとうございます。よろしければ是非、いつでも顔を出してください。二人が喜びます」
「その時はご厚意に甘えさせて貰います」
どうやら送迎の車を近くに控えさせていたようで、彼女は『北斗』の前に呼ぼうと連絡を入れる。
だが、この後思いがけない出来事が舞い込むことになる。
通話口から妙になよなよした男性の声が漏れる。プロデューサーの物だった。
『パピちゃんたいへーん! 車出せないのー!』




