嵐過ぎて。妹のアプローチ
アリス視点になります。
「おはよう兄さん」
校舎の入り口からこちらにやってくる黒髪の男子生徒に私は声を掛ける。
「おはようアリス」
気付いたアルフ兄さんはこれまで見せてきた気まずい表情とは打って変わって、穏やかで親しげに返してくれた。今日は、肩に小狐の姿がいなかった。
互いの近くにいた両サイドの友人達は、ただ何気なく交わしたその挨拶に酷く反応を見せる。
まぁそれは仕方ないだろう。兄さんが来てからの一ヵ月、一度たりともおはようとかさようならを言ったことはない。
「昨日のお店どうだった? お肉も一番グラム高いの頼んでたけど大丈夫?」
「正直やり過ぎたかな。おかげで朝食いらなかったよ。でも、また行きたいねあそこ」
「良かったぁ口に合って。それと、鈴狐……さんとは一緒じゃないの?」
「帰って来たんだけど席で大分羽目を外したみたい。部屋で寝てるってさ」
「そうだったの。彼女にもお礼したかったんだけどなぁ」
「なら今日も放課後に来れば良いよ。真噛の方とも仲直り、早くしたいでしょ?」
「ほんとっ?」
他愛無い兄妹の会話。
昨日までの私達ではそんなやり取りをするなんて周囲も想像できない筈だ。
こんな日が本当にやって来るとは。ようやく、実感が湧いた。
「え? は? え、何で? おおいアルフ、妹ちゃんとどうして……?!」
彼の方のクラスメイトは交互に視線を行き来させて、事件でも起きたように一番動揺している。
「ようやく雨は止んで地が固まったか」
ベル先輩はなかなかどうして驚くというよりホッとするような仕草をしていた。
「よかったよぉおおおおアリスぅ!」
「おめでとう、おめでとう。やっと仲直り出来たのね」
レイチェル達もまるで我が事のように喜んで駆け寄った。二人も大分やきもきしていたのは分かっていたから、何だかこそばゆい。
兄さん達と私達のグループはその日を境に交流をすることが多くなり、とても賑やかになった。
ダリオ先輩が「色話の無い集まりに華が増えた」と嬉々としていると「待ちたまえ、ボクが生物学的に性別がどちらにあるのか言うべきだ」とベル先輩が抗議していた。でも気の良い人達で何より。
「あ、丁度良かった。ねぇ兄さん」
今なら兄さんに意見を求めても、あの子達には内緒に出来る。私は小声で耳打ちした。
「真噛について聞きたいことがあるの」
「ん? 何を知りたいの?」
「あの子って……」
確認を取れたことで、その日の内に作戦は決行することになる。
オーケー。準備はこれでバッチリだ。昨夜に続いて財布が少々寒くはなったがやむもなし。
放課後。紙袋を手に学生寮の前でインターフォンを鳴らすと、黒髪の男子生徒がドアを開けた。
「思ったより早かったね。いらっしゃい」
「うん。お邪魔、しまーす」
前回よりもスマートにアルフ兄さんのプライベート内に入る。
複数人で暮らしていながらも整理された部屋。本来であれば異性と寮内で暮らすというのは至極不味いのだが、契約している精霊獣となるとグレーゾーンだろうか。
どちらにせよ、人型で暮らしている彼女達の秘密を知る者は極限られている。私も、その一人に入った。
「おや、アリスちゃんいらっしゃーい」
「こんにちは鈴狐さん。この間はどうも」
「そんな堅苦しいよぉ。もっと気軽で良いからさぁ」
狐巫女の姿で顔を出した精霊獣は、気さくな態度で私に接してくる。
さぁ、此処からだ。この問題と私は向き合わなくてはならない。
奥の部屋でソファにくつろいでいたのは、銀狼の少女。
仰向けでファッション雑誌を読んでいた真噛はこちらに気付くと、
「ふーん。また来たんだ。……いらっしゃい」
「こっ、こんにちは真噛、ちゃん」
「ちゃん、いらない」
「そ、そう。分かった」
ぞんざいながらも挨拶はしてくれた。きっと兄さんが釘刺したからなんだろうけど。
「それで、今日は何しに来たの?」
「ああ、あのね、手土産持ってきた!」
紙袋から私は慌てて手を入れた。
事前に話を聞いてリークした彼女の好きな物を、即興ながら用意してきたのである。
「ブランド物のビーフジャーキー。贅沢にも高級ステーキ用ビーフを燻製。しかも通常の大きさよりも倍のサイズ、更にそれを6袋セットでお届け。ビールに良し、のんべえなオジサンも垂涎のプレミアムな一品」
なんて、謳い文句を早口で並び立てて真噛に差し出す。
大分値が張ったが必要経費だ。彼女もこれなら舌を唸らせるに違いない。
しかし、予想だにしなかった返事が私の耳に。
「もうある」
「へぁ?!」
「この前のご褒美。さっき『北斗』に行ったらハクロ姉がくれた」
彼女がそう指を示唆した先には、開封された全く同じ商品がテーブルに乗っていた。
「……へ、へぇ。そうなんだ、ダブっちゃったなーあはは。……でも良ければどうぞ」
「うん。ありがと」
ついで、という感覚で高級乾物は向こうの手に渡った。
そこに新鮮な感動は当然期待出来ない。完全な空振りだ。
いや、まだだ。まだ終わらん。
「これだけじゃないわ安心して! まだ持って来てるのほら!」
続いて取り出したのは1着の洋服。白いブラウスにチェック柄のふんわり吊りスカート。
真噛が持っているファッション誌は有名どころのものだ。そしてちまたで流行している物もちゃんと抑えてのチョイスしている。
「今流行のCBSの最先端、シンプルでもフェミニンだからこそ映える草食系男子もトキメキ釘付けの清楚ファッション!」
時折兄さんにお洒落を見せているそうだから、こういう分野への関心も少なからずある筈。
「実は以前もこれと同じ服買っちゃってね! よければ真噛にもお裾分けしようと思ったの。……ど、どうかな?」
同じ服を間違って購入することなんて無かったがそんなことは重要ではない。口実が杜撰なことより彼女がお気に召すかどうかの方が心配だ。
目の前で広げられた新品の服をジロジロと見回した後、真噛は立ち上がる。
「……悪くない」
「そう良かった! 遠慮しないで……」
「でも、貰わなくても平気」
その場でくるりと踊るように一回りすると、狼少女の衣装が光を放つ。
そして、あろうことか私が掲げた衣装と遜色変わらぬ格好になった。尻尾もゆとりのあるスカートの中に入り、アレンジなのか頭にお洒落な帽子も被り耳も隠れた。
盲点だった。上位の精霊獣は、外見を人に似せるだけではないんだ。
「服、必要ない。見た目を自由に出来るから」
「そ、そうなんだ。とても似合ってるわ」
「アイデアだけ頂いた」
何というか、損はしないが別に無くても構わない程度の感触だ。
作戦は失敗。ダメだ、別の趣向でアプローチしないと。
「期待外れだったよね。次回はもう少し気の効いた物を持ってくる」
「良いよ別に」
ピシャリと、私の申し出ははね除けられる。
「知ってる、そういうのおためごかしって言うんでしょ?」
「うぐ!?」
真噛の言葉が刺さった。その言い分は否定しようもなく図星てある。
「ご機嫌取りされても嬉しくない。そういうのに困ってないから」
「くふぅ……」
玉砕されて項垂れる私とつんけんした狼少女に「あちゃー」とアルフ兄さんは頭を抱える。無理だよ兄さん、この子難攻不落過ぎ……
「あ、そうだ。あるじ、リンコ姉、時間ある?」
くじけた私をさておき、真噛は思い出したように話題を切り出した。
「そろそろ散歩の時間。同伴出来ない?」
どうやら彼女は外に出歩くのが日課らしい。狼って散歩必要なの?
それを聞いた二人は顔を見合わせてちょっぴり笑う。
「今はちょっと無理かな。報告書今夜中に仕上げたいんだ」
「私もー、アルくんの仮面をまた作らないとねぇ」
「行けないの?」
真噛の問い掛けに兄さん達は断る雰囲気を見せた。
「ねぇ!」
これは、好機だ。直感した私は名乗り上げる。
「良ければ私、付き合うよ。散歩って一緒に行くだけで良いの?」
振り向いた狼少女は、「貴女が?」と平淡な声で言う。あまり表情が顔に現れないからいまいち読み取れない。
ただ、ほんの少し一考する仕草を見せた彼女は、
「……他にいないならしょうがない。今日は特別」
「う、うん!」
了承した彼女に、私は強く頷いた。
ちなみにCBSの略は
Cherry
Boy
Slayer
です!




