精霊獣の授業。それぞれの受難
「調子はどう?」
「おう、バッチリだ」
校庭でヘッドバンドを巻いた頭を空に傾けた金髪の少年。見上げている遥か頭上では、一羽の黒い小鳥が縦横無尽に飛び回る。
「黒羽を通して、今アイツが見ている景色が俺にも見えているぜ。例えるなら、額に三つ目があったとしてそこには目の前の視界とは違う景色が映っている感じだな。……うは、すげぇ高い。今下を見降ろしたんだけど、地面に立ってる俺達が点みたいだ」
「小回りが利くし、速いから偵察に向いてるね。確か普通の燕って時速200キロ出せるんだっけ」
「面白そうだな、意志を伝えられるから試させてみよう」
まるでラジコンを飛ばすみたいに黒羽はビュンビュンと勢いを増して加速していた。
今は自分達の精霊獣を扱う授業中で、ダリオの精霊獣──燕の黒羽の性能を確かめていた。
そして黒羽にも能力があることが発見され、今その恩恵に色めき立っている。
「で、鈴狐ちゃんはどうすんの?」ダリオが首を下げて尋ねる。
「私は火を出すのと格闘が得意です」
「うん」
「皆が周囲にいてポンポン火を出すのは危ないし、このクラスでそういう戦闘に特化した実戦レベルになっている相手がいないからパース。大丈夫! レポートならアルくんとっくに書き終えてるから」
「なるほど。まぁ、普段から良く知ってると確かめる必要ないもんな」
「その通りだよ」
俺の肩で小狐がえへんと言った。書いたのは俺なんだけど。
もしレポートに彼女の全てを記すとしたら、相当な文量になるだろう。
天上位の精霊獣鈴狐。その小柄な外見は世を忍ぶ仮の姿で、人の姿へと形を変える。
先程本人が口にした内容だけでなく様々な能力を秘めており、俺も全部は把握出来ていない。
レポートには記せないが挙げられるとすれば多少の怪我を治癒術で癒し、精霊魔法にも長け、独自の精霊結界を所有し行き来することやそこにある物をこちらに引っ張り出すことなどだろうか。
ともあれ、鈴狐が力の片鱗を奮う機会が無いことに越したことは無い。それはこの都市エレメアが平穏を維持している証拠だからだ。
パピリアのライブ事件及び夜兎の出現から2週間。大きな事件といえる物は未だに起きてはいない。
原因の究明の為に学園に潜入していた俺だったが、今回の件から継続して残ることになった。元々仮に解決しても退魔専攻の履修と卒業を公に出来るようにきちんと続けるつもりだったが。
だが引っかかる点はまだ残っていた。
何故天上位クラスの荒魂がこの学園近辺に災いを振り撒いていたのか、である。
近辺の荒魂出現の原因は、あの兎童女がこの都市で瘴気をまき散らしているということで断定された。また、ライアンの騒ぎも1枚噛んでいるという線が濃厚。
しかしその目的が不明瞭のまま。何かを企んでいるのは間違いないが、何をする気なのだろうか。
動機は何となく察している。一つの線は、やはり復讐。何やら夜兎は遥か昔から怨恨を募らせる出来事があったのが窺える。この付近にはかつての仲間達が集まっていると考えれば、想像し易い。
かつての契約者の死が原因だとか、アルファロランが何かをした結果だとか。
それが鈴狐が全てを明かさないことと何かが関係しているのは確かだ。
そして考えられるもう一つの線は──
「……大変だ、アルフ」
「どうした!」
茫然と、表情を変えたクラスメイトに俺は火が付いたように反応した。
まさか噂をすれば付近で荒魂が出たのか。
「三階の窓際にある教室で次の授業の為に女子達が着替えていることに気付いた」
「……深刻な顔で何を言うのかと思えば」
ずる、という音が出そうなほど脱力する。
平和な奴だ。此処に限った話ではないが、将来的な襲来への危惧を感じていた俺には呑気さに脱力する。
「へっへっへっ何が見えるか報告してやったって良いんだぜ? 気になるだろ?」
「しなくて良い。悪いこと言わないからやめときなって」
「かーっお利口さんめ。……おーおーそうですかそうでしたね、お前はそっちだもんな。人の身体にはさほど興味はないようで」
「おいダリオ、どういう意味だオイ」
コイツ、まだ人を動物性愛だと思い込んでる。
聞き捨てならぬ台詞に噛みつこうとした俺に構わず、この男は頭上の相棒に指示を送った。
「良いかー! 東の校舎の端から三番目だー。任せたぜェ……ユートピアを拝めるようによぉ」
「ダリオさいてー」
「分かるまい! こいつぁ男のロマンだからな、黒羽は賛同してくれるだろうさ」
鈴狐が抗議しても、既に言葉が届いていない。
悠々と頭上を滑空するように飛翔した小鳥は、不自然に動きを変えた。
「ああ違う黒羽! 反対側だ反対! そっちじゃねぇよ馬鹿ちん!」
だが、思いがけないことに彼の思う通りに飛んで行かず、燕は気ままに別の地点を目指し始める。悪用しようと企んだ変態は頭を抱えていた。
そして黒羽は見当違いの場所で手すりに留まり、窓の方を向いていた。それから動く気配は無い。
それと同時にダリオからおぞましい呻きが聞こえる。
「ぐぇええええ野郎の着替えなんて覗きたくねぇええ! おい何でそこに降りたの──止めろォ俺にこんな物みせるなぁ! ああっ目を閉じてもアイツが見てたら意味ねぇぞコレ。ムサ苦しい男体鑑賞なんて嫌だぁああああ……!」
非常に汗臭そうな光景を見せられて悶絶する彼を置いて、俺は引き上げることに。
完全な制御は出来ないことへの報告で、備考欄には何て書くのやら。
レポートを提出した後、戻ろうとして通りががかった校庭のフェンス越しで生徒達がせわしなく動き回っている光景に目を留める。
バスケットボールをチーム総出で奪い合い、左右のゴールを行っては引き返すその一部始終を眺めた。
女子生徒達が活発に動いているせいか、ギャラリーもちらほらと立ち止まっていた。
試合の中心になっていたのは、赤髪赤眼の少女と栗毛に鳶色の瞳を持つ少女の対決。
「おおっ、アリス達がやってる」
特に激しくボールを取り合った二人のエースと思わしき人物を見て、鈴狐が俺の思っていたことを声に出した。
息を切らす程に真剣に、敵同士になったレイチェルとアリスが汗を飛ばして激突する。
奪い取ろうと手を伸ばす妹のボールへの攻撃を、しきりに地面に弾ませてフェイントをかけるレイチェル。
どうやら、センスはアリスの友人の方があるらしい。懸命にくらいつく執念を振り切り、敵地のバスケットゴールにまで辿り着く。
豪快なジャンプと共に放たれたシュートが見事にネットを収まるところで歓声があがり、それから少し経ってホイッスルが鳴った。
昔から色んな競走に対して負けず嫌いなアリスがレイチェルに次はこうも行かないぞとやり取りをしているのが遠くにいても分かった。
二人に近付く眼鏡の女生徒ロベルタがいち早く俺が見ていたことに気が付いて示唆する。
すると、アリス達も振り返った。誰か分かるなりレイチェルは大手を振り、自分の健闘が恥ずかしいのかアリスはちょっぴり片手をあげる。
俺もそれに応えていると、背後から腕が伸びた。
「オーランこの野郎っ」
「うぐ?!」
「そんなベイビーフェイスでよくもまぁコッソリ挨拶交わせる仲まで進展したなぁ!? どうなってんだ畜生がッ!」
「何、何のこと!?」
「くわーっ腹立つー! レイチェル・ハーティカにロベルタ・マルクテッド、そんでアリス・シェークリアっつったら1年でも校内で人気ある三人組なんだぞ!」
「クソァ! 何でお前だけモテてんだァー!」
後続のクラスメイト達が襲いかかってきた。命の危険を察知しなかった俺は間抜けにも羽交い締めに遭う。
「この、大人しく吐けコラ! どんなお手軽手段で関係持ったんだ!? 言え!」
「別にモテてるとかそんなんじゃないから! 交流があるのは妹の友達だからであって……!」
「嘘つけー! 他の女生徒も密かに噂してんだからな!」
「成績良くて運動もそこそこで人当たりの良さに加えて気取らないとか持て囃されてんだぞ! 刑務所だったら一番に模範囚として選ばれそうな手前の好感度たけー噂には全く自覚ねーのか!?」
何だその嫌な喩え。俺の弁解は意味も為さず、ぎゃいぎゃいと男子生徒達の暴走が続いた。
「だ、ダリオだって。あのグループと良くいるよ!?」
生け贄を差し出してやろうとしたら、クラスメイトの野郎共は少し冷静さを取り戻した。
「いや、アイツは多分そういうのきっと対象外だろ」
「欲望に忠実なオープンアホだし」
「いたら面白いけどそれまでってポジションだな」
矛先変える為に擦り付けておいて何だが、酷い言われようで同情しそうになった。
「つか、グループといやお前ベル先輩とも仲いいよな?」
「なんだかんだで、あの人美人だから」
「さりげなく狙っている奴、多いしな」
「……俺、実は誰ともつるんでなかった先輩にも声掛けようとしてたけど先越された」
ヘイトを逸らそうとしたら、余計火に油を注いだらしい。
「ズルいぞオーランんっ」
「俺達にも紹介しろぉお」
「抜けがけするなぁああ」
「女の子にモテたひぃい」
「何でお前だけェえええ」
ゾンビみたいなおどろおどろしさを纏った男達の魔の手が迫る。いつの間にかその揉みくちゃにされようとしている俺の肩をとっくに離れていた小狐は、フェンスの上で暖かい目で見守っていた。
助けて! というアイコンタクトを鈴狐はサムズアップで返す。ご無体な。
狐巫女は――人の姿になる訳にもいかないとはいえ――救いの女神にはなってくれなかった。常に過保護でいてくれるわけではないのは分かっていても、今回くらい……という願いは届かない。
ダリオに続き俺もとばっちりを受けた後、しばらくして携帯に連絡が入ってることに気付く。
「白鷺さんからだ」
「ハクロ? 何だって?」
「いや、今日顔を出す時間について」
どうやら、『北斗』に行くにあたって予定を知るべき事情があるようだ。
さらにその文面からは誰かと会わせたい、という意図が記されていた。
とにかく午後になるという返事を俺は送る。
それにしても俺に用件のある人と言うのは誰だろう。少し後ろ髪を引かれながらも俺は今日の学業を消化するべく教室に向かった。




