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調伏と天使の対面。怒られ泣かれて内定ゲット

 オフィス地下にはどうやらアリの巣のように様々な施設があるらしい。その一つには訓練室があり、運動着に着替えてそこに移動する。気のよさそうな試験官がその後を引き受ける。


「こちらで捕縛した荒魂あらみたまと相対し調伏すること。その条件で貴方の実力を証明して頂きます」

「倒せば、良いんですね」

「何か手持ちの武器があれば使って構いませんし、此処では武具の貸し出しもしておりますのでご自由にご利用ください」

「いえ、結構です」

「は、はい? 素手ですか……。使役する精霊に余程のご自信がおありで」


 室内に入り、強化ガラスの外からその精霊獣は大手を振って応援していた。今回は観戦。まさに今の俺は丸腰の状態。

 中では別室に繋がっていると思わしき鉄柵が用意されており、奥からガシャガシャと刃物の引っ搔き音が迫ってくる。


 格子越しから爪が何度も飛び出していた。覗く赤い眼で俺を獲物として捕捉している。奇声が密室に広がった。

 その正体は精霊獣の成れの果てだった。恐らく下位の荒魂あらみたま。しかし凶暴性は対面の瞬間にすぐ理解した。油断してればすぐに殺られる。


 精霊獣と荒魂(あらみたま)を見分けるのは至極単純だ。連中は独特の黒い瘴気を発している。初見の俺でさえすぐに分かった。


 聞いた種類は夜魔嵐ヤマアラシ。1メートルの体躯の背丈には鋭利な銀棘が茂り、それを活かして回転することで高い殺傷力を誇る。通行人にも死傷者を出している個体だそうだ。


『間もなく自動で柵が上がりますから、準備をお願いします。精霊獣を出してください』

「分かりました。このままで行きます」

 え?! とアナウンスの向こうで慌てふためく声が聞こえた。一度柵を開けたら中断出来なさそうな説明からして、このままでは見殺しになると思ったのだろう。

 すぐに終わらせれば良い。まだ開き切る前に下の空いた隙間から潜り抜けた猛獣に身構える。本当に命を掛けた戦いだ。これを乗り越えねば、退魔士になどなれない。



 すぐに獣の荒魂あらみたまは飛び掛かって来た。背中を丸めて毬のように撥ねる。迂闊に触れれば肌は引き裂かれ、肉は切り刻まれるだろう。

 しかし俺は徒手で反撃に転じた。生身で刃物に勝てる訳が無い。それは当然の話。

 なので精霊力を体内から捻出。肉体を保護する霊気を腕に纏う。


 頭に飛んでくる軌道を予想し、手刀ではたき落とす。ギィ、と叩きつけられた獣の悲鳴が聞こえた。

 

 裏返った夜魔嵐ヤマアラシの腹部が無防備に滞空した。背中を守るのなら、胴体が弱点。

 拳を振り下ろし、地面に確実に抑え込む。

「はっ!」

 そのままありったけの精霊力を荒魂あらみたまに流し込む。彼等を倒すには同じ精霊の力が無くてはならない。獣は、光となって四散する。調伏した。


 フーッと息を整えていると、試験官が扉の施錠を解放して飛び込んで来た。戦闘直前に此処まで走ったらしい。


「何て無茶を……! 格闘だけで荒魂あらみたまを倒すなんて前代未聞ですよ?!」

「す、すいません。今までもこうして来たもので」

「今まで!? 今までとはどういうことですか!」

「あーいや、そのう」

 試験官に俺は叱られた。特に差し障りなく終わらせたつもりだったんだけれども、先程の行為は常識外れのものだったらしい。世間離れしていたのが災いしたか。


 しかしその空気にも構わず、スキップ調子で鈴狐リンコも入ってくる。

「お疲れ様ー。お見事な手際だったねぇ」

「いや、まだまださ。中位以上の精霊獣や荒魂あらみたまとなると話が変わってくる。これまで管狐としか戦ったことないんだからさ。あれだって下位の精霊獣クラスなんだろ?」

「にひひひ」

 何か変な事でも言ったのだろうか。彼女はからかうように笑う。


「知らなかった? 仮にも私の分身だよ? 管狐の強さは下位なんかじゃないよ。低く見積もっても単体で中位クラスだもの」

「……そうだったのか! てことはアレ嘘だったの!?」

「言った筈だよー? 君には単独でも上位の荒魂あらみたまと闘えるくらいになってもらうって。まぁさっきも何かあれば、ガラス突き破ってでも助けに行く気だったんだけど無事終わって良かった良かった」

 防弾なんだけどなぁ……。彼女の場合、有言実行の可能性は大有りだ。


「ああ、いた。終わったようですね、丁度良かった」

 すると筆記と此処の案内をしていた事務の人がまた俺達のもとにやってきた。

「マスターがお呼びです。どうやら、マスター直々に貴方の面接をなさるかと」

「それって異例、なんですよね?」

 無言で首を縦に振る。重々しい肯定だった。すれ違うギルドの人間から視線を感じた。

 退魔士として活動するようになったら仮面を着用するように、と言っていた鈴狐リンコの真意はこうなることを見越した上での処置なのだろう。この先仮に入社出来れば、組織を大いに騒がせた問題児として認識されそうな予感がした。


『北斗』のトップの部屋の扉には、点線で繋がった七つの星が意匠されていた。

 その扉の前で、岩のように厳格な雰囲気を持った初老の大男が出迎えている。キッチリとした黒スーツに白髪のオールバック。そして取り分け目を引くのは黒い眼帯と頬の傷。

 有り体な言い方で表現すると、かたぎには見えない中年男性。ボスに相応しい風格だ。


「初め、まして」俺はぎこちなく会釈してその人に近寄る。

「ジルバと申します、お見知りおきを。遠路遥々ご足労をおかけしました」

 思いの外腰が低く、紳士的な態度で握手を求められる。良かった、外見より穏やかそうな人みたいだ。


 彼に促され、開かれた大きな押し扉の先に招かれる。部屋の内装は、想像よりカジュアルなオフィスになっている。背を向けた黒の社長椅子プレジデントチェアが迎えていた。


「例の推薦者をお連れしました。……では、私はこれにて」

「え?」

 ジルバさんは言うなりそそくさとその場を去る。彼がボスではないのか?


 そのまま俺と鈴狐リンコは偉い人の部屋に取り残された。


 というか、何処にも『北斗』の社長は見えなかった。椅子には誰も座っていないようだし、他に隠れている様子も窺えない。

 扉が閉まる。やがて椅子が独りでにこちらに回りだした。

 椅子が大きくて小さい子供の背丈なら背もたれに隠れてしまう事に気付く。鎮座していたのは、社長という言葉に不釣り合いの小柄で幼い人物であった。


 目にした途端、人形ではないかと錯覚する。セルロイド人形のような白い肌。ケープをかけた青と白のワンピース。

 そしてウェーブの掛かったおでこ分けのブロンドヘア。鈴狐リンコも金髪だが、あちらの方が色味が薄い。クリクリした碧い眼で微笑むあどけない美貌を見て俺は思わず感想を述べる。


「天使だ……!」

「はい?」

「いえ、なんでもございません」


 というか本当に白い羽が生えていた。それじゃあ飛べないだろうという規格の翼がユサユサ動いている。ということは、この子は精霊獣? まさか此処を治めているのって人じゃないのか? 契約主はいるのか? 疑問が錯綜する。


「ご足労をお掛けしましたアルフ・オーランさん。あぁ、仮面を外しても大丈夫ですよ、事情は聞いてますから。わたくしが当社の代表を務めさせていただいている白鷺ハクロと申します。そしてリンコもお久しぶりです。何十年ぶりでしょう?」

「ハクロ久しぶりー! ほんといつ以来だろー!?」

 鈴狐リンコがデスクを回って椅子にいた天使もとい白鷺ハクロさんに飛びつく。聖母のように彼女は受け入れた。旧知の仲らしい。


「彼が彼女の……なんですね?」

「うん。そう、やっと会えたの」

 本題の言葉を伏せ、目線でのやり取りが鼻と鼻が接触しそうな間近で繰り広げられた。何か大事な話をしているらしい。

 少し二人のやり取りに置いてきぼりにされていると、鈴狐リンコは隣に戻って来た。位置取りをキープする。


「あのーお二人はお知り合いで?」

「ええ、腐れ縁というやつでしょう。昔からの友人です」

「私と同じ四英雄に寄り添った精霊獣の一人で、聖鳥の天上位。そしてここの創立者でもあるんだ。この子こんな小さいけど凄いんだよー?」

「そんな、大袈裟ですよ。それに昔の話ですから……」


 狐巫女の捕捉に白鷺(ハクロ)さんは照れた様子で頬を紅潮させる。可愛らしい。

 でも鈴狐リンコの言う通り、見た目にそぐわない程の大物のようだ。そんな人から直々に面接して貰えるとは畏れ多いな。


「あ、面接と言ってもただ普通に身の元をお話しいただければそれで良いですよ? 彼女──リンコと契約した貴方であれば充分戦力になります。筆記実技ともに点数は合格ライン。これで天上の精霊獣を使役する人物を採らないだなんてこちら側としても大きな損失を被る事は目に見えてますよ」

「それで、大丈夫なんですか?」

「はい。失礼ながら申し上げますと、此処に入って来てからのアルフさんの様子を拝見していました。面接で繕う態度より、貴方とリンコのやり取りでの関係を見ている方がよほど信用に値しますわ」


 というわけで、と小さなおててとおててを合わせて白鷺ハクロさんは俺に身の上話を求める。それで審査が通るなら、まぁ良いかと素直に応じた。



 お茶まで出されながら、少し時間をもらって今までの経緯を話す。

 途中から白いハンカチを取り出した幼い社長は、目元で何度も押し当てている。何か凄い感動された。まるで地上に降りた天使が不幸な人々を見つけて涙を零したみたいな絵になった。


「……うぐ、健気ですねぇ、立派ですねぇ。そんなに若くして……えぐっ、修業に明け暮れる毎日……そして此処に来ていただけるとは……。……ひんっ……」

「ハクロってこの手の話に感情移入しちゃってすぐそうなるんだよねー」

「ずい、まぜん。齢をどると……ヴっ……涙もろくで」

「いやぁ? 元からじゃん」


 一口サイズの袋菓子のひねりをほどきながら、戸惑っている俺に鈴狐リンコは補足を足した。殆ど彼女が食べてる。

 備え付けのティッシュで鼻をかみ、引き出しから彼女は白い紙を一枚出した。


「……じっ、事情は、分かりまじた。良いでじょう貴方を」

「鼻声になってる鼻声になってる」

 つい指摘するともう一回ティッシュを取り出した。そして仕切り直す。

「……。失礼。では、結論から申し上げましょう」


 大判を押され、180度回して返されたのは履歴書だった。黒印には採用の文字。

 

「おめでとうございますアルフさん。ようこそ退魔士の集う『北斗』へ」

 この日、俺は念願の退魔士になった。

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