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数百年前の回想。英雄の原点は些細なこと


 集落地の片隅で焚火を囲い、男女達が夜宴を囲っていた。ただ、少々口論も生まれつつある。

 ──だーからねぇ、あたし言ってんの。アイツは信用しても大丈夫だって。

 ──お前が良くても周囲がそうもいくか。酔い冷ましてから同じことを言え。昼間の時もそうだ。どれだけ無責任に安請け合いしてるんだ。

 ──けーっ、これだからお堅物は。良いじゃない鬼だろうと蛇だろうと、味方になってくれるって言うんだから。あのチビッ子、ぜってぇ強いって……ひっく。

 ──お前ホントに貴族だったのか? 精霊界ココでもそんな楽観的になれるのはもはや才能だな。

 ──んあぁ? 没落舐めんなこのヤロー。オーラン家バンザーイ!

 ──もう知らん。酒臭い近づくな。

 ──やだよーベロベロバー。

 ──餓鬼かお前は……


 常に冷淡さを醸し出す銀髪の美少年と酒気を大いに含んでベロンベロンになっている黒髪の勝気な少女がいつもの如く些細な喧嘩を繰り広げた。

 そんな男女の左右では、人の姿に動物の特徴を残した彼等の相棒達が傍らでその成り行きを見守っていた。


 銀髪の少年の隣で、老婆のような白髪に兎耳を生やした着物服の少女は言う。

 ──しかしのう、今回はアルフの言う通りかもしれんよ我が君。

 ──夜兎ヨト、本気でコイツの肩を持つ気か?

 ──まぁそう邪険にされるな。あのラカクという鬼、これまで見て来た奴等と比べても大分理知的で友好的であったじゃろう? 言動はさておきのう。

 ──うん。不思議だったねぇ。鬼だって皆が皆、人間を下等と見なしているのが当たり前だと思う訳じゃないのかもね。人と同じだよ。


 狐耳に巫女服の少女も同調して口を挟む。意見が三対一になったのが面白くなかったのか、銀髪の彼は閉口して顔をそむけた。夜兎ヨトと呼ばれた彼女はすかさず寄り添った。

 ──怒らんでくれ我が君。ぬしの気持ちも言いたいこともよう分かる。罠かもしれぬし、何か別の思惑があっての接触やもしれないという危惧は至極当たり前に考えることだからのう。

 ──俺は怒ってない。

 ──本気トーンじゃん。相棒に八つ当たりカワイソー。

 ──お前は俺達の間柄に口を挟むな酔っ払い!

 ──ひっどーい。鈴狐リンコぉー慰めてー。

 ──はいはい悲しかったねぇよしよし。


 狐巫女の膝元に埋もれた契約主。満更でもなさそうに鈴狐リンコは撫でる。


 そんな彼女たちを余所に、上目遣いで己の契約主を見上げた夜兎(ヨト)。すがるように少年に言った。

 ──ほんとは怒っておるのかえ? うぅ、すまぬ。儂が悪かった、赦してたもれ、嫌わんでくれよぉ。

 ──……大袈裟な、別にそれくらいでお前を拒絶しないから安心しろって。

 ──本当、かえ?

 ──本当も何も他ならぬ俺のパートナーだろ、代わりなんていやしない。

 ──そうか! くふふ愛しとるぞい!

 ──だから人前でくっつくな、恥ずかしいだろ。


 離れるどころか、兎童女は顔を破顔させて腕に絡み付いた。銀髪の少年は照れているのか頬を掻いた。

 そんな二組のやり取りを見てクスクスと笑う女の子がいた。いつもながらに、明るさの絶えないこの喧騒が少女は好きだった。


 ──そんなにおかしいか白鷺ハクロ

 ──ああいえごめんなさい、ガベル。先日も戦を繰り広げていたとは思えないくらい今夜が平和なものだから。

 3人の人間と、3体の人型精霊獣。彼女達は成り行きながらに人の世を支配しようとする精霊獣、鬼の一派と日夜闘っていた。


 この集落地は、人間界と精霊界の開通の際に引き摺り込まれた幾多の人が長い年月で人口を増やして築き上げた場所。細々と暮らしていたのだが、鬼の脅威に晒されているところを彼等が介入して見事に解放したのである。


 そしてそういった経緯での精霊界生まれの少女もこの取り巻きにいる。同じような人村が別のところでも点々と存在し、それらの村を出て仲間になったのだ。

 座っていた頭巾の少女は、思い立った様子で発言する。

 赤いほっかむりを被った、文字通りまだ幼い村娘。


 ──せっかくだから決めようよ。

 何を? と一同はその意見に衆目した。


 ──英名よ英名! ウチらはきっと有名になる。名乗り上げるのには精霊獣だけじゃなくウチらだってカッコが付いた方が良いでしょ?

 ──良いわねぇ! 乗った!

 鈴狐リンコの膝元で潰れていた筈の黒髪少女がガバッと顔をあげた。


 ──それなら良いの思いついてるのよー、だからあたし一番手で行きまーす。発表するとズバリ、アルファロラン! アルフ・オーランって名前失っちまったから名前改める時はそれでよろしくー。ほんじゃ次。

 ──おい待て俺達皆決めるのか。

 ──ったりまえでしょ。思いつかないならあたし決めるよ、てか決まり。アンタはオメガベルねガベル。

 ──捻りも無い! 何故お前と対比みたいな名を名乗らないとならんのだ。終末の鐘でも鳴らしそうなネーミング、ダサい。ダサいぞ断固拒否だ。


 なんて問答の内に、言い出した村娘──シャリオも腰を手に鼻高々に言い出した。

 ──ウチはグランシャリオ! 人間界に行けたらその名をはせて世界へーわに貢献してやるの!


 一同の反応は、

 ──……偉大(グラン)をつけてまんまじゃないか、子供らしいと言えばらしいが。

 銀髪のガベルは冷静に。


 ──ちょっと単純過ぎない?

 狐巫女の鈴狐リンコは控えめに。


 ──自分大好きに溢れておる。

 兎童女の夜兎ヨトはガベルに張り付いたまま率直に。


 ──何よぉ皆して! ウチが考えるに考えたのに!

 評価を降されて、少女は両頬を膨らまして拗ねてしまった。大分自信ありきで言ったつもりらしい。

 ──良いじゃん良いじゃん! あたしはアリだと思うようははは!

 笑い上戸に転向し始めた少女アルフが本気で言ってるのかどうか定かではない調子で同調する。恐らく明日には覚えているかも怪しい。


 ──……うう、ハークーロー!

 ──は、ひゃい!

 涙目のシャリオに助け舟を求められ、白鷺ハクロはたじろいた。無茶ぶりだ。

 それでも己の契約主としての尊厳を守るべく、天使のような少女は言葉に悩みつつも周囲に向かって言った。


 ──わたくしは、とても素晴らしき英名になると思います。ええ、きっと。

 ──ほんとに?

 でも、それは本心からの言葉でもある。彼女シャリオの名の由来を聞いていた白鷺ハクロは、どうして拙かろうがそんな拘りを持って考えていたのかを知っているからだ。


 ──偉大になる貴女の名と共に、わたくしも誇らしくありたい。いつかシャリオなら実現できるでしょう。

 グランシャリオという名が、誰もが知る同じ名前の星のように、世間に知れ渡る近い未来を白鷺ハクロは思い描き願った。


 赤いほっかむりの小さな女の子は、そんなフォローに沈んだ面持ちを変えた。

 ──ありがと白鷺ハクロ。ウチの一番の友達。


 他愛無い会話は、そうして続いて行く。よもやこの冗談みたいな提案が、長く語られることになるのをこの時は誰も知る由も無かった。


 そして彼女は星となり、やがて別の形で名を残す。


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